退屈しのぎ〜翌日、明智さんは怪我一つない姿で登城した〜
ぱかん、と薪割りの綺麗な音がする。
「こんにちは」
「ああ、行商さん、いつもご苦労様です」
「じゃあこれいつもの。……ところで、今そこで薪を割ってる子を見たんだが」
「ああ。入ったばかりの下男でね。あんな細っこいのに力仕事を進んでやってくれて、よく働いてくれるよ」
「薪割りおわりましたー!」
割った薪を束にして片付けて、その報告をと急いで台所の人に声をする。
行商人さんらしい人と話していたその人を笑顔で話しかけてきてくれた。
「ご苦労さん。次はこの荷物を私と一緒に運んでくれるかい?」
「わかりました!」
荷物とは今の行商人さんが運んできた食料だった。
言われた通りその人とその中の大きな米俵一つを奥へと運ぶ。
そして次の米俵に手を出そうとその人に声をして。
「あ、残りは一人でやります」
「ええ? でも」
「大丈夫です。ほら」
見てもらう方がわかりやすいと思って戸惑うその人の前で米俵を両肩に二つ持ち上げた。
ひょいと簡単に持ち上がったことにその人を含め台所仕事をしている他の人達も驚いて。
「こう見えても力はありますので」
そう言って残りの荷を運ぶことに専念した。
「あの子すごいねぇ」
「私もさっき何か仕事はないかと話しかけられた時は見ない顔で戸惑ったもんだが、力持ちだし明るいし、いいのが来てくれたもんだ」
「それにしても、あんな奴この織田にいたかねぇ」
「全部運びました。次は何を―――」
「にぎやかですねぇ」
聞こえた声にボクを含めた全員が硬直した。
台所の人全員慌ててその場に座り込んで頭を下げる。
聞こえた声の主に丁度背を向けている状態のボクは恐る恐る後ろを向いて、後悔した。
「あ―――」
「探しついでに赴いてみましたが、ここでそんな楽しげな声を聞けるとは。―――で」
くすんだ銀の髪の、綺麗なその人が笑んでいるのに、目は冷たくて。
「部屋に居る筈のあなたが、何故ここにいるんです?」
脱兎の如く走り出した。
とにかく勝手口から出て、それから―――。
「アッ……!」
けれど勝手口へ辿り着く前に右足に走った急激な痛みに転んでしまった。
ズキンズキンと痛くて、熱い。
恐る恐る見てみる。
どろどろと流れる赤い血。
右足の脹脛、包丁が刺さっていた。
なんで包丁と思ったけど、その人の手にいつもある二丁の鎌がないのに気付いて納得した。
戦場ならともかく、城内で武器を持ち歩く必要なんてない。
いつもの武器を持っていなかったから、手短にあった包丁を投げて逃げようとしたボクを止めたんだ。
でもだからって包丁を投げてなんてほしくなかった。
(声がした時点で逃げれば良かった……。でもどの道包丁投げられただろーな……)
近づいてきたその人、明智さんはボクの足から包丁を抜く。
その感触と痛みにビク、と硬直したボクを優しく、けれど強く抱き上げて。
「さぁ、戻りますよ」
そう言って台所から出ようとして、止まった。
今だ頭を下げている台所の人達に向かって。
「あなた達」
「は、はいッ!」
「もう二度と、これに仕事を与えてはいけませんよ。もし見かけることがあれば報告を」
「あ、あの、そいつ、いえそれはいったい……?」
「これは―――」
信長公の小姓です。
「まったく、逃げなければこのようなことにならなかったのに」
「すみません……」
部屋へと戻されたボクは明智さんに刺された右足の手当てを受けていた。
体質のおかげで傷はもうほとんどくっついていたけれど、とても優しい手つきで包帯を巻いてくれてる。
けれどこの傷を作ったのは目の前の明智さんだった。
「でも、ずっとこの部屋にいるのってヒマなんです……」
「なら公の元にいればいいでしょう? どうせ夜になればそうなるんですから」
「それは、緊張します……」
織田でのボクの仕事は主に夜だ。
時々日中からという時もあるけど、それは本当に時々で。
だから昼間は夜になるまで与えられたボク用の部屋で待機。
けれど何もせずずっと部屋にいるのも暇だし、何かしていないと落ち着かない。
初めの頃は今明智さんが言ったように信長さんの元にいたけど、お仕事中の信長さんの邪魔にならぬよう黙ってじっとしているので部屋で一人いるのと変わらず。
むしろ信長さんと二人きりで緊張しっぱなしで。
更に言うとそのまま仕事になってしまったりして信長さんの仕事が止まってしまったりする。
だからさっきはこっそり部屋を出て、台所の下働きの人から仕事をもらっていたのだけど明智さんに見つかって今に至る。
「まさかとは思いますが、あの男の元にいた時もそうだったんですか?」
「え?」
「松永久秀ですよ」
それはボクがここへ来る前にお世話になった人だ。
「いえ、松永さんの元にいた時はずっと松永さんの部屋にいたので」
大和にいた時は自分の部屋というものはなく、ずっと松永さんの部屋にいた。
ずっと松永さんの傍にいて、松永さんが出かける時は三好さんがいてくれて、だから今みたいに一人になることがなかった。
当然隙を見て下働きの手伝いをする暇もなく。
「では、今度から私がここにいましょうか」( ^^)
「うっ……」(・・|||)
余計な事を言ってしまったかもしれない。
「それにしても一日中一緒で、一体どう過ごしてたんです?」
「どうって、お話したり、お茶をしたり、それから―――」
体を、重ねたり。
「?」
「いえ! なんでも!」
思い出したことを慌てて振り払った。
危ない。
もう少しで言ってしまうところだった。
「へぇ……?」
けれど明智さんは怪しく笑って。
「なんです? いってください」
「ちょ、明智さん!」
のしかかるのダメです!!
「ねぇ、それから……なんです?」
「ひゃ……太もも触らないでください! てゆーか、わかってますよね!?」
「いえいえ、あの好色が貴女に何をしていたかなんて」
「わかってるんじゃないですか!?」
わかってますよね!?
多分絶対わかってますよね!?!?
「っ……首筋、や……」
「ん……あいかわらずさらし要らずの胸ですねぇ」
「あ、すみません―――って、そうじゃなくて!!」
「光秀ェ……」
聞こえた声に固まった。
その独特な、声は、言い回しは、どう聞いても、間違いなく。
「ののの、信長さん……!!」
「おやおや」
部屋の襖を開け放って信長さんが―――。
オーラが怖い!
いつもよりなんだか怖い!!
「何をしておるかあああぁぁぁぁッ!!!」
「ほぎゃーーーーッ!!」
「フフフ……ハハハハハ!」
結局、そのまま二人で戦いになってしまった。
勝ったのは信長さん、負けた明智さんはズタボロ。
そしてボクは信長さんに部屋に連行されて、その日はずっと信長さんの部屋にいることになってしまった。
幸い、仕事はいつもどおり夜からだったけれど。
明智さん大丈夫だったのかな……。
【いらないかもしれないけどちょっと解説】
「
これが、この世界での日常」を読めばわかると思いますが夢主の言ってる「ボクの仕事」というのは「夜伽」の事です。この当時夢主はまだ濃姫の事を知らなかったので夜伽を普通に受け入れておりました。