エミーリエ・ベルガーの遺体は無事自警団の手によって搬送された。
もうこんな所ではなく、ちゃんとしたところで安らかな眠りにつくことが出来るのだ。
これで事件は全て解決したかに見えた。
しかし、そうではなかった。
アレフ達四人は自警団事務所にいた。
それも取調室。
アルベルトに尋問されてだ。
内容はというと先程4人が事務所にいた時に起こったあの白夢中についてだ。
あれはいったい何だったのか。
本当に理奈がやったのか。
それなら何故魔法も使わずあんなことが出来たのか。
そんなことを追求されている。
「――結局、あの時見たのはいったいなんだったんだ?」
意志の強そうな目がぎろりと4人を睨む。
アレフは思わず腰を引いた。
やはり警察権を行使する第一部隊隊員だけあってこういう時の迫力はある。
それでも、受け答える亮は平然としていた。
「知らんもんは知らんぞ。だいたいエミーリエは見つかったんだしもういいじゃねぇか」
「良くねぇっ! 報告書に“被害者の友人「理奈」が「ヴィルヘルム・シェーナー」に触れた事によりその場にいた全員が見た白夢中が決め手となって逮捕した”なんて書けると思ってるのかっ!?
大体俺は貴様なんぞではなく、そっちの妹の方に聞いてるんだっ!!」
「ほんと、君はうるさい」
少々呆れるような声が部屋の入口から投げられた。
そこには亮達の従姉、聖がいる。
何故聖がここにいるのが亮達には解らなかった。
「トーヤ
迎えにきたのだと説明すると聖が開けていた扉を閉める。
「ところでアレフくん、君 精神感応力って知ってる?」
突拍子の無い質問をされたアレフは少々面食らった。
何故急にそんな事を聞かれたのか解らなかったが正直に答える事にした。
「精神感応力って、人の心とかが解るあれだろ?」
「そう。それでね」
聖がアレフに向けていた視線を理奈へと移す。
「理奈がその精神感応力者
一室にその声が響いた。
思わずアレフが理奈を見るが、ただ俯いたまま一言も発さない。
そこへアルベルトが口を出してきた。
「はぁっ!? そんなの信じられ……」
「アンタ」
口を開かなかった理奈がアルベルトを見ていた。
「よけいなお世話だとは思うけど、諦めた方がいいわ。あの人、死んだ旦那さんのことでいっぱいだもの」
「なっ……!!」
アルベルとの顔が赤くなっていく。
構いもせず理奈は話を続ける。
「アンタが入る隙間なんてどこにも無いもの」
「何をいって……!!」
「はっきりいわないと解らない? ジョートショップの女主人の心にアンタが入る隙間なんて―――」
「わ――――ッ!!!」
「なんだ、やっぱアリサさんのこと好きなんじゃねぇか」
「まあ、わかっとったけどな」
アレフと亮の言葉にアルベルトは更に赤くなる。
それは聖の言う事が本当だと立証された証拠でもあった。
『血も繋がってない娘の心配してるフリだけでなく、いなくなって喜んでるような女に、これ以上きくことなんてないもの』
アレフの脳裏に理奈がエミリーの母親に言い放った言葉が甦った。
「――ってことは、エミーリエの母親の事は」
「―――あの女、やっかい者が、恥知らずがいなくなってせいせいしたって喜んでた。ミリィは、そんなことがあっても耐える子だったから」
頬が赤く腫れ上がっていようと、傷が増えていようと、ミリィは何も言わなかった。
ただ、なんでもないよと笑うだけ。
何をされたか視えるだけ、何も出来ない自分が悔しくてたまらなかった。
「じゃあ、あの白夢中も……」
「もちろん理奈の仕業。まあ、あそこまでなったのは俺のせいでもあるけどな」
なあ、と訊ねる亮に理奈が頷く。
続けて理奈と自分のことを話した。
理奈の精神感応力は強力すぎて自分でもコントロールできない時があること。
その気になれば相手の記憶も見れること。
そして自分には物からそれに関わった人間の感情やそれにまつわる過去を読み取る能力、サイコメトリがあること。
今回は理奈の見たいという想いが強すぎた上に自分の力も加わって暴走してしまい、周りにいた皆にも見せてしまったこと。
「だから小さい頃はあまり外に出んかったんよ。俺は思いっきり出てたけど」
「ちょっと待った! なんでおまえが知ってんだよ」
「なんでって、昔のことを思い出したからな」
「なに――――っ!?」
驚くと共にショックを受けるアレフに亮は更に話を続けた。
家族と再会した翌日、幼少の頃の夢を見て記憶を思い出したこと。
思い出したのは殆どが小さい頃の事で盗難事件があった時のことは全然だということ。
これでわかった。
何故亮が急に明るくなったのか。
記憶喪失で失っていた本来の自分を取り戻したからだ。
今までのカウンセリングで殆ど成果が無かったというのに、トーヤが知ったら頭を抱えてしまいそうだ。
ガタン、とイスの音を立てて理奈が立ち上がる。
「―――帰る」
踵を返し、扉の前まで移動するが足を止めてアルベルトへ振り向く。
「それと、このことを報告書に書くかは、好きにすればいい」
一方的に言葉を曲げ、今度こそ本当に出ようと再び踵を返した。
けれど理奈が外に出る事は無かった。
彼女の手をアレフが掴んでいたから。
「あ、アンタ何やって……! 人の話きいてなかったの!?」
「きいてたぜ。人の心が視えるんだろ?」
「そう! 触れると余計ひどくなるの! ヘタしたら記憶まで視るのに! わかってるなら―――」
「俺はかまわねぇけど」
言い切った言葉に、理奈は目を見開きアレフを凝視する。
「いっちまえばその力は理奈ちゃんの特技みてぇなもんだろ? エルの怪力とか、シーラのピアノとか、俺の成功率100%のナンパと同じもんだって。すげーよなぁ、人の心が視えるなんて。ナンパ師としてはかなり羨ましいぜ? それなんたって相手の確実な情報が入るわけだし」
アレフの言葉に、昔の記憶が脳裏に甦る。
『だってそれ特技みたいなものでしょ? いいなぁ。あたし特技なんて一コもないもん。理奈ちゃんすごいね』
『こわがらなくていいよ。だいじょうぶ。なんとかなる』
出会った頃のエミリーがそっと両手を包み込む。
幼い亮が優しく抱きしめている。
二人とも何の躊躇なくアタシに触れてくれた。
戸惑うこと無く。恐れることも無く。
あるのは目の前の男と同じ―――。
「……気持ち悪くないの? だってこうしてる今もアンタの心を―――」
「別に? あ……――ってことはアーベル姉妹両方と付き合ってることも視えてんだとな? 頼む! 視なかったことに……」
信じられなかった。
目の前の男の馬鹿馬鹿しさが。
そんな男に安らいでいる自分が。
「……いったりなんてしない。バカらしくて覚えておく気にもならない。帰る」
「じゃ、あたしも。じゃあね、亮」
今まで二人の様子を見ているだけだった聖も部屋から出て行った。
そのまま理奈も出て行くと思いきや、アレフを見たまま動かない。
「アタシ、理奈ちゃんって呼ばれるの本当に好きじゃないの。理奈でいい。それから」
ありがとう―――
告げる度に小さくなる言葉を投げて、理奈はさっさと出て行った。
ほのかに赤くなった頬を隠すように。
「やるなぁ、アレフ。さすがエンフィールド一のナンパ師」
「へ?」
「どういうことだ?」
「理奈は精神感応力のせいもあって人嫌いなんよ。自分を受け入れてくれた奴にしか心を開かんし。だから」
「呼び捨てにさせるのはそーいうことなんよ」
亮の声はとても嬉しそうだった。
まだ明るい陽光を浴びながら二人が家へ向かって歩いていく。
「何考え込んでるの?」
「………………」
「理奈」
「―――話しかけないで」
「いったら、解るかもしれないのに?」
「それでも。話しかけないで。そういうの大っ嫌い」
先程からずっとこの調子だった。
聖は苦笑を浮かべている。
二人にとって、このやり取りはいつものことだった。
「―――やっぱり、あの男わからない」
「アレフ君のこと?」
「自分が思ってることとか、記憶とか、果ては汚い面だって視られるのに、普通ならこわがって当たり前なのに、それなのに……」
―――自ら触ってくるなんて
相手が自分の力を知って取る行動なんて解りきっていた。
その所為でエミリー以外の友人などもたず人嫌いになったのだから。
だがアレフは恐怖や躊躇すら持たず、それどころか構わないと触れて言い切った。
困惑しないわけがなかった。
「理奈、おまえ心が視える度に相手に申し訳ないって思ってた?」
投げられた言葉に下を見ていた理奈は思わず聖の顔を見た。
確かに心を視る度に申し訳なく思っていた。
けれどこのことは今まで誰か話したことなんて一度もなかった。
「望んで視てるわけじゃないんだから、おまえは悪くない。彼は観察力が高いみたいだから相手が何を思っているのか、何を考えているのか察しがつくんだろうね。だから彼はそんな態度を取れたんじゃあないかな?」
聖がまだ明るい空を見上げる。
あと一時間もすれば茜色の夕日が辺りを赤く染めるだろう。
「すごいな、彼。まだ、たった18の若造のくせして。普通なら察しがついていても平然としてられない筈だけど。彼だったら、きっと―――」
「聖」
話を続けていた聖に口を出した。
「絶対反対。アタシの精神感応力と、アタシたちのことは別問題」
「理奈」
「そういうの、大っ嫌い」
視える理奈には聖が何を思っていたのか、考えているのか解った。
だから反対する。
言い切って理奈は聖の前を歩き始めた。
聖も、軽く溜息を吐いて歩いた。
後には冷たい風が吹き抜けていった。
END
亮祐:管理人です。理奈の章もやっと終わりました。理奈の謎がこれで明らかに。エムパスゆえ
、人の汚い面を知り尽くしてしまった理奈。けれど亮、エミーリエ・ベルガー、そしてアレフといった面々のおかげもあって彼女の心は癒されていくのです。ただ魔法がある世界でエムパスだのサイコメトリだの意味があるのかわからないのだけれども。
翔:そこを力量でなんとかしろよ。
亮祐:何とかできる力量を持ちましょう、うん。次回はトーヤに記憶を少し思い出したことを知ってもらいます。どんな反応をするのか乞う御期待。でもその前に
「memory」をなんとかしないと…。
翔:現時点、構想からほとんど進んでないしな。
亮祐:で、ではこの辺で!
BGM:日光浴/「TAM Music Factory」
2声のインヴェンション第2番/作曲バッハ midiファイル作成「トオリヌケデキマス」