EMPTY A CONCEPTION

family

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「じゃあ、何処行こうか?」
「あ、あの……」

 午後の陽光がジョートショップを照らしている。
 その前で聖に笑顔で尋ねられ、亮は困惑した。

「え、と……」
「ローズレイクと陽のあたる丘公園、どっちがいい?」
「えっ?」

 出された二つに驚いた。
 それは、どちらも亮がエンフィールドで気に入っている所だった。

「どうして……」
「だって、どちらも亮が好きな所だったから。人って記憶を無くしても根本は変わらないものだし 。ま、今日は陽のあたる丘公園にさせてもらうけど」

 右手を差し出された。
 亮は自然にその手を取った。
 そうした後で、ふと恥ずかしくなった。
 不自然ではないか。
 小さな子供ならともかく、成人の、それも男の自分と手をつなぐ必要はない。
 だが聖は変わらず笑顔だった。
 やがて手を引いて歩き出した。










 陽はまだ高い。
 だが夕方の時間帯だからか、人は少なかった。
 聖が向かったのは陽のあたる丘公園で一番大きな木だ。
 そこには理奈と里矢が先に来て、シートを引いてた。

「―――買ってきた」
「準備は整えてあります」
「ありがと」

 聖は亮をそこへ座らせ、残りの二人も座った。
 里矢が抱えていたバスケットから黙々と料理を取り出して準備する。
 トーストに備え付けの木苺のジャムとバター、香ばしそうなくるみパン、ハムとツナとビーフのミックスサンド、レタスとピクルスとパセリとトマトとタマネギとニンジンとダイコンのヘルシーバーガー、クリームチーズとサーモンのベーグル・サーモン、ホタテとタラとエビとイカのシーフードピザ、枝豆とミルクのクリームスープ。
 デザートにはチョコチップを混ぜたメロンパン、生クリームたっぷりのイチゴサンド。
 そして紅茶のセット。
 無駄のない行動だ。
 ただ一切感情がない。
 並べられた料理に亮は驚いた。
 それは全て自分が好きな物ばかりだったから。

「どうして……」
「さっきいったと思うけど? 記憶を無くしても根本は変わらないって。なんせ知る限りじゃ、亮は小さい頃からとんだ食いしん坊だったから」
「――っ!」

 聖は悪戯っぽく笑った。
 記憶がなくとも、その言葉は事実であったから亮は思わず赤面した。
 そして四人での食事が始まった。
 三人の話を聞きながら亮は黙々と食事する。
 この料理はエンフィールドに着いた時に聖に言われて理奈と里矢がさくら亭で作ってもらったそうだ。
 こうやってエンフィールドの陽の下で食事する時はいつもさくら亭で食事を作ってもらっていたらしい。

「ご主人は私達のことを覚えておりました」
「へぇ、最後に頼んだのが7・8年も前だってのに」
「あ、あの……」

 亮は意を決して話しかけた。
 聞いておきたいことがあった。
 先程里矢が言っていたアマデウスという名。
 本当に、記憶を無くす前から自分の中に別人格がいたのか。

「聞きたいことがあるんですけど、いいですか……?」
「その前に、敬語はやめようか」

 聖に言われて亮は先程からずっと敬語で話しかけていたことに気付いた。
 記憶はなくともこの人達は家族なのだ。
 畏まる必要はない。

「さっき、里矢がいってたアマデウスって別人格の名前だけど、そんな前から俺は、そうだったの……?」
「―――そっか。そんな名前の別人格も生まれたか」

 小さく溜息を吐いて説明を始めた。
 確かに亮は記憶を無くす前から別人格がいた。
 だがその時は守理とリトルと二人だけだった。
 ちなみにリトルというのは幼かった亮の愛称だ。
 亮の母は、字は違うが自分と同じ名を亮に付けたので、聖と亮の父は小さく可愛かった亮の事をリトルと呼んでいた。

「まあ、危惧はしてたけど」
「じゃあ、アマデウスっていうのは……」
「アマデウスは亮さまの名前です」

 そう言ったのは亮の紅茶を注いでいた里矢だった。

「亮さまの家では長女は成人をむかえるとアマデウスを継ぎます。お母さまもお婆さまも皆継いでおられました。元々、二年前の帰省は国元におられるお婆さまからアマデウスを継ぐ儀式を執り行うためでした」
「まあ、大体はね」

 里矢と聖の話を聞きながら亮は考えていた。
 本当ならば今頃、自分はその名を継いでいた筈だったのに、帰省する寸前で失踪してしまった。
 名を継がなかった迷惑と、いなくなった心配をかけてしまった。

「ごめんなさい、俺……」
「いいよ、謝らなくて。それに本当のこというと、あの状態でアマデウスを継がなくて良かったと思ってる」

 代々継いできた名を継ぐなんて大事な事を別人格がいる状態で執り行うのはあってはならない。
 聖はそう思っているのだろう。
 だが、実際亮本人が考えている状態と聖が知ってる状態は違っていた。

「ところで、あの自警団の子から聞いた話じゃ大変そうだけど」
「あ、うん……」
「大変って、どういうこと」

 今まで話に殆ど参加せずに見ていた理奈が聞いてきた。
 今、自分が置かれている状況を話すと、理奈の眉間に不機嫌そうに皺が浮かぶ。

「何、それ……。なんでそんな容疑がかかるの」
「それはさっきもいった通り、俺の部屋から美術品が…」
「それはさっき聞いた。そんな容疑かけられて、何で平然としてられるの。誰かが罪をなすりつけようとしってるってことなのに」

 理奈の声に僅かながら怒りが含まれる。
 亮は彼女を宥めるよう話を続ける。

「でも、俺の中の誰かやった可能性が高いから。警備の人も俺だったって証言してるし」
「仮にそうだとしても、やったわけじゃないのに―――」
「そう、だけど……」

 

「でも、俺の中の誰かがやったことは、俺がやったも同じだから。そうでしょ?」

 言いながら理奈を落ち着かせようと笑いかける。
 花開くような、微笑。
 理奈が紅潮し、押し黙った。

 記憶がないのに、なんで、こんな…

 理奈は昔から亮のこの笑みに弱かった。
 何を言っても、この笑みで押し切られてしまう。
 しかも本人にはその自覚がないからタチが悪い。
 それを知らない亮は落ち着いてくれたことに安堵の溜息を吐いた。
 その様子を聖は笑顔で見ていたが、やがて真面目な表情で亮に話しかけた。

「ねぇ、こんな時にいうのもなんだけど」
「……?」
「家に帰ってこない?」

 その言葉に視線が聖に集まる。

「家で家族一緒に暮らした方が記憶も戻りやすいと思う。初めのうちは途惑うと思うけど、すぐに慣れると思うけど?」
「私もそれがいいと思います」
「―――」

 三人の視線が亮に向けられる。
 確かに、家族が戻ってきた以上、一緒に暮らすが普通なのだろう。

「ありがとう……。でも、今はまだ帰れない」
「どうして?」
「あの家からジョートショップへ通うのは無理がありそうだし。アリサさんは目が不自由だからテディだけじゃあ心配だし。それに、俺はまだみんなに恩を返してないから」

 記憶を無くして何もわからない見ず知らずの自分をエンフィールドの人達は助けてくれた。
 それなのに、自分はまだその恩返しをしていない。
 それどころか皆に迷惑をかけてしまっている。
 特にアリサさんには自分のせいでジョートショップの土地を担保にしてしまった。
 だから、どんな形でも良い。
 エンフィールドの人達に、アリサさんに、恩を返したかった。
 何かをしたかった。

「だから、今はまだ帰れない。せめてこの事件が解決して、ジョートショップの経営が軌道にのるまでは。ケジメはちゃんとつけておきたい」

 もしかしたら再販審議が行われないかもしれないけれど、それでも今のままで家に帰るのはいけないような気がした。

「……リトル亮らしい」

 聖が寂しそうに笑っていた。

「ごめんなさい、俺…」
「謝る必要はないよ。寧ろ安心した。本当に良かった」
「え?」
「さっきは記憶を無くしても根本は変わらないっていったけど、正直ね、不安だった。記憶を無くしたって聞いて、別人になってるんじゃないかって」

 そっと、頬に触れられる。
 慈しむように。
 愛しむように。

「心配しなくて良い。おまえは何も変わらない。昔も今も」

 聖は亮の瞳を見つめていた。
 吸い込まれそうにほど美しい、神秘的な紫電の瞳。
 そう、何も変わらない。
 いかなる時も亮は心優しく、美しい。

「さ。食事の続きをを楽しみますか」





END


亮祐: 管理人です。「トラブル・バースデイ」のすぐ後の話。亮の食いしん坊ぶりは現在執筆中の「エンフィールド」でのエピソードです。アレフもまっつぁお。
翔:古くないか?
亮祐:このあと亮はジョートショップに帰って今回のことを皆に話します。今回行間を変えてみたのですが、こっちの方が読みやすそうな感じなので次もこれでいってみます。次は「memory」 か「obstacle」の予定です。 ところで今回、ある人物が重要なネタバレをしておりますがお解かりになりますか。答えは「memory」で明かされます。ヒントは一見管理人のことだから誤字ったんだろうと思ってしまう言葉、です。ではこの辺で。


BGM:2声のインヴェンション第4番/作曲バッハ midiファイル作成「トオリヌケデキマス」

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