アルベルトと合流したアレフ達が辿り着いたのは一番最初に来た、ローズレイクの桜の木がある所だった。
桜の花弁が風に乗って散っていく。
その木の根元では里奈が素手で地面を掘っていた。
掘って、掘って、掘って、掘り続ける。
その繰り返し。
まるで何かに取り付かれているかのように。
「何やって……」
「―――ミリィがこの下にいるの」
『だったら何でミリィを埋めたの』
理奈がヴィルヘルムに言ってた言葉。
あの状態のヴィルヘルムでは他の所へ埋めたとは考えにくかった。
だとすれば、彼女の遺体はここに―――
「だから早く助けないと……!」
理奈の必死な声を聞いた四人も慌ててそこを掘り始めた。
こうしている今もエミリーが暗く冷たい土の中に居るのかと思うといてもたってもいられなかった。
硬く冷たい土。
止め処なく舞い落ちる桜の花弁。
手が土で汚れ、爪に血が滲む。
掘り進めるたびに手が土で汚れ、爪に土が食い込んで血が滲み、ズキズキと痛む。
だが誰一人として止める者は居なかった。
「……ん?」
ふとアレフの指に当った、土とは違う感触。
恐る恐る土を払う。
地面から覗き出た、人間の腕。
青白い、腕。
「うわあっ!!」
それを見て思わず飛び退いてしまった。
解っていたとはいえ衝撃だった。
「なっ、なっ」
「ミリィ……!」
アルベルトも青くなっている中、理奈は手をもっと早く進める。
手から滲み出る苦痛に耐えながら掘っていく。
そして地面から覗き出た、少女の頬と顔。
それは青白く、精気を感じさせないもので。
「やっと、会えた」
やっと再会できた親友の骸の頬にそっと手をやる。
白く冷たい少女。
もう二度と、その少女が笑むことはない。
「あの時、ここで聞こえた声、空耳なんかじゃなかった。死んでもアタシのこと、呼んでくれた……」
抱きこんで、ぎゅっと抱きしめる。
「ごめんね、ミリィ」
慈しむように。
愛しむように。
土で汚れることなんて気にも留めなかった。
「彼女がエミーリエ・ベルガーか……。やっと、会えたんだな……」
それは酷く悲しい再会となってしまったけれど。
アレフが腰をおろし一息吐いた。
『理奈ちゃん……』
頭に響くように聞こえたのは少女の声。
あ、と短い声を上げ、目を見開いている亮。
いつもの無機質な表情の里矢。
真っ青で金魚のように口をぱくぱくしているアルベルト。
まさかと思いながらアレフが恐る恐る振り返ってみる。
『理奈ちゃん……』
透き通った身体。
足がなく、浮いている。
極め付けに理奈が抱きしめているエミーリエ・ベルガーと同じブロンド。
そして、同じ顔。
「ゆっ、幽霊ーーーーーーーっ!?!?!?」
思わず、腰をおろした体制のまま後ずさった。
『やっと会えたね、理奈ちゃん』
「ミリィ……」
現れたエミーリエ・ベルガーの幽霊に理奈は信じられないのか放心している。
ミリィはそんな理奈の目の前まで移動した。
『ごめんね理奈ちゃん、こんな再会になっちゃって……。きっとバチがあたっちゃったんだね』
「そんなこと、ない。ミリィは悪くない。悪いのは、アタシ―――。謝らなければいけないのも、アタシ……」
会うつもりなんてなかった。
約束をしたあの時から。
会ってしまえば踏切りがつかなくなってしまうから。
恐かった。
ミリィを失うことが。
だから会わないつもりだった。
それなのに
「アタシはただ、ミリィの普通の幸せを願ってただけ。でも、こんなことになるなんて思いもしなかった 」
水滴が抱きしめるミリィの頬に落ちる。
理奈の目が、顔が、涙に濡れていた。
「こんなことになるなら、約束なんかしなければ良かった……! 出会わなければ良かった……! ミリィ、アタシは、アタシは……!」
―――ただ、あなたの幸せを願ってた
理奈の悲痛な叫びが遮られた。
頬に、ひんやりとした感触。
理奈の頬とミリィの右手が交わっていた。
『理奈ちゃんは悪くないよ。だって、ちゃんとここに来てくれたもの。こうやって会えたんだから』
恨んでなどいなかった。
憎んでもいなかった。
ただ会いたかった。
その思いだけで死しても尚、霊という不確かな存在となって待ち続けていたのだから。
『理奈ちゃんは悪くないの。悪いのは、あたし……。本当のことをいわなかったあたし……。 ヴィルムには、悪いことしちゃった……』
ちゃんと話していればこんな事にはならなかっただろう。
ヴィルヘルムが殺人を犯すことも。
ミリィが死ぬことも。
だが今となってはもう、もしもの話でしかない。
『でも、理奈ちゃんに逢えてよかった……』
ミリィがにっこりと笑みを浮かべる。
でも、それはどこか切なくて
哀しくて
『理奈ちゃん、あたしね? 理奈ちゃんにどうしてもいいたいことがあったの。あのね? あたし理奈ちゃ……』
そっと、ミリィを止めるように触れた、理奈の人差し指。
触れることはない。
それでも四人には触れたように見えた。
「いわなくても知ってる。そんなこと、ミリィだって当に分かってた筈だもの。だからいわなくていい。でも、アタシは―――」
『うん、知ってる。でも、ちゃんといっておきたかったの。だから、死んでもここで待ってたの―――』
ミリィがそっと耳打ちする。
理奈は目を大きく見開いたが、直ぐに何時もの表情に戻った。
「もう、大丈夫だから。だから―――安心して眠って」
『うん。でも……あたしどうすれば逝けるのかよく分からないの』
「……よし」
それを聞いた亮が前へ出た。
一回深呼吸をする。
そして、歌った。
エンフィールドの住民を惑わせたあの唄を。
それは、澄んだ歌。
森の中で聞いた水滴のような歌。
歌う者の、この世の者とは思えぬその美貌。
誰をも恍惚と魅了せしめる美しさ。
その美しさに、声に、皆魅入っていた。
ミリィの体が淡い光りを天に放ちながら、ゆっくりと薄れていく。
ミリィがそっと口を開いた。
『ねぇ、理奈ちゃん……』
「なに」
『次、生まれ変わっても、理奈ちゃんと出会えるかなぁ……?』
「―――ばかね」
理奈はそんなミリィに優しく笑いかけた。
アレフが始めて見る、理奈の笑顔。
「逢えるわ。アタシが生き続ける以上、何処かで必ず」
二人の間に交わされた新たな約束。
酷く曖昧で、ミリィが生まれ変われるかさえ解らない。
それでも、少女は嬉しそうに笑う。
ミリィは亮の唄声に包まれながら光となり、天へ昇って行った。
後に残されたのは冷たくなったミリィの骸だけ。
これでもう、本当に会えない。
理奈は四人に背を向けて桜を見上げている。
かける言葉が見つからなかった。
「―――この桜は咲き誇るわ。この先もずっと、永遠に。だって」
理奈がこちらへ振り向いた。
ざあ、と風が桜を吹き抜ける。
舞い落ちる花弁と風に靡く彼女の髪でその顔はよく見えない。
けれど何処か笑んでいるような気がした。
「アタシの親友の血まで吸ったんだもの」
桜の根元には死体が埋まっている。
そんな古い伝承が脳裏に浮かんだ。
桜が風に吹かれて散っていく。
まるで人の生き様のように。
そして、18という若さで逝ってしまった少女のように。
亮祐:管理人です。ようやく理奈はエミーリエ・ベルガーと再会しました。悲しい再開と相成りましたが再び会えたことに変わりはありません。最後の三行は桜の花は咲いた後は散るだけ。その儚さは人の一生、それも早くに死んでしまったエミーリエ
・ベルガーの生き様と同じだと言う事を伝えたかったのですがと伝わったでしょうか。
実はまだ補足があるのですがそれはまた別の機会に。前回、次で終わる予定といいましたがもう一話続かせていただきます。エピローグにあたる自警団での白夢中の正体判明等が
けっこう長いので。ではこの辺で失礼を。
BGM:春夢/「Close to Infinity」