自分を真っ直ぐ見つめるトーヤの瞳。
―――あんたなら
「知ってる方がいいか……」
―――思い出さなくていいって、いってくれると思ってた。
たえられず、瞳を閉じて、諦めた。
青白い闇がエンフィールドを包み込み、活気もなくなり静まり返っている。
クラウド医院も休日だというのに押しかけてきた多数の患者が居なくなって静かだ。
カウンセリングのために訪れた亮と付き添いのアレフは今日起こったことをトーヤに話した。
理奈のこと。
エミーリエ・ベルガーのこと。
哀しい形で果たされた約束のこと。
そして亮の記憶が戻っていたこと。
「――で、思い出したというワケか」
全ての事情を聞いたトーヤは少し暗かった。
この半年ほど、何度カウンセリングして戻らなかった記憶があっという間に戻ってしまった。
嬉しい事だが、治療にあたって来た医師としては複雑なものがある。
「まあ。思い出したといってまばらなんだけどな」
そんなトーヤの真情を解っていないのか、亮はただ笑っていた。
「気ィ落とすなって、ドクター」
「落としてなどいない」
そうは言うが、やはり落ち込んでいるように見える。
トーヤは首を振って亮に話を切り出した。
「亮、これは聖からも聞いたんだが念のためおまえからも聞いておきたい。おまえの幼少時代のことだ」
「俺の?」
亮の顔が困ったように歪められた。
「どーしても、話さんとダメか…
俺、小さい頃女の格好させられてたんよ
回りの時間が、一瞬止まった。
「写真の女の子、やっぱり俺だった。母さんと聖が周りの女の子より似合うからってワンピースとかドレスとか…
「そ、そうか…
「ははは…
―――本当に似合ってたからなぁ……
アレフもトーヤも乾いた笑いをうかべんがら写真の亮を思い出していた。
「俺も人見知りせんかったのもあって何度かさらわれそうになったり……。よく考えたら俺に女装させるのを止めればよかったんよ! そうすればそんな目にもあわんかったのに…
いや、たとえ女装させるの止めたとしても無駄だっただろう。
これだけの美貌だ。
男の格好をしても女と思ってそういう輩は近付いて来た筈。
もしかしたら男と解って近付く輩もいたかもしれないが。
「けど、フツーそういうのって父親が止め…
「アレフ」
トーヤに制されて思い出した。
そうだ。
父親は生まれる前に死んでいるのだ。
「わ、悪ィ…
「いいんよ、ただ…
「記憶の中に、二人ほど解らないのがおるんよ」
思い出した記憶の中に二人の姿があった。
一人は当時の亮と同い年くらいの少年。
何故か顔がぼやけていて、長い漆黒の髪と口元の笑みしか解らない。
もう一人は成人か、その手前くらいの青年だ。
こちらも顔がぼやけていて、長い茶色の髪と口元の笑みしか解らなかった。
確かに知ってる筈なのに二人がどこの誰なのかどうしても思い出せない。
先日、聖に聞いてもその内思い出せると言われて何も教えてはくれなかった。
話を聞いたアレフは二人に心当たりがあった。
懐に入れたままの写真を取り出して見る。
亮の家から持って来てそのままの写真。
写真には顔を消されたつ二人が写っている。
「もしかしてこれじゃねぇか? このマジックで顔が消されてる二人」
「―――うん。多分これだ。そうか、近所におった人だったんか」
亮が納得して安堵の溜息を吐いた。
その様子にアレフも安心した。
そんな二人にトーヤが話し出す。
「おまえ達は本当にこれが家族と近所の集合写真と思っているのか?」
「そうじゃないんか?聖だってそういっとったぞ」
「悪いが、それは家族と近所の集合写真ではない」
自警団と役所に調べてもらって、亮の家の周辺にJここ数十年誰かが住み着いた記録はどこにもなかった。
「それによく見てみろ。写真に写っているおまえと里矢を含む四人、あまりにもよく似ている」
アレフと亮は改めて写真を見た。
トーヤの行った通り、里奈以外の四人の子供は似すぎている。
うち二人は顔がよく解らないので断言は出来ない。
それでも似すぎていた。
「けど、それが本当なら聖は嘘をついたてことになるぞ?なんでそんなことする必要があるんよ?」
「確証を得るためにも本人に問いつめたが、否定も肯定もしなかった。いえん何があるんだろう」
「俺達にも亮にもいえない、ねぇ?」
それほどまで言えない何かがとは何なのか。
二人がマジックで消されていることと何か関係があるのかもしれない。
「じゃあこの二人は誰なんよ?」
「おそらく父親と兄弟だろうな」
「父親と兄弟……」
それを聞いて亮は考え込んだ。
「俺、何か思い出せそうな居がする…
亮は立ち上がった。
そしていきなりアレフから写真をひったくった。
「りょ、亮!?」
驚いてる間に写真をびりびりと破いてしまった。
アレフが慌てて立ち上がる。
「何やって…
「いったじゃねぇか。協力する気は毛頭ねぇ、てな」
亮の口調と異なるものだった。
該当者は一人。
「刹那…
下を向いたまま、刹那は笑った。
「声、ふるえてんな。そんなにオレがこえーの?」
その声は酷く楽しそうだ。
言われてもしょうがなかった。
過去にアレフは刹那からメスを突きつけられたから。
あの時は平静に振舞ったが、恐怖心は今だ消えていなかった。
名に見えないアレフに変わってトーヤが話し出した。
「刹那、何故写真を破った?」
「さっきもいっただろ。協力する気は…
「そうじゃない。おまえは何故そこまでして亮の記憶が戻るのを邪魔する。まるで」
「亮を守るように」
刹那の肩が微かに動いた。
「どういう意味だ…
「この間からずっと気になっていた。おまえがアレフを人質にした時…
『動くと首が落ちるぜ?アレフ?』
「何も人質をとる必要はなかったはずだ。己の喉にメスを向けて亮を人質にすれば事足りる。だがおまえはそうせずアレフを人質にした」
そうだ。亮ではなくわざわざ体格も良く背丈もあるアレフを人質にする必要はない。
自分が刹那の立場なら亮を人質に取る。
「何故そうしなかったのか、答えは簡単だ。亮に傷を負わせたくなかったからだ。おまえの行動は俺達におまえが危険な人格だと思わせるためだ。人質に傷を負わせてな。だが守るべき亮にそんな事をするワケにはいかない。だからおまえはあの中で一番丈夫そうなアレフを人質に選んだ。違うか?」
『亮を、救えるワケねぇんだ…
脳裏に、あの時の刹那の様子が甦った。
『誰にも、亮は救えない』
トーヤの推理どおりであればあの表情にも納得がいく。
けれど、刹那の口元は笑っていた。
「そりゃ見当違いだ。俺が亮を人質にしなかった理由は当たってるけどな」
「どういうことだ?」
「オレはしょせん別人格だぜ? 主人格の亮が死ねばオレも死ぬ。オレはそんなこともわからねぇバカじゃねぇし」
確かにその通りだ。
別人格はあくまでも別人格であってこのものであって個のものではない。
初戦は主人格が創り出した己の一部だ。
「オレがテメエらの邪魔すんのだて、死にたくねぇからだ。多重人格が治るってことはオレは死ぬってことだからな」
「死ぬって、元は亮だろ!? おまえも他の奴等もっ!」
「確かにな。けど、だからといってハイそーですかって受け入れるワケねぇだろ。別人格だって意思ってもんがある。大方他の奴らもそー思ってんじゃねぇの?」
刹那の言葉にアレフは口をつぐんだ。
「では、亮の記憶が戻る邪魔をする理由はなんだ? 亮に記憶が戻ったからといっておまえがすぐに消えはしないはずだ」
「テメエらは亮に記憶を戻してやろうとしてるが、亮もそれを望んでるか?」
「どういうことだ」
「わからねぇか?」
「知らねぇ方がいいことだってある」
『抉る、から』
『思い出していたの。あの時のこと。散が、死んでしまった時のこと…
『あなたの中の何かを、壊さなくてもすんだのに…
アレフの脳裏に、亮の過去と関係のあるショウとアマデウスの言動が甦る。
「せっかく忘れられた記憶を思い出させて、また苦しませるのか?」
そうだ。まだ全体は見えてないが、亮の過去は何かがある。
辛い、何かが。
思い出さない方が良いのかもしれない。
アレフの中に迷いが生じていた。
「確かに、思い出さない方がいいのかもしれんな」
「ドクターッ!?」
「だが、それを決めるのは俺でもなければ刹那、おまえでもない。亮本人が決めることだ。それに、俺は知らないよりも知ってる方がいいと考えている」
「…
知らないより知ってる方がいい。
知らないままでいるのは逃げてるだけだ。
例えそれがどんなに辛いことであろうと。
トーヤには見当がついていた。
それが一体何なのか―――
「知ってる方がいいか……。ケ! 勝手にしろよな。けど、俺は邪魔するから、な…
ふいに、亮の体から力が抜けた。
アレフが瞬時に抱きとめる。
亮の人格も外に出てこなかったようだ。
「やはり強力拒否か…
「よっぽど思い出されたくないんだろうな」
アレフは亮をソファーに寝かせると、破られた写真を一欠けら残さず拾いきった。
「どうするかなぁ、これ…
とりあえず、テープか何かで補強するしかないだろう。
だが、これでこの写真は余計返せなくなってしまった。
END
亮祐:管理人です。急に出てきた刹那が写真を破いてしまいました。展開に自分が一番驚いてる。
翔:書いてるのおまえだろ!!
亮祐:副題は邪魔者という意味です、多分。刹那にとってのアレフ達ですな。
今回も冒頭は視点者であるアレフではないです。この冒頭の意味が分かるのはもうちょっと先ですね。しばらくお待ちください。次の話は「memory」か「エンフィールド」になると思います。過去の話で書いておきたいのがいくつかあるので。先を書けるのはいつになるんだろう?
翔:おまえがそんなでどうする。
BGM:命の儚さ/「煉獄庭園」