Mix Dream

再会と再会と別れ

 どれくらい走っただろう?
 澄み渡たる綺麗な空の蒼。
 青々としげった草原。
 少なくともあの昼間でも暗い尾張を出た事だけは分かった。

「これからどうするかな……」

 まず初めに当面の路銀の確保と衣服の確保。
 これが最優先だ。
 お金がければ何もできないし、何よりこのまま布一枚を歩き回る訳にもいかない。
 そのためにも人里に出て―――。

「髪の毛、売らないと」

 自分の髪に触れる。
 普段は短くしているけれど、急いで出たからそのままだった天然パーマの、膝付近まである長い白い髪。
 髪は結えば丈夫な紐として重宝されるから。

 読んでて良かった乱太郎。

 それにボクの髪は切っても翌日にはこの長さまで伸びてしまうから無限に売れる。

「ん?」

 前方の遥か向こうに見えたもの。
 ゆったりと動く人の行列、その中央には駕籠。

(ああ、あれは、もしかして―――)

 いてもたってもいられなくなって架籠めがけて走り出す。
 違ってたら確実にお手打ちとかだろうけどと、わかっていながら。










[side政宗]

 たった一度の攻撃。
 それだけで今川軍は壊滅状態となっていた。
 無理もないだろう。
 あんな垂茶苦茶な攻撃、電撃をおびた巨大な力の固まりなんて物、普通の者では対処できる訳がない。

「ちち近寄るていないっ! マロを誰と心得るおじゃ!」
「今川のおっさんだろ。俺は奥州筆頭伊達政宗。悪いが獲らせてもらうぜ」
「ひいっ! みみ皆の者、ママママ口を守るおじゃ! はようこの者を討ち取ってたもおおおおっ!」

 そう言うも今川軍の者は誰一人動かない。
 皆、体を震わせ戦意を喪失している。

「大将ならてめえがかかってきなっ!」

 駕籠に身を潜めた今川に、政宗は容赦なく力を向けて。
 飛びかかろうとした時。
 一つの、白い物体が二人の間に、今川の目の前に飛び出てきた。

「アンタは……」

 目の前のそれに、政宗は見覚えがあった。
 くせの強い白い髪に暗緑の瞳。
 幼い顔立ち、おそらく元服前後の少年。
 以前、一揆を起こしたまだ幼い少女に「投降するから助けてほしい」と頼まれ、少女共々保護するも姿を消してしまったかの者で。

 それはまっすぐ政宗を見据えていたがふいに後ろへ振り返って

「お久しぶりです、今川さん」

 そう言った。










 思った通りだった。
 遠くに見えたのは今川さんの駕籠で、今川軍の行列だった。
 しかも近付いて見ればなんがすごい事が起きていた。
 思わず今川さんを守ろうと飛び出してみたものの何にも考えていなかった訳で。

「あ、ーーーっ!!」

 ああ、良かった。
 久しぶりに見る今川さんは怪我一つなく元気そうだ。

「おい」

 かけられた声に振り向く。
 問題はこっちだ。

「久しぶりじゃねぇか。元気そうだな」

 そう言って目の前の人、伊達さんは笑っている。
 けど、多分本当は笑っていない。
 それがボクにはきまずくて。
 思った通り次の瞬間には伊達さんのロ元笑みが消えていた。


「いつきが心配してる。アンタ、何でいなくなったんだ」
「それは……」

 それを言われると思ったから会いたくなかったのに。
 以前ボクはこの人に助けてもらった事がある。
 それはまだ何にも縛られることなく日の元を旅していた時。
 滞在していたいつきちゃんの村が信長さんに襲われて。
 村を見逃がす交換条件として連れて行かれたボクを助けてくれたのが伊達さんだった。
 それだけではなく、保護までしてもらって。
 けどボクは逃げてしまった。
 その時一緒にいたいつきちゃんを託すように置いてまで。

「置き手紙にも書いたじゃないですか。狙われてるって」

 織田に狙われている。
 尾張近付では手配書までまわってる。
 これ以上ここにいたら迷惑をかけてしまうから出て行きます。
 すみませんでした。ありがとうございました。
 そんな内容の。

「No.だからだ。もう少し待ってりゃああの時期奥州は雪に閉ざされ、他国に侵略されなくなる。冬の北国より安全なトコはねぇ」
「………………」

 何て言い訳すればいいんだろう。
 本当の理由なんて言えない。
 逃げるためはもちろんだけど。
 ああ、せめてあの時経我していなかったら、あのまま滞在することができたのに。

「待たれよおおおおおぉっ!!!」

 森内部からすごい大きな声が響いてきた。
 声の方に顔を向けてみると赤いライダースジャケットのようなのを着た人が馬でもって凄い速さで森を抜けて。
 あっという間に伊達さんと接触している。

「お館様ご上洛のため駿河は大切な足がかりっ! 貴殿に今川義元を討せる訳にはゆかぬっ!」
「HA! 北条に横腹抉られて味方が危ねえって時に、よくぞ俺を追いかけてきた」
「あれしきの事で武田は揺がぬっ!」
「だがいずれ、甲斐の虎の首も俺が戴くことになるぜ。You see?」
「相手がいかな武人であろうと、お館様が敗れるなどありえぬ事っ! この真田源次郎幸村とて志半ばにして戦場に果てるつもりはかいもくござらぬっ!」
「All right.今川義元の首を懸けて勝負といこうぜ。真田幸村っ!」
「望むところっ!」

 あれ、もしかしてこれって、チャンスなんじゃあ―――。

「独眼竜伊達政宗、いざ勝負っ!!」
「癖になるなよっ!!」

 蒼と紅がぶつかると同時にボクは今川さんに向いて。

「今川さんっ!!」
「お、おじゃ〜……。マロの命を座興の褒美に致すとは、面目を潰されたでおじゃー! かくなる上は―――」

 ビシッとポーズを決めていた今川さんだったけど伊達さんの攻撃の予波に尻餅をついてしまって。

「か、影武者を、用意するおじゃっ!」

 ですよねー。
 お供の皆さんの準備はとても手際が良くて、あっという間に二人の影武者、三台の駕籠馬が用意された。
 ただ影武者さんはどう見ても今川さん本人とは以ていなかったけれど。
 大丈夫なのかな?
 いくら駕籠に入ってしまえば見えなくなってしまうからといっても流石にこれは。
 困惑してるボクをよそに今川さんはボクを連れて一台の駕籠馬に乗りこんでいく。

 あれ、ボクも連れて?

「い、今川さんっ! ボクは―――」
も行くでおじゃっ!」

 一緒には行けないという前にそう言い切られて、しかも真っ黒な雨雲が出てきたと思ったら急にバケツを引っくり返したくらいのすごい雨まで振ってきてしまっては外へ出られなくて。
 仕方ないとボクは駕籠馬の中の座るスペースに座った。
 今川さんは駕籠車のすき間から外の様子を見て、そして駕籠車は走り出した。
 ボクもすき間からこっそりのぞき見してると、伊達さんと小十郎さん、そしてさっきまで伊達さんと戦っていた赤い人が三方に分かれて、それぞれ駕籠馬を追いかけてくる。

 ―――って、どれが本物か分からなかったーっ!?

 あ、でもあの三人から見れば遠くからぱっと一瞬しか見えなかった訳だし、乗り込んていた所も戦闘で見てないだろうから無理もないかな……?
 だけど困ったことに本物の今川さんとボクが乗った駕籠車を追いかけてるのは伊達さんだったりする。
 もしかしたらこれが本物だって分かったのかもしれない。
 もしかしてボクがいたから?
 ボクが今川さんといるの見えた?
 だとしたら、やっぱり一緒にいる訳には―――。

「久しぶりでおじゃるなぁ、

 けれどかけられたその声が昔と変わらず穏やかで

「はい。お久しぶりです、今川さん」

 それが嬉しくて、何だかどうでもよくなってしまった。

「息災であったかの?」
「はい。今川さんもお元気そうで何よりです」
「ほっほっほっ。ところで―――」



「その格好、いかがしたでおじゃる?」

 そう言われて自分の姿を思い出して。

「あ、これは、その……」

 どう、説明すればいいのだろう。

 まさか目が覚めたらいつものように信長さんの部屋に一人全裸で寝かされていて、けれどいつもなら枕元に置いてくれている筈の自分の狩衣がなく、とりあえず敷布を剥いでぐるぐる巻きつけておいて、付近に人がいなくて逃げる絶好のチャンスだったからなりふり構わずそのまま逃げてきました。

 なんて説明できる筈はなく。
 それにこれを言ってしまえば何で信長さんの元にいるんだってことも説明しないといけない。

「とりあえずこれを着るでおじゃっ!」

 ジャジャーンと効果音がつきそうな勢いで今川さんが取り出したのは以前今川さんから貰ったのと同じ狩衣だった。

「こんな事もあろうかといつも持っておいたでおじゃ」
「あ、ありがとうございます」

 良かった。
 とりあえずこれで衣服の方は解決だ。
 狩衣の着方は今だによくわからないけど、それでも何とか着つけていって。

「?」

 あらかた着ると今川さんが黙ったままこちらをじーっと見ているのに気付いた。

「今川さん……?」
「いや、何でもないでおじゃる」

 今川さんはそう言って笑ったけど、そうなんだろうか?
 ただじーっとボクを見ていたというより、ボクを見ながら何か考えていたような。
 ボクが考えていると今川さんがボクの両頬に手をそえてきて。

「京へ着いたら、まずはそなたの着物を買うでおじゃる。このようなのではなく、そなたに似合う小袖と打掛けを買うでおじゃるよ」

 ああ、何でこの人はこうも優しくしてくれるのだろう。
 ボクが何なのか知りながら。
 アレを見ていながら。
 縋りたく、なってしまう。
 思わず今川さんに手を伸ばして。

「!」

 けれど、不意に感じたこの気配は。
 この嫌な予咸は。

「今川さんッ!!」
「おじゃ!?」

 考えるよりも先に今川さんを突き飛ばした。
 代わりに今川さんがいた所にボクが。

「―――ッ!」

 肩に激痛が走る。
 痛みに目を閉じて、ゆっくりと開けて。
 見ると背中の、右肩近くに鎌が刺さっていた。

 明智さんの、鎌が。

「おじゃあああああッ!!」

 今川さんの悲鳴が駕籠馬の中に響く。
 まさか今川さんも怪我をと思い見てみたけれどそんな事はなくて。
 今川さんは急いでボクの背中から鎌を引き抜いてくれた。

(良かった……)

 守ることが、できた。
 本願寺さんの時は、何もできなかった。
 火を放たれて、消火活動を手伝だって、信長さんの仕業だってことに気付いて慌てて本願寺さんの元へ辿り着いた途端、あっという間にだった。

 だから、今度は、今度こそ。

っ! 血が―――」
「大丈夫ですよ」

 嘘じゃない。
 ボクは怪我をしてもあっという間に治ってしまうから、この怪我もすぐ治る。
 治ってしまう。
 たた痛みはみんなと同じようにあるけれど。
 だから、うまく、笑えたかな?
 ああ、でもそんなに早くは治ってくれないかもしれない。

 だって、昨夜、信長さんと―――。

 外から馬の鳴き声がする。
 追いかけて来ていた伊達さんに何かあったのかもしれない。
 どうして明智さんがここに来たのかはわからないけれど、何にしても今は外へ逃げないと。

「今川さん、とにかく駕籠から出て、逃げないと……」

 また、殺されてしまう。
 体を起こそうとして。

「逃げるでおじゃあああぁぁぁぁっ!!!」
「―――っ!?」

浮遊感。
雨の匂い。
突き飛ばされ、外へと投げ出されたボクの体と敷布。

今川さんを残して。

「いっ……」

 慌てて手を伸ばしたけれど、それが届くことはなく。

「―――っ!!」

 ボクは地面に放り出されてしまった。
 着地の衝激と、傷に響く痛みに顔をしかめる。
 でもぐすぐずしてる暇なんてない。
 痛みも苦しさも、雨でぬかるんで体にはねた土砂も、体にかかった敷布もすべて無視して体を起こす。

「今川さん、何で……!」

 何で一緒に飛び降りてくれなかったの?
 怪我をしてるボクと一緒に逃げるより、別れて逃げた方がいいと思ったから?
 けれど、さっきから感じる嫌な予感が消えてくれない。
 とにかく早く追いかけるため走り出そうとしたけれど、ふと気になって後方を見てみる。

「あ……」

 少し離れた所に馬と、伊達さんが倒れていた。
 馬の鳴き声がした時に何かあったのかもしれないとは思っていたけれど。
 慌てて駆け寄って、伊達さんをよく見てみる。
 大丈夫。死んでない。多分気絶してるだけ。
 脈のとり方は分からないけれど間違いない。
 だって死んでる気配じゃない。
 その事にほっと安心して息を吐いて。

 そして―――。










[side政宗]

 雨の音。
 揺ら揺らと規則正しく揺れる体。
 どういう事だ。自分は今川を追っていた筈だ。
 そう疑問に思って目を開ける。

 初めに見えたのは雨で泥濘む地面。
 聞こえるは静かに響く雨の音。
 そして香る、うっとりするような花の匂い。

「あ、気がつきました?」

 少し濡れた長い真っ白な髪。
 暗緑の瞳が下から政宗をのぞき込んでいる。
 政宗はに背負われ、雨除けに体には白い布がかけられていた。

「アンタ……」
「落馬しちゃったみたいですね。馬は多少休めばまだ走れるようだったのでおいてきました。後で迎えに行ってあげて下さいね」

 言いながらゆっくりと、けれど確実に暗い森の中を進んでいく。
 話しによると今川に駕籠から突き飛ばされ、自分だけ逃がしてもらってしまったらしい。

「だから、このまま今川さんを―――」
「知り合いか? 今川のおっさんと」
「お世話になってた時があって―――」
「俺のように、か?」
「……はい」

 更に話によると政宗達と出会う前に今川と出会っていたそうだ。
 大怪我を負い、倒れていたところを保護された。
 言わば命の恩人。
 そんな相手の元へ、恩人の命をとろうとした俺を連れて向かうという。

「いいのか? 俺も一緒に連れてって。俺は今川義元を倒しにきたんだぜ?」
「ケガ人を放ってはおけませんから。今川さんに追いついて、仮に政宗さんが倒しにかかったら、その時は今川さんを連れて逃げます」

 これでも逃げ足は速いですから。
 できれば今川さんもあの後飛び降りてくれてるといいんですけど。

 そう言いきった。

 どこまでお人好しなんだ。
 今アンタは巻き込まれてdangerな目に合ってるにすぎねえのに。
 いつきの村が攻められたあの時だって。

 そこまで考えて疑問を一層深めた。
 織田信長は何故を狙うのか。
 が残した手紙には以前戦場で粗相をしたからとあったが、それだけとは思えなかった。
 奥州から居なくなった時に起こったあの出来事が、今も色濃く政宗の胸を占めていたから。
 だからには何かある。

「あ」
「?」

 いきなり上がったの声に一端思考を止めた。

「あ、あの、多分服汚しちゃってると思うので。すみません」

 どういう意味なのか。
 確かに今着ている物は泥で汚れ、今だ降る雨にも濡れている。
 だがそれは政宗が落馬したからで、が謝る理由はない筈だ。
 そうして政宗は気付いた。
 雨とから香る花の匂い以外にもう一つ、別の匂いに。

 それは、戦場でよく嗅いだ―――。

 己の体を動かし、の背を見た。
 背中の右肩近く、肩甲骨辺りに大きな傷がある。
 今だ血が流れ、の背を、そして政宗の戦装束を紅く汚していた。

「―――!」
「あっ! 動いちゃダメですっ!」

 降りようとした政宗を、足を持つ手に力を込めて制す。

「足腫れてるんですっ! 多分折れてはないと思うけど万が一があるから」

 見ると、確かに左足が腫れていた。
 今まで気付かなかった。
 腫れた部位が今頃になってジクジクと熱を持ち、主張し始めて。

「片倉さんも今頃ニセモノに気付いてこっちを追いかけてると思いますから、それまで辛抱です」

 汚してしまった戦装束は弁償しますから。

 そう言われて耳を疑ってしまった。

 違う。そうじゃねえ。
 俺はアンタを心配したんだ。

「……今川をかばったのか?」
「―――それくらいしかできませんから」
「l……イテェだろ」
「それほどじゃないですよ」

 嘘だ。少しずつだが呼吸が荒くなっている。
 再び降りようとしても足はがっちりつかまれていてどうすることもできない。

(馬鹿力が……!)

 そのお人好しにどうしようもなく腹がたって仕方がなかった。










 伊達さんを背負って暗い森の中を進んでいると出口が見えてきた。
 お生い茂る木々がそこから先は一本もない。
 この先にいるかもしれない。
 今川さんと、そして―――。

「おい」

 伊達さんに声をかけられはっとした。
 ボクは足を止めていた。

「すいません、行きましょう」
「……」

 謝って、再び歩き始める。

 大丈夫。
 今川さんのことだからきっと駕籠馬から脱出してる。
 そうじゃなかったとしてもきっと無事でいる。

 決して、この嫌な予感は当たったりしない。










 森を出た先は一本道になっていた。
 左右は崖になっていて、その上には旗や槍を持ち、鋀を着込んだたくさんの兵。
 その具足の色は―――。


「おい」
「!」

 再び止まっていたボクにかけられた声。
 何処の兵かわかって動揺していたボクは降りようとする伊達さんを制することが出来なかった。

「伊達さ―――」
「こんな怪我でおまえに背負われてりゃなめられるからな」

 そう言って伊達さんは降りたことで落ちた布をひろい、ボクにかぶせた。
 そしてボクの前に立ちはだかって

「俺の後をしっかりついてこい。 Are you ok?」

 足に怪我をしてると感じさせないしっかりとした足どりで歩き出した。

 もう一度崖の上を見上げる。
 あの具足の色。
 間違いない、織田だ。
 だからこの先にいるのは明智さんだけじゃあない。
 あの人も、いる。

「………………」

 政宗さんの後に続く形でボクも歩き出した。

 今川さんがいない事を願って。










 一本道を歩く。
 こっちを見る沢山の兵士さん達の目は今の空のように暗く澱んでいる。
 雨は変わらず降り続けて。
 その中を伊達さんと、その後ろにボクが進んで行く。
 しばらく歩くと行き止まりにたどり着いた。
 その岸の上には―――。

「あ―――……」

 達くからでも、はためく赤と黒のマントが見えた。
 その頭上には禍々しい雷雲が渦巻いて。

 伊達さんが腰を落とし、六爪に手をかける。
 ダメだ。いけない。
 止めるため伊達さんの腕を掴もうとして手を上げる直前、雷鳴が響いた。

「―――ッ!!」

 雷鳴越しに見えてしまった。
 白銀の甲冑が。
 こちらを見降ろすあの人の視線が。
 顔を逸らしたいのに、体全て硬直してしまったみたいに動けない。
 大丈夫。
 今のボクは全身敷布をかぶってる。
 今伊達さんといるのがボクだってことは信長さんは分からない。
 絶対、分からない。

「政宗様っ!!」

 片倉さんの声がした。
 伊達さんの斜め右後ろ、ボクの右隣に着いたようだ。
 けれどボクは今だ強張っていて、その姿を確認出来ない。
 あの人の周りには明智さん、簡丸くん、濃姫さんもいた。

「おお! あれはまさしく織田の軍勢っ!」
「お、おいっ! 旦那っ!」

 そんな声が後ろから聞こえてきた。
 さっきの赤い人がボクのすぐそばに馬をつける。
 それからさっきはいなかった迷彩の人がシュタ、と現われた。

「尾張の魔王こと織田信長公とお見受けいたすっ! 拙者は真田源二郎幸村っ! 甲斐の国は武田の家臣なりっ!」



「―――静かにしな、真田幸村」

 勇ましい赤い人の声に反して伊達さんの声は静かだった。

「この俺を、射すくめやがった……」

 皆、岸上を見ていると思う。
 こちらを見降す信長さんの冷たい目。
 一人だけ笑みを浮がる明智さんの―――。

「―――ッ!」

 明智さんと目が合った気がした。
 ボクに、気付いてる?
 そんな筈……そんな筈、ない。
 だって、敷布でボクだって判別できないし、声だって、出してない。

 明智さんがゆったりとした動作で鎌を掲げる。
 鎌の先には何か大きな物が、けれど暗雲でよく見えない。

 あれは、あれは何?

 僅かなうめき声。

 あれは、誰?

 時折轟く雷鳴。
 信長さんの銃口がその眉間辺りに当てられる。

 あれは あの人は

 一層大きな雷の明かりでボクはあれが誰なのかやっと認識した。
 反射的にその名を呼ぼうと

 ドン

 落ちてくる。

 急で駆け寄る。

 追いつく前に、ぐしゃりと落ちた。
 その体が、人の体として不可能な方向へ曲がっていて。

 今川さんの、体が。

「―――ッ!!!」

 あがりそうになった悲鳴を、ロを両手で塞いで堪えた。
 声をあげたらボクだって分かってしまう。
 こんな時にまで自分の安全を考えられるなんて、なんて、酷い。

「声を殺しきる、か。アレにしては賢明な判断よ」

 上からの、声。
 ゆっくり見上げる。
 信長さんの視線が確実にボクを見ていた。
 分かってたんだ。
 少なくとも、ここにきた時から。
 それなら隠す必要も、我慢する理由もない。
 まだ間に合うかもしれない。
 敷布を脱ぎ捨て、声を出そうと口を開けて

 ドン

 今川さんの体がはねた。

 ドン、ドンと音がする度に体がはねてはねて。
 血が肉片が、飛んで。

 体が、壊れて。

「やめてッ!!」

 堪らず今川さんに覆いかぶさる。
 それと同時に頭が四散した。

 こうなってはもう、救けられない。

 体を起こすとたくさん銃弾を打ち込まれた今川さんの体はぐしゃぐしゃで、ボクも血や肉片でたくさん汚れて。

 視線が今川さんの死体から逸らせなくて。

 咽そうなその臭いに鼻とロを左手で塞ぐ。
 右手は左肩にやって傷口の部位を確認して

 そこに、爪を立てた。

 大丈夫。まだ大丈夫。

 自分をしっかり持って信長さんを見上げる。
 信長さんはずっとこっちを、ボクを見ていた。


「これは見せしめ。戻り、すぐさま余の元より逃げた貴様への罰よ」
「違いますよね? ボクが逃げようが逃げまいが、あなたは今川さんを殺すつもりだった。そうでしょう?」
「―――貴様が何もせずすればその者は救えたわぁ……」
「え……?」
「その者のこうべ四散させたのは貴様がおるからよ。貴様のこと。救おうとするが目に見えておるわぁ。現に救わんとした故蜂の巣にしたまで。本に救いたかったなら、その森にて身を隠し、余が消えるまで待つべきであった」

 そうだ。
 本当に今川さんを助けるなら森を抜けずそのまま隠れて、信長さん達がいなくなるまで待つべきだった。
 だって明智さんに斬られ、嫌な予感がしていた時点でこうなる事ぐらい分かった筈なんだから。

「―――是非もなし……」

 そう呟くと信長さんはこちらに背をむけて歩き出して行く。

「第六天魔王……!!」
「織田信長……!!」

 その背を見据える赤い人と伊達さん。

 これは……どういう事、なのだろう。
 ボクのこと、締めてくれた?
 ううん、違う。そうじゃない。
 今までの事を考えるとこんなあっさり締めるなんて変だ。
 じゃあ何で……。

(あ、れ……?)

 頭がくらくらする。
 次の瞬間にはぬかるむ地面にばしゃん、と倒れ込んで。

「!? おいッ!!」

 伊達さんの声がひどく遠くで聞こえる。

 そっか……血が、流れすぎたんだ……。

 とにかく背の傷に爪を立てるのをやめてボクは目を閉じた。










[補足]

・(今川さんとの)再会と(伊達さんとの)再会と(今川さんとの永遠の)別れがタイトルの意味。

・夢主は日の本を旅してる最中、雪国で行き倒れ→いつきにひろわれて世話になる→いつきの村が織田に襲われる(2のいつきストーリーが背景)→村を見逃してもらう代わりに自分が連れてかれることに→尾張へ連れてかれる最中、筆頭と何故か謙信様に助けてもらう→助けてもらった時に夢主負傷し、いつき共々伊達の屋敷で世話になることに→しかしその日の夜、いつきをおいて姿を消す(その時に筆頭といつきそれぞれに手紙を残している)という感じの経緯有り。詳しくは共通の過去編で掘り下げるけど、いつ書き上げられるかは不明。そのまえに導入部分的の方書き上げれ。

・あと大事なことで夢主は小姓ということもあって男のふり&格好。普段は以前今川義元からもらった狩衣。

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