Mix Dream

これが、この世界での日常

 ぱち、と目が覚めた。
 ちゅんちゅんとスズメの鳴き声と、木の天井と、良い匂いの畳とふかふかの布団と、そして―――。

「―――」

 目の前の、たくましい胸。
 ボクを抱きしめて眠ってるその人。

(起こさないように)

 いつものように起こさないよう、そっと腕から抜け出して、部屋を出た。










 着いたのは井戸だ。
 普段なら大勢の女中さん達なんかがいて朝の支度をしている。
 けど、まだ夜明け前と早すぎるから誰もいなくて静かで。
 ちょうどいいや、と顔を洗うついでに着物の上だけ脱いで水に濡らした手ぬぐいで体を拭く。

(冷たくて気持ちいい……v)


 振りむくと、そこには見慣れた紫のマスクのような仮面をつけている人がいた。

「おはようございます。はやいですね」
「うん、おはよう」

 ボクのあいさつに笑顔で返してくれた。
 いつ見ても綺麗な人だ。
 仮面でかくれちゃうのがもったいないと思う。

「…―――で」
「?」

 何故かわからないけど、笑顔が消えてしまった。
 ボクから微妙に目を反らして、類をかいている。

「君はどうして、そんな格好をしているのかな?」

 一瞬の沈黙。
 言っている意味を理解して、青くなって慌てて両腕を胸元で交差して隠した。

「すみません。顔を洗うついでに拭いてました」(・・|||)
「はあ……」(-_-|||)

 ボクの言葉に頭をかかえて溜め息まで吐かれてしまった。

(みっともないものを見せてしまった……)

 見てしまうならボクみたいなやせっぽっちのがりがりなんかより、綺麗なお姉さんの方が良いに決まってる。

「小姓を呼んで、部屋ですればいいだろう」
「そ、そんなの申し訳なくてできません!」

 居候させてもらってるのにあの人の小姓まで使うなんて!
 そんなおそれ多いこと出来る訳がなかった。

「それに、まだ寝ていたので起こしてしまうのもちょっと早すぎるかなと……」
「あー、それなんだけどもう起きてるよ。君と入れ違いで起きたんだろうね。を見なかったかって探していたよ」
「あー……」

 いつも大変そうだから、時間までゆっくり寝させてあげたいのに。
 素直に起き上がらず、小姓の人が起こしにくるまで布団の中でじっとしていた方が良かったかも。
 でも小姓さん達に見られるのも恥かしいし……。



 その声に思わずドキリと反応してしまった。
 おそるおそる振り向く。
 そこにいたのは―――。

「お、おはようございます」

 ボクと違って大きな体のたくましい人がいた。
 こちらへ歩いてくる。

(お、怒られるかな……)

 眠っていたとはいえ無断で部屋を抜け出したのだから。
 内心ちょっとビクビクしているボクの方へと近付いて―――。

(あれ……?)

 けれど素通りして

 ギリギリギリ……

「ほぎゃーーーっ!!!」

 目の前で起きた出来事に思わず変な非鳴をあげてしまった。
 たくましい人がボクと一緒にいた仮面の人の首を両手で思いきり締めていた。
 顔なんて真っ青だし、ロから泡が、泡がっ……!!

「ひっ―――」



「秀吉さんやめて下さいーっ!! 半兵衛さんが死ぬーーーっ!!」

 ボクの非鳴でお城の人みんながかけつけて、大阪城の一日が始まった。










「ふう」

 庭に面した縁側に一人座って溜め息を吐いた。
 先程の朝の騒ぎの事だ。

『〜〜〜!!』
『おおお落ちついて下さい秀吉さんっ!』
『そう!くんのいうとお……って、君は早く服を着てくれええええええっ!!』

 集まった城の人達に今にも伝衝烈鬼を決めそうな秀吉さんを宥めようとする半裸のボクに服を着ろと叫ぶ半兵衛さん。
 ちょっととしたカオスだった。
 大変だった。
 けれど

「……奇跡なんだよなぁ」

 こうやって、また秀吉さん半兵衛さんといられるのは。

 思い出すのはこの世界に来たばかりの頃。
 その時は

 布一枚だけだった。

(最近多いよなあ、布一枚だけでトリップ……)

『おいっ! 大丈夫かっ!?』
『一体何が……』

 意識も失っていて、そんなボクを見いけ助けてくれたのが秀吉さんと慶次さんだった。

『あれ…“私”ダレ……?』

 目を覚ましてみれば自分に関する記憶を全て失っていて。

(今はもう思い出せたけど)

『ここにいればいいよ。な?秀吉』
『ああ』

 そんな自分に、二人は手を差しのべてくれた。
 名前までつけてくれた。
 “ねね”という、名を。
 幸せだった。

『あっついねーお二人さん!』
『君は不思議だね』
『たとえ、記憶が戻っても、このまま……』

 慶次さんと半兵衛さんと秀吉さんと四人で過したあの日々が。
 秀吉さんと寝食を共にして、ただの"ねね"でいられたあの時が。
 一番幸せだった。

『なら、君からは純血をもらおうか』

 あの日、いたずらに出かけたまま帰ってこない秀吉さんと慶次さんを迎えに行くまでは。

(あの日から、何かが壊れてしまった……)

 まず最初は外へ出られなくなった。
 足を鎖で家の柱に繋げられ、お前を守るためだといわれて。
 次に心配して来てくれた慶次さんが追い出された。
 もう二度と奪わせはしないと言われ、慶次さんとはそれっきりになって。
 そして最後には秀吉さんに殺された。
 し損じぬよう、素手で心臓をえぐり出されて。
 泣きながら何か言われたけど、痛みと熱さで聞きとれなかった。

(あの時いってたことは今でもわからない)

 そうして意識を失って、死ぬ筈だった。
 けれど死ななかった。
 死ねなかった。
 そこでやっと取り戻した。
 できれば思い出せぬまま、けれど思い出さなければいけなかった""を。

(そう、だから、ボクは)

『殺されそうになったんだから、殺しかえしてあげないと』

 秀吉さんと慶次さんを殺すことにした。

『えら、んで? ボクに殺されるか。ボクを、殺すか』
『殺したくないの、殺したくないの。だけど、それと同時に、今二人を殺せるこの時が、楽しくて、楽しくて、愉しくて、仕方が、ないの……!』

 けれどできなかった。
 だから

『さよ、なら』
『ねね……!!』
『次会ったら、その時は、殺してね。でないと、ボクが、殺してしまうから』

 もう二度と会わないつもりだった。
 会えば殺し合うしかないから。
 殺したくないから。
 けれど

「こうしてまた、一緒にいられてる」

 だから、これは奇跡だ。
 手を、蒼い空へかざす。
 二人と別れ、それでも前をむいていくのだと決めたあの時のように。

(ああ、そういえば)

 ここへ来てどれくらい経ったんだろう。
 思い出して、過ごした夜の分だけ指を曲げて数えてみる。
 いち、にいさん、と進んで、14回。
 つまり、少なくとも二週間はここに―――。

(居 す ぎ だ よ … … !!)

 まずい。
 これはまずい。
 数日ならまだしも、これ以上一定の場にとどまり続けるのは。
 さすがに、見つかってしまう。

(そろそろ移動しないと)

 では次は何処に行こうか。
 候補はいくらでもあるけれど。

(長政さんの所は近い上に引き返すことにもなるしなあ。お市さんに会いたいけど、見つかっちゃうだろうし)

 同じ理由、通らないといけないので奥州も上杉も武田もダメだ。
 けれど、あそこから離れてるから見つかりさえせず辿り着ければこれ以上安全な所はないのだけど……。

(政宗さん、小十郎さん、信亥さん、幸村さん、佐助さん、謙信さん、がすがちゃん、今回はゴメン〉

 ここにいた期間的に見つからず辿り着ける自信がなかった。

(竹千代のところも、ダメだよね)

 同様に引き返すことになる。
 それに連絡がいく可能性も高い。
 近江ならお市さんがいるのでぎりぎりまでボクが来たって連絡を遅らせてもらえるけど三河だとそうはいかない。
 同盟国だし、何より徳川が配下にあたる立場だ。

(あとはやっぱり姫が毛利さんか。もうちょっと行って島津のじっちゃんかザビーさんかな)

 西海の鬼、中国の毛利、九州の鬼島津、そして新興団体のザビー。
 ここから遠くへ逃げるならやはり逆方行の西へ行くべきだろう。
 逃げ込める先といえばこんなものだろうか。

(あと知ってるトコといえば―――)

 小田原か、大和。

「―――」

 脳裏に浮かんだ考えを、頭をふって打ち消した。
 だめだ、だめだ。
 小田原は、北条には、もう行けない。
 行ける訳がない。
 あの時小田原を、北条を危険にさらして、あの手を振り払って戻ることを選んだのは自分なのだから。
 大和だって今の状態で向かうのは良くない。
 もし大和に、松永さんの元にいる時に見つかってしまったらまた怒りを買ってしまう。

(とにかく、ここを離れよう)

 どこへ行くかはここを出てから考えればいい。
 とりあえずあそことは逆方向の西へ行けば見つかる可能性は低くなる。

(あれ?)

 ふと気付いたら何だかむこうの方が騒がしい。
 どうやらお城の入口の方からみたいだけど。

(なんでだろう。ものすごくイヤな予感がする……!!)

 当たらないでほしい。
 そう願いながら騒がしい方へと急ぐ。
 されど悲しいかな。
 こういう時ほど予感というのは当たるものだ。










 大急ぎで現場に至着した。
 そこは思った通りの惨状と化していた。
 大の男二人がにらみ合い・バチバチと火花を散らしている。
 まさに一触即発。
 片方は半兵衛さんを傍らに秀吉さんが、もう片方は赤と黒のマントに白銀の甲胄を着込んだ―――。

「ひょわーーッ!!」

 あまりの恐ろしい光景に変な悲鳴が出てしまった。
 周りの城の人達もみんな恐怖でガタガタ震えてるし!

「なななな何やってるんですかーーっ!?」
……」

 とにかく慌てて二人の間に秀吉さんの前に割って入って



 後ろからかけられたその声にぎくりと体が震えてしまった。
 青くなっておそるおそる振り返った。

「の……」

 ボクを呼んだ、その人の名をロにしながら。

「信長さん……」

 たなびく赤と黒のマント。
 禍々しい形上した甲冑。
 魔王織田信長が鋭い視線でもってボクを睨んでいた。

 ああ、見つかってしまった。

「やはりここにいたか……」
「………………」

 その視線に、声に、何も言えなくなってしまう。
 何だか居た堪れなくて、信長さんから顔を反らす。
 だから、反応するのが遅れてしまった。

「!?」

 信長さんにかつぐように抱き上げられてしまって。

「あ……」
「帰るぞ」

 だめだ。尾張には、信長さんの元には戻れない。
 慌てるボクをよそに信長さんは歩き出そうと振り返え―――。

「!」

 振り返ろうとして、止まった。

「秀吉さん……」

 ボクの腕を秀吉さんが掴んでいたから。

「魔王よ、何をしている。我の城で滕手は許さぬ」
「はっ、山猿風情が、余が小姓をたぶらかすか。小姓如きを、側女が如く扱うは哀れなり」
「―――っ! 小姓ではないっ! は、我のッ!!」
「秀吉さんッ!!」

 言い返そうとした秀吉さんを声で制した。
 続いてボクを抱き上げている信長さんを見て。

「な、何いってるんですか? 信長さん。ボクは男ですよ?」

 そうだ。
 ボクはこの人の、織田信長の小姓。

「側女だなんてそんなコト、あるワケないじゃないですか」

 少なくとも人前で信長さんがいる所では、ボクは小姓。
 男、なのだ。
 女だと知られてはいけないのだ。

 信長さんがボクを見る。
 暗い、冷たい目。
 その眼差しと秀吉さんがボクを女だと知ってることがバレやしないかと緊張してしまう。
 やがてボクの言葉に納得したのか信長さんは秀吉さんに背を向けて歩き出した。
 正面から抱き上げられたままのボクはそのままじっとすることしかできなくて。
 秀吉さんから遠ざかっていくのを見ていることしかできなくて。

……!」
「待つんだ、秀吉。今は分が悪いし、まだ機が熟していない」
「……ッ」

 半兵衛さんの言う通りだ。
 お願い。そこにいて。
 今挑んでも確実に勝てるか分からないし、いくらここが秀吉さんの城でも準備していない分秀吉さん達が不利だ。
 一方、信長さんは兵を引き連れて来てるからいつでも戦える。
 今からでも、戦える。
 でも今の信長さんはボクを連れ帰ることを重視してる。
 それでこの場が治まって二人が無事ならそれに越した事はないんだ。
 自分にそう言い聞かせて二人にロパクで言葉を伝える。
 声にしたら信長さんに開かれてしまうから。

「また来ます、か……。次会えるのはいつになるかな」
「………………」
「大丈夫だ、秀吉。次に会うのは我が豊臣が織田を攻める時、君が天下を手にする時だ。だから―――」
「ああ、分かっている……」










 昼間でもうす暗い、というより太陽自体が黒い尾張の地。
 その中でも一層禍々しい安土の城。

(また、戻ってきてしまった……)

 ここは安土城内の一室。
 ここでのボクの部屋だ。
 あの後大阪城から連れ戻されたボクは自室で謹慎を言い渡されてしまった。
 謹慎といっても形だけだ。
 だってここでは元々ボクに自由ない。
 城内の人には部屋の外にいるボクを見たらすぐ報告するよう言い渡されている。
 すぐ仕事をすることになってもいいよう待機しているようにという名目の元。
 だから部屋から出ても誰かに見つかればすぐ部屋に戻されてしまう。
 仕事になるまではずっと与えられた部屋で待機して、仕事になればすぐ信長さんの元へ向かう。
 それがここでのボクの一日だ。

(でも、いつまでもこうしてるワケにはいかない)

 今日はさすがにもう無理だけど、またすぐ逃げられるようにしないと。
 トイレに行くっていうことにしておけばある程度は城内を歩き回れるし。
 行動しようと立ち上がって―――。

「!?」

 目の前に降りてきた黒い物体に驚いて、悲鳴をあげる寸前で自分のロを塞いだ。
 悲鳴をあげる訳にはいかたかった。
 だって、目の前に降りてきたのは

「風魔さん……」

 北条の、風魔小太郎さんだったから。

「どうして、ここに――」

 そこまで言って唇に感触。
 ボクの唇に風魔さんの指が触れていた。

「風魔さん……?」

 風魔さんの表情は変わらないし、喋らない。
 けれど何故がわかる。
 風魔さんは今、怒っている。
 ふてくされている。
 どうしてなのか考えて、思いあたった。

「すみません、小太郎さん」

 下の名前で呼ぶと風魔さんの雰囲気が柔らかくなった。
 北条にいた頃、風魔さんから言われたのだ。
 下の名で呼んでほしいと。
 けれどあんな事になって、もうないものになったと思っていたのに。

「あの、どうしてここに? 偵察とかですか? それならここよりも信長さんの部屋に行った方が」

 風魔さんが首を横に振る。
 違う、ということだ。
 そもそも自分で言っておいて何だけど信長さんの部屋に潜むって危険すぎる。

「あ、もしかしてボクから情報を、ですか? 北条にいた時にもいいましたけど、ここにいる時はあまり部屋から出られないので何も―――」

 最後まで言う前に言葉が止まってしまった。
 目の前が黒色。
 風魔さんに抱きしめられていたから。

「風魔、さん?」
「………………」

 風魔さんは何も喋らない。
 けれど風魔さんの言葉が伝わってくる。

 必ず助ける
 今はまだ無理だけど
 必ず、ここから

「どう、して……。だって、もう少しで小田原滅ぼしちゃうトコだったのに……」

 あの時、風魔さんが差し伸べてくれた手を振り払ってしまったのに。
 でも、そうしなければ
 そうしていなければ
 信長さんは北条を減ぼしていた。

「………………」

 みんなまってる

「みんな……?」

 城の、みんな

「北条さんも……?」

 もちろん

「……」

 俺も、まってる




 また一緒に暮せる日を、まってる




 ああ、どうしよう。
 どうしよう。
 もう二度と戻れないと思ってたのに。
 甘えちゃいけないって、分かってるのに。
 すごく、嬉しい。

「小太郎、さん」

 今だけ。
 今だけだから。
 そう言い訳して風魔さんの背にそっと手をまわした。










 風魔さんとお別れして、脱出準備のため城内を歩き回る。
 何人かとはすれ違ったけどボクのことは知らないらしく、今のところ誰にも止められていない。

(暗いなぁ……)

 庭から改めて空を見上げる。
 うす暗い空、黒い太陽。
 こう暗いとこっちの気分も沈んでしまう。

(でもそうもいってられない)

 ここから逃げないといけない。
 だってここにはいられない。
 いたくない。
 少なくとも今の役目のままでは。
 前に役目を変えてほしいと言ったけれどききいれてもらえなかった。
 それ所か酷い目にあって、下働きの女の子一人が死んでしまった。
 ボクの、せいで。

(だから、早く逃げないと)

 綺麗なあの人に、知られてしまう前に。

「考え事かしら?」

 後ろから聞こえてた声に驚いて振りむく。
 結われた艶やかな黒髪。
 大胆に胸の所が大きく開かれた着物。

 色っぽい、綺麗な、女の人。

「濃、姫、さん」
「駄目よ。考え事して歩くのは」

 危ないわ、と濃姫さんがこちらに近付いて。

「驚いたわ。上総介様が連れ戻したと聞いたのに部屋を覗いたらいないんだもの」
「す、すみません。トイ――はばかりに、行こうと思って……」
「なら誰か人を呼ばないと。あなたが一人で部屋に戻れたことないんだから」

 微笑みを浮かべて優しく言ってくれる。
 それが申し訳なくてうまく喋れなくなってしまう。
 本当ならこんな風に優しくしてもらえる道理なんてないのに。

「ほら、行きましょう? その後私の話し相手になってもらえないかしら?」
「そ、そんな、ボク如き一小姓が――」
「久しぶりにあなたが点てたお茶が飲みたいの。上総介様ったらいつもあなたを一人じめしてしまうんだもの。だから、ね?」

 そうお願いされて、断ることなんて出来なくて。
 濃姫さんは知らない。
 ボクのここでの役目も。
 ボクが女だということも。
 濃姫さんはボクのことを蘭丸くんと同じ小姓だと思ってる。

「ああ、言い忘れてたわね」

 お互い歩き出してから濃娘さんが言う。

「お帰りなさい、くん」

 その言葉に胸がツキンと痛んだ。
 濃姫さんは何も悪くない。
 悪いのはボクだ。
 今だにここから逃げきることが出来ないボクだ。
 だから早く尾張から、信長さんから逃げないと。

 この綺麗な人が、本当の事を知ってしまう前に。










 あの後濃姫さんにお茶を点てておしゃべりをしたりしていたらあっという間に夜になってしまった。
 濃姫さんに連れられて部屋に戻ったボクはただじっとその場に座り込んでいる。

(もうすぐだ……。もうすぐ――)

 また、あの時間がくる。
 ここでの、ボクのお役目の時間が。

 どうしよう。
 今日は特に嫌だ。
 戻された当日にいうのもあるけど、直前まで濃姫さんと一緒だったから。
 やっぱり何処かに隠れるべきだったかもしれない。
 今からでも隠れようか。

「おいっ!!」
「!?」

 ガラ、といきなり後ろの襖が開かれた音と声に思わずびくんと体が震えてしまった。
 ふり返えるとそこには蘭丸くんが襖を開け放って仁応立ちしている。

「ら、蘭丸くん」
「おまえ何やってんだよっ!信長さまを待たせんなよなっ!」

 怒鳴りながら蘭丸くんはボクの腕をつかんで立たせるとそのまま部屋の外へと出てしまった。

「ほらっ! 行くぞっ!」
「あ、ちょ……」

 そのままひっぱられてしまう。
 ぎゅっとしっかりにぎられた腕。

「ら、蘭丸くん、一人でも、行ける、よ?」
「だめだっ! おまえはすぐ逃げるからなっ!」

 こうなったらもう観念するしかない。
 諦めて蘭丸くんに連れて行かれる形で信長さんの元へ向かう。

「だいたい、何でそんなに逃げるんだ? ただ寝ずの番するだけだろ?」
「それは――」

 寝ずの番じゃないから、なんて言えない。
 本当のことは濃姫さん同様、蘭丸くんにも言えない。
 子ども、だし。
 そうこうしていると信長さんの部屋の前に着いてしまった。

「じゃあ、蘭丸は寝るけど、逃げんなよっ!」
「う、うん」

 そう言って向こうへと去って行く蘭丸くんを姿が見えなくなるまで見送って。
 信長さんの部屋を見る。
 このままここを駆け出して逃げてしまいたい。
 でもここまで来た以上、そういう訳にもいかない。
 意を決して部屋へと入るとしかれた布団の上に座っている信長さんが。

「……遅い」
「す、すみません」

 信長さんが不機嫌そうにボクを見ている。
 中々ボクが来なかったから。
 でもそれなら今夜はなしとかにしてくれても。
 もしくは濃姫さんを呼ぶとか。
 そうだ。それが一番の筈なのに。

「!」

 そんな事を考えていたらボクの体は布団へ放り出されてしまった。
 布団の上なので痛みはなく、背中の衝撃も少々のものですんでくれた。

「何を考えている」
「え、あ」

 いつの間にか目の前に信長さんが、ボクの頬に手をやっていて。

「昼、貴様が股を開いた男のことか」
「!?」

 思いがけないことを言われて体がぎくりと反応してしまった。
 え、なんで。
 なんで、信長さんが風魔さんのこと知って――。

「この安土の城内にて他の男に足を開くとは、大それた女よ。大方あの山猿にも―――」
「そんなっ! こと、は」

 ない、と言ったら嘘になる。
 でもそう言わないと。
 秀吉さんや風魔さんとのことがバレたら、この人は二人ごと大阪や小田原を焦土にしてしまうから。

「な……――っ」

 けれど言いきる前に喉からの痛みにロをつぐんでしまった。
 目の前にあった信長さんの顔は今はボクの喉に。
 きっとそこには赤い痕がついている。

「貴様の虚言にも飽いたわ。その躯にきいてくれよう」

 ぞくぞくと背すじを走ったのは悪感じゃあなかった。










 暗い闇、赤い月。
 城内の小高い丘の上に一人佇んでるボクの頬を冷たい夜風がさらりと撫でる。
 あの後気が付くと信長さんの腕の中だった。
 幸い、信長さんは眠っていたので気づかれないようそっと抜け出して部屋出て、ここまで来た。

(今なら逃げられるかも)

 寝静まってるし、ここまで誰とも出会わなかった。
 いつものように塀を超えて脱出すれば。
 そこまで考えて締めた。
 戻って来たその日だ。警戒してない訳ない。
 城内は人気がなくても外、例えば堀を出てすぐの所にでも見張りを配地してると思う。
 それに―――。

「もう逃げるつもりですか?」

 後ろからかけられた声。
 振り返ってみるとくすんだ銀の髪が夜風に揺れて。

「まだ戻って一日も経ってないというのに」

 明智さんだった。
 肩のとげとげとかの具足を外して大嫌も持ってない。

「さすがに戻された夜に脱走なんてしませんよ。どうせ外に見張りがいるんでしょう?」
「おや、ばれてましたか」

 ため息を吐くボクに明智さんは笑う。
 分かってはいたけど、断言されてしまうとくるものがあるなぁ。

「まあ、どちらにしても―――」



「その好格では何処も行けませんよねぇ?」

 掛布をただぐるぐると巻いただけ。
 それがボクの今の姿。
 目が覚めて、このまま朝をむかえる気になれなくて外に出てみようと思ったけど、何も着ていないことに気が付いた。
 いつも朝目が覚めると枕元に服が置いてあるけどまだなかったから、多分逃走防止のためにボクが朝目覚めるギリギリの時間に置くようにしてるんだと思う。
 この布の下は何も着ていない。
 あるのは全身に散りばめられた無数の鬱血だけ。

 それを辿るように明智さんの手が、指先が、ボクの喉へ、銷骨へと触れていく。

「…っ…明智さん…っ」
「触わるだけです。それ以上は、何もしません」

 嘘だ。
 そう言っていつもそれ以上のことをしてくるじゃないですか。
 ああ、でも、最後までしてくる事はなかったけど。
 明智さんはボクが信長さんに抱かれた後、決まってボクを暴く。
 まるで信長さんにどう抱かれたか、信長さんがどう抱いたのか、確認するように。

「……っ」
「ああ、貴女は、本当に―――」

 耳元に明智さんの唇が寄せられて。
 体に巻いていた布が、足元に落ちる音がした。



これが、この世界での日常



(ああ、それにしても)
(いつになったら、元いた世界に帰れるんだろう)










補足とか

・というわけでねね成りかわり男装特殊設定トリップ、でした実は。特殊設定の方は今回あまり出なかった……。

・詳しい過去の経緯はその内書く予定の友恒編(仮タイトル「蒼い空に手を伸ばす)にて。

・(あとはやっぱり姫が毛利さんか。もうちょっと行って島津のじっちゃんかザビーさんかな)←ここの姫は元親のこと。姫若子時代を知ってるから。

・尾張から逃亡して風魔に保護される→小田原城内でくらす→事件が起きる→風魔に絆される→自分のせいで小田原が滅びかねない事が起きて衝動的に飛び出す→風魔が追いつくもその手を振り払って尾張へ戻るというのが小田原での経緯。アニメ沿いの方でも触れるけど詳しくはまたいつか。

・「昼、貴様が足を開いた男のことか」←風魔のことをいってた。背に手をまわしてから別れるまでの間の出来事。何故知っていたかは後々。

・ない、と言ったら嘘になる。←本文じゃほぼ触れてなかったけど前日秀吉としてる。以上、今回のお話で夢主に対して好き嫌い分かれると思う訳。

・あまり安心説計じゃなかったラストぉ……。

・ラストの光秀は「信長に愛されてる」的な台詞で続く予定だったけどキリが良かった&これ以上続けると本当に安心設計じゃなくなるしただでさえ長いしということでカット。

・(逃げた先から織田へ連れ戻される)これが、この世界での日常

下へ行くともうちょっと詳しく。









夢主。
日の元を旅してまわる風来坊。(※女)
各地の武将達と交遊関係があり、特に伊達、豊臣、毛利、長宗我部、北条、そして織田、松永と深いつき合いがある。
実は織田信長の色小姓で、本人はそれを嫌がって逃げまわりがてら日の元を旅している。
天然パーマの真っ白な髪と暗緑色の瞳。
女であることを隠しているのもあって基本は今川からもらった狩衣。
旅時は野良着姿。


豊臣秀吉
記憶を無くし、気を失っていたに「ねね」と名付け共に過ごした張本人。
仲睦まじく、あと一息で結ばれるところだったが松永の件で矜持を傷つけられたと同時に目の前で奪われてヤンデレ化。
二度奪われることがないようねねを閉じ込め、最終的に殺すも自分を取り戻したの返り打ちに合った。
その後色々合って奇跡的に以前のような関係に戻る(※そう思っているのはだけで秀吉は今も奪われるのを危具しており、狂行に走るぎりぎり寸前)


竹中半兵衛
の存在が秀吉を不安定にしていると考え、排除するつもりでいたがの危なっかしさと阿呆さ加減に絆され、同時にさえいれば秀吉は安定し、進み続けられることも分かり二人が共にいられるよう全力を尽くすことにした。
最近の悩みはの酷すぎる鈍感具合と嫉妬による秀吉からの固有技炸裂。


風魔小太郎
がこの世界で縋れる数少ない人物。
何故かには風魔の言葉が分かる。


明智光秀
実はBASARA世界で初めて出会った武将。
その際、光秀の武器を殺したことで興味をもたれた。
に度々手を出しているが決して最後まではせず、その真意は分からない。


織田信長
どういう訳かに酷く執着しており、女のを男と偽らせ、色小姓として己の元に縛り付けている。
その執着度合は逃げ込んだ先を焦土と化してしまう程。

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