フサ達の誤解も解き、亮達は今度こそジョートショップに向けて帰っている。
正門「祈りと灯火の門」に入ったところでアレフが溜息を吐いた。
「今回は本当に疲れたな〜っと」
「でも、おかげで貴重な体験もできたよ」
「そうね」
「トリーシャ、だいたいなんで一人で街の外になんか出たんだ?」
「そうっスよ」
「だって〜。一言お父さんに直接文句いってやりたかったんだもん!」
トリーシャが言うにはすぐに言ってやりたかったのだと。
気持ちは解るが、魔物が出るような所へ一人で行くのはあまり懸命だとは思えなかった。
そうこうしている内にジョートショップの前に辿り着いた。
扉を開けて、皆は驚いた。
「お、お父さん? どうしてここへ?」
中にはアリサの他に自警団のリカルドがいた。
こちらに気付いたリカルドが亮に話し掛ける。
「今回は娘が世話になったな。ありがとう」
「いえ、そんな……」
「そんな口先だけのお礼をいわれても嬉しかねーな!」
二人の間を割ってアレフが口を出した。
「本当に感謝してるなら亮が無実だってこと認めたらどうだ?」
「それとこれとでは話が違う。今日は純粋に娘が世話になったことについての礼をいいにきたのだ」
「ごめんね亮さん。お父さんってほんと頑固なの」
「ううん。おっさんがいってることは当然のことだから」
亮は変わらず微笑を浮かべていた。
そこへ扉が勢いよく開いた。
「隊長! やめて下さい! こんな奴に気を使う必要なんてありませんってっ!」
入って来たのはアルベルトだった。
「あら。アルベルトさん」
「あ……こ、こんにちは、アリサさん。きょ、今日はまた一段とお、お、お美しいですね……」
「あら、お気づきになりました? 今日は念入りにお掃除したんですよ」
「い、いや、そういう意味じゃなくて……」
見事にかみ合っていなかった。
「ところで、あの男はいったい何者なのだ? この街では見ない顔だが……」
「俺にも、よくは……」
あの男とは目薬茸騒ぎで会ったばかりだった。
今回正門と西の山とドラゴンの住処を入れて計四回会ったが、彼のことは殆ど解っていない。
「わかってるのはシャドウという名前と俺を困らせるのが趣味ってことぐらいです」
「シャドウっていうのも自称で、本当の名前かどうかわかったもんじゃないっスよ」
「君を困らせるのが趣味?」
「というより……俺に憎まれるようなことなら何でもする。そんな感じでした」
「いったいどういうことなんだ、そりゃ?」
「わかりません……。もしかしたら記憶を無くす前に会ったことがあるのかもしれないけど、それもよくは……」
解らなかった。
もしかしたら記憶を無くす前に彼と会ったことがあって、その時に何かあったのかもしれない。
けれど確かではなかった。
テディの頭に一つの考えが思い浮かぶ。
「あ! もしかしたら最初の美術館の盗難事件もシャドウの仕業じゃないっスか?」
「そうだよ! 絶対そうだって! あいつが亮を困らせようとしてやったことに違いねーよっ!」
そう考えればあの男の亮を困らせようという行動にも説明がつく。
だが証拠がなかった。
証明したければシャドウを捕まえ、自白させるしかない。
そう告げるリカルドにアレフは耳朶を踏んだ。
「そういえばアルベルトさんは何故こちらに?」
「あ、それは……」
アリサがアルベルトに話し掛けた時、扉が開いたことを告げるベルが鳴る。
「いい加減、入っていい?」
顔を覗かせ、聖が中へ入ってきた。
他の二人の姿はない。
聖が言うには住民票が盗まれたことを聞き、山を降りてアルベルトと共に役所で控えの住民票を見せた後、二人には他の用事を頼んで別れ、亮が世話になっているこちらへ来た。
するとアルベルトがいきなり突進するように中へ入ってしまい、そのまま忘れられていたらしい。
「急に入るもんだから。正直、どうしようか途惑った」
あははと笑う聖の、アルベルトを見る目は笑っていなかった。
「あ、あの……!」
意を決したように亮が聖の元へ移動した。
「ん? 何?」
「あの……」
「あなた達は本当に、写真に載ってた俺の家族……なん、ですか……?」
紅潮気味の顔で聖に尋ねた。
「俺の?
一瞬、聖は不思議そうな目で亮を見た。
やがて優しい眼差しを向ける。
「うん、そう」
そしてその顔に触れ、優しく笑った。
亮も微笑を浮かべた。
美しく、花開くような微笑。
その美しさに周りにいる全ての者が紅潮した。
聖がアリサに視線を移した。
「あなたがこちらの方ですか?」
「ええ」
「亮が大変世話になりました。自警団員の彼から聞きましたが、記憶喪失だとか」
「そうなんです。それで今、クラウド先生のカウンセリングを……」
「そうでしたか」
再び、亮に視線を戻した。
「何か思い出した?」
「あ、まだ何も……」
「そっか」
ほ、と溜息を吐いた。
―――あれ?
―――何か、変じゃあないか?
残念そうな溜息ではなかった。
むしろ、安心するような―――
アレフがその疑問を聞く前にシーラが話しかけた。
「あの、亮くんのこと教えてもらえませんか? 亮くんも知りたいと思うし」
「う、うん!」
「じゃあ、何から話そうか?」
「じゃ、じゃあ、俺の家は森の方にある屋敷、でいいんですよね?」
「そう。行ったの? 大変じゃあなかった?」
「あ、はい。でも、なんであんな大きな屋敷に…?」
「貰い受けたから。亮の両親は元冒険者でね。あの屋敷に住んでた悪党退治依頼の礼。いうのもなんだけど結構有名だった」
言うには、亮の両親は遠くで活躍していた名のある元冒険者で、あの屋敷に住んでいた悪党を退治してほしいという依頼書を見てエンフィールドへ来た。
そして退治した報酬としてあの屋敷を貰ったのだと。
「じゃ、じゃあ俺の両親は今どこに……」
亮の質問に聖の顔が悲しそうに歪む。
「両親は……もう、死んでる」
「え?」
「母親は数年前、父親も亮が生まれる前に、ね……」
「あ……」
してはいけない質問だった。
「ごめんなさい。こんな質問……。本当なら、知ってる筈なのに……」
「いいよ。謝らなくて」
聖は笑ってくれた。
それだけに余計申し訳なかったのだろう。
亮の顔は沈んだままで。
後方にいたアレフはその肩に手を置いて、顔を覗き込んだ。
「大丈夫、か?」
「……うん、大丈夫。ありがとう」
微笑を浮かべる。
あの人と同じ、微笑を。
安心してアレフも笑った。
亮に変わって今度はエルが尋ねた。
「ところで、あんた達は里帰りしてたんだろう? なんで亮だけエンフィールドにいたんだ?」
「二年前、実家に帰る当日にこの子がいなくなったね。本当なら探したかったんだけど、でもどうしても帰らなければいけなかったたから」
話しによると実家というのはここから東の方向、しかも別の大陸だそうだ。
片道だけでかなりの月日を要するという。
「それで自分が残って探すっていってくれた幸に任せてあたしたちだけ帰った」
「コウ……?」
聞き覚えのある名だった。
確か、アマデウスが教えてくれた名前の中にあった。
「幸はあんたの弟.。あと理奈と里矢が妹で、イトコ」
「じゃあさ、この写真だけど」
懐からあの写真を取り出して聖に見せた。
「これ、家族写真だよな? この顔が消されてるのって…」
「ああ、懐かしい。でも正確には家族写真じゃないけど」
「へ?」
「これは家族と近くに住んでた木こり親子との集合写真。この顔が消されてる二人がそう」
その昔、仲が良かった亮の家族と木こりの親子は写真をとったそうだ。
だが、木こりの親子は都合で遠くに引っ越した。
子供の方と一番仲が良かった亮はその悲しさにあまり、写真の顔を黒く塗りつぶしたのだと。
仲が良かったと言う事は、この子供は彰の可能性が高いのではないか。
それを聞こうと思ったが、先にテディが話し出した。
「みなさん、肝心なことを訊き忘れてるっスよ」
「肝心なこと?」
「亮さんの年齢っス!!」
そう言えば、自分達は亮の正確な年齢をまだ知らなかった。
けれど、聞くまでもないような気がする。
「年齢って、どう見たってよくて17ってところだろ」
「ハタチだけど?」
時間が止まった。
言った聖に、改めて聞いてみる。
「あの〜、亮の年齢は……」
「だから、亮は今年20歳。同い年」
そう言って、自分を指差す。
「「「「「えええええぇぇぇぇーーーーーーーっっっ!!!!」」」」」
たっぷり間をおいて、アレフとエルとシーラとテディとトリーシャ、そして一切口を出していなかったアルベルトが声を上げた。
「俺の二つ上って、マジかよっ!?」
「この顔で20かっ!?」
「私、てっきり下か同じくらいだと……」
「ボクもそう思ってたっスよっ!」
「ボクもだよっ!!」
「むしろ俺のいっこ上じゃねぇかあああぁぁぁっ!!」
声を上げた全員が亮に詰め寄る。
ジョートショップ内はちょっとした混乱が勃発した。
「お、俺にいわれても……」
「にぎやかだこと」
目を丸くしてる亮の肩を抱いて聖は笑った。
そして亮の顔を自分に向けて話し出した。
「ねぇ亮、これからそこら辺り散歩しない?」
「え……」
「よし、決定」
「ちょ……!」
亮の腕を引っ張って、聖達が外へ向かう。
アレフがそれを見て慌てた。
まだ聞いていないことがあった。
『アマデウス、とお呼びした方がよろしいですか?』
里矢が呟いた言葉。
別人格の名を何故里矢が知っていたのか。
そんな頃から亮は多重人格だったのか。
「待てよ! まだ聞いてないことが! アマデウスって……!」
「別に話してもいいけど、いいの? 今ここで話しても」
「それは……」
アレフはアルベルトをちら見した。
事情を知ってるリカルドはいいが、こいつには知られたくない。
住民の中でアルベルトが一番亮を貶す可能性があった。
「それに、やっと再会できたんだから、今日一日家族だけでゆっくり過ごさせてよ」
聖はそう言って外へ出た。
アレフもその後を付いていこうとした。
けれど、腕を引かれた。
腕を引いたのはアリサだった。
「アレフクン、心配なのはわかるけどここは家族だけにしてあげないと」
「そうっス! 久しぶりの家族団らんっス!」
言われてアレフは諦めた。
四人が出て行った扉を見つめていた。
彼は闇の中にいる。
全てを覆い隠す闇の中に。
蹲って、顔を伏せていた。
―――あの子を、巻き込んだ……
彼はそれを悔いていた。
揺さぶりをかけるにはトリーシャの家出はいい機会だった。
けれど、トリーシャを巻き込んでしまった。
本当なら巻き込みたくはなかった。
過去に、トリーシャを傷つけたことがあったから。
『ごめんなさい!』
脳裏に、少女の声が甦る。
『ボクのせいだ! ボクの……!』
幼かったトリーシャが泣いている。
泣きながら、懸命に謝って。
父親のリカルドも懸命に少女を抱きしめた。
『ボクのせいで、お姉ちゃんがおかしくなっちゃったよう……』
違う。
トリーシャのせいじゃない。
おまえが悪いんじゃあない。
おまえは姉さんのためにしてくれたんだ。
そのおかげで姉さんはまた笑ってくれた。
『ずっと、一緒よ』
例えそれが、
『だって、あなたが一番好きな花だもの』
偽りでも―――
足元に水滴が落ちた。
温かいものが頬を、瞳を濡らしていた。
END
亮祐:管理人です。「トラブル・バースデイ」の修正が終了しましたワーイ♪ゝ(▽゚*ゝ)(ノ*゚▽)ノワーイ♪まさかトリーシャで始まってシャドウで終わるとは思わなかった。
翔:ネタ、ばらしやがったΣ(゜д゜lll)!!
亮祐:実はこの二人、面識があるのです、実は。その間にある人物は…もちろんあの人です。リカルドも知ってるようだし、家族も合流してどうなることやら。管理人が一番焦ってるアタヽ(´Д`ヽ
ミ ノ´Д`)ノフタ
翔:ダメじゃねぇか!
亮祐:ではこの辺で。
BGM:命の儚さ/「煉獄庭園」