EMPTY A CONCEPTION

鎮魂歌  3

モドル | トジル | ススム

 エンフィールドの治安はコロシアム通りの自警団が守っている。
 よほどの事件が起きない限り騒がしくなることはない。

 だが今回ばかりは騒がしかった。
 それもその筈。
 アレフと理奈と里矢。
 この三人はまだいい。
 エンフィールドの多数の住人にとって犯罪者である亮が自警団事務所のソファーで茶を飲んでいるのだ。
 誰も注目しない訳がない。
 自警団事務所に来た四人は近くにいた団員にエミリーのことを尋ねると茶を出され、しばらくお待ち下さいと言われここで待っているのだ。
 あの自警団員も亮の事を知らないのか、それとも純粋に礼儀正しいのか気になるところだ。

「……アタシ」
「ん? どうした? 退屈か? まあ、俺も正直いうとちょっと退屈……」
「―――アタシ、嘘ついてた」

 突然の言葉に亮もアレフも目を丸くした。
 話しによると理奈はエミリーとの約束を果たすためにローズレイクへ行こうとしたのではないそうだ。
 本当はミリィが元気にやってるか見に行こうとしただけ。
 それを確認したらすぐ帰るつもりだったのだと。
 理奈は顔を伏せていたのでその表情は解らない。

「会って話したら、ふんぎりがつかなくなるから。いつかは別れることになるもの。永遠に」

 ぎゅっと、黒いスカートの裾を握り締める。

「エンフィールドから出ることになったとき、ほっとした。やっと踏ん切りがつけるって。なのに、こっちへ戻ってくることになって……。最後まで一緒にいてくれないなら、 出会わなかったら―――」

 何かが割れた音が響き渡った。
 床にはカップが散らばっていた。
 そしてカップの先には顔を伏せた亮の姿。
 突然の出来事にアレフや周囲の自警団員、とにかくその場にいた者全員が驚いていた。

「理奈」

 先程までとは違うしっかりした声。
 亮の声。
 だがその表情はとても穏やかだった。

「本当に、彼女と出会わなかったら良かったって、思ってるんか? 俺にはそう見えんぞ。出会ってよかったって、思ってるんじゃあないんか?」

 少なくとも自分は後悔していない。
 みんなと出会ってよかったと感謝している。
 ここに来なかったら美術品盗難の容疑をかけられるなんて事にはならなかっただろう。
 だがそれでも感謝しているのだ。
 亮は怒っていなかった。
 それどころか、優しく理奈を見つめていた。

「だいたい、いつか別れるなんて理奈は大げさに考え……」
「知らないからッ!!」

 制すように、これ以上聞きたくないと示すかのように理奈の声が響き渡る。
 周囲の物が思わずビクリと反応するが、亮と里矢だけが冷静に理奈を見ていた。

「知らないから、そんなこといえるの」

 言いたくても言えない、そんな表情だった。

「でも、今は違う。今は誰よりも、自警団よりも早くミリィを見つけ出す。約束を守り続けていたせいでこうなったんだもの。何が何でもミリィを見つけ出す 」

 強い子だと、純粋にそう思った。
 普通なら自分のせいかもしれないと自らを追い詰め、悲観にくれてしまうだろうに。
 彼女は自らの手で探し出すと決意した。

 そこではたと気付いた。
 先程亮がたたきつけたカップ。
 あれは自警団の物ではなかったか。
 それに気付いた亮も後で弁償だなと肩を落とした。

「あの〜、お待たせしましたー」

 待っていた自警団員が来たのはちょうどその時であった。
 自警団員はミリィのことを書いてあるらしい調書を捲った。
 彼が言うにはエミーリエ・ベルガー、通称ミリィ18歳が行方不明になったのは一週間前の9月28日、アレフ達が西の山へ行った翌日だ。
 届出が母親によって出されたのがその三日後。
 行き先があの桜の木の下ということで今の所彼女を見かけたという情報はないそうだ。
 確かにあの一年中咲き誇る気味が悪い桜に近付く者は幼い子供やよほどの好き者でない限りは殆どいないだろう。
 手がかりはなしかと悲観するアレフを見た自警団員は一つの情報を思い出した。
 今日、ミリィと最後に話をしたという方が見えているというのだ。

「その方ならまだこの担当の自警団員が話を聞いてますよ。もうそろそろ終わる頃かと……あ、ほら。あちらに」

 自警団員が目をやった方を見てみると取調室から三人が出てきていた。
 一人はめがねをかけた大人しそうな青年だった。どうやら彼がミリィと最後に話をした人物らしい。
 だが問題は残りの二人。
 亮を目の敵にする第一部隊隊員アルベルトとその隊長リカルドだ。

「あ、おっさんとアルベルト」
「あの二人が担当の自警団員かよ……」
「―――」

 話をしてくれた自警団員にお礼を言うと、渋っているアレフをよそに三人の元へ歩み寄る。

「こんちわ」
「やあ、亮くん」
「なんだおまえ、犯罪者が何しにこんなところに? それとも自首でもしに来たのか?」

 予想通りアルベルトがつっかかってきた。
 亮は特に気にはせず話しを進めることにした。

「いいや、オレは付き添い。それにオレは無実だぞ?」
「フン、どうだか。それに今更自首したって刑が軽くなるワケじゃないからな」
「テメ……!」

 アレフが睨みつけるが、ぐっと堪えた。
 自警団事務所の中で殴ったりなんかしたら開く印象をもたれるだけだ。
 そんなことぐらい解っているが、実際こんな風に言われると歯止めが利かなくなってしまう。

「―――」

 その様子を理奈はじっと見ていた。
 そしてアルベルトを見て、口を開いた。

「最悪」
「あ?」

 向けられた言葉に、アルベルトは理奈を見た。

「なんで決め付けるの。なんで、したって決め付けるの」
「それは」
「そんなことする筈ないもの。だって、母さまみたいに優しくて、赤ちゃんみたいにあったかくて―――。そんな人が犯人なわけないもの」
「…………」

 アルベルトは言葉を失っていた。
 頑なに、盲目的に、妄信的に、亮を信じている。
 兄妹だからだけではない何か。

「犯人って決め付けて、仕立てようとしてる。―――そういうの大っ嫌い。最悪。死んで」
「な……!!」

 あまりの言い様に、怒りにアルベルトはそれ以上何も言えない。
 リカルドも複雑そうな顔で二人を見ている。

(いい気味だ)

 アレフも内心、ガッツポーズしていた。
 今日会った時に同じ事を言われたということも忘れて。

 ふと、里矢を見てみると懐に手を入れていたが、アレフの視線に気づいて懐から手を出した。
 その時、隙間からキラリと光る何かが見えたような気がした。

 理奈は自分がミリィの親友で、彼女が行方不明になったと聞いてここに来たことを話していた。

「ほお、君がその子と知り合いとは……。彼と話をするのは別に構わないが、有力情報は期待しない方がいい。彼がいうには、他愛もない話しをしてすぐ帰ったそうだ」
「ちなみに名はヴィルヘルム・シェーナー。エミーリエ・ベルガーの幼なじみで恋人だそうだ」

 アルベルトから彼の名を聞きながら青年に目を向けた。
 青色の髪と瞳。
 顔立ちも優しそうで、かけている黒フレームの眼鏡が一層それを引き立てている。
 彼が言うには本当に他愛もない話しをしただけでこれといったこともなく、ミリィの様子も何時もと同じだったのだと。

「ごめんね。本当役に立てなくて」
「なぁ」

 理奈と話しをしていたヴィルヘルムに亮が話し掛けた。

「ん? 何かな」
「おまえ、人を殺したことあるんか?」

 一瞬の静寂。
 その質問にカイルもアレフ達もギョッとしてしまった。

「な、ないよ……」
「本当にないんか?」
「ないけど、どうして?」
「ん―――別に」

 気分を悪くしたらしくヴィルヘルムは何も言わずに歩き出してしまった。
 一体亮は何のつもりであんな質問をしたのか。
 あれでは何か思い出したとしても自分達には何も教えてくれないだろう。

「亮っ、何であんな質問なんか……!」
「……血の匂いが、したんよ」
「は?」

 その返答に思わず脱力してしまった。
 亮は里矢に確認すると彼女もヴィルヘルムから血の匂いがしたと答えた。
 アレフには解らなかったのかと。
 そう訊かれても全く判らなかった。
 大体血の匂いと先程の質問と一体どういう関係があるのだろう。

「―――死臭?」
「どうしたんだ?おま……」

 呟いた理奈に気付いたアルベルトがその肩に触れようとした途端、彼女は走り出してしまった。
 帰ろうとしているヴィルヘルムの元へ。

「理奈っ!」

 亮もその後を追いかけていく。
 慌ててアレフも追いかけた。

「待ってっ!」

 理奈の声でヴィルヘルムと、周りの自警団が注目する。
 そして理奈がヴィルヘルムの手に触れ、亮も理奈に触れた途端、閃光が放たれ、辺りは真っ白な光に包まれた。





 エンフィールドで唯一桜が咲き誇る場所。
 僕は彼女の後ろ姿を見つめていた。

「ミリィ」

 意を決して話し掛けた僕の声に彼女、エミーリエ・ベルガー、ミリィが振り返った。
 美しいブロンドの髪を桜の花びらが舞う風に靡かせる彼女。
 彼女はいつものように僕に微笑んでくれた。

「あ、ヴィルム。どうしたの?」
「それはこっちのセリフだよ。君はこの1年間、雨の日も風の日も毎日ここへ来てるよね。まるで誰かを待ってるかのように」

 その途端、思いに耽るような表情。

「……会いたい人が、いるの」
「会いたい人?」
「そう。どうしても、会いたい人なの。とても優しくて、綺麗で、気高い人。私の……」

大切な人―――……

(大切な人…?大切な、男…―――?)

 目の前が、真っ暗になっていく。

 ―――僕のこと、好き?

 恐る恐る聞いた僕。

 ……ええ―――

 微笑んでくれたミリィ。
 半年前、君は僕の気持ちに答えてくれた。
 幼い頃からの、14年越しの僕の恋。
 やっと実ったと思った。
 それなのに、君には他に大切な人がいて……。

「最近よくその人の夢を見るの。きっと、もうすぐ戻ってくるんだと思う。その時にはヴィルムにも紹介……」
「ミリィ、僕は君のことが好きだ」

 もう、これ以上聞きたくない。

「どうしたの? ヴィルム。急に…」
「急なんかじゃないよ。幼い頃からずっと、ずっとミリィのことが好きだった。だから……」

 だって
 君は

「!? ヴィルムっ!?」
「渡さないっ!君を誰にも渡さないっ!絶対に…!」

 君は、僕の恋人なんだから。

「ヴィルムっ! 違うのっ! その人はそんなんじゃ……!」
「君がっ、君がそいつのものになるくらいなら……! 僕がそいつを殺してやるっ!!」
「やめてえーーーぇッ!!」

 僕は思い切りエミリーに突き飛ばされた。

「あっ……!?」
「ミリィっ!!」

 その途端勢いが余って、体制を崩して転ぶミリィ。
 倒れると同時に鈍い音が響いた。
 僕は慌てて倒れたエミリーを抱き寄せて。

「ミリィ……?」

 ブロンドの髪が、真っ赤に濡れている。
 半開きの唇。
 瞳孔も開いていて……。
 そして

 ミリィが頭部を打ちつけた地面には真っ赤に濡れた桜の根が―――

「う……うわあああぁぁぁぁァァッ!!!」

 相変わらず桜の花びらが風に舞う。
 ミリィの頬を流れた涙の上に一枚の桜の花弁がひらりと落ちた。






「……奈っ! 理奈っ!」

 気が付くと、亮が理奈に呼びかけていた。
 二人とも床に座り込んでいる。
 慌てて近づいてみると理奈はうつむき、呆けていた。

 ―――今のは、なんだ……?

 誰かが理奈の親友と同じ名の少女と話しをしていた。
 少女は相手の誰かをヴィルムと、ヴィルヘルムの通称名で呼んでいて。
 その矢先、相手は少女に掴みかかって、思わず少女は相手を突き飛ばし、勢い余って転んでしまった。
 しかも運悪く少女が転んだ地面には地面から桜の木の根が突き出ていて……。
 もう動くことのない少女を見て相手が絶叫していた。
 周りの自警団員達、そしてアルベルトやリカルドも今のを見たようだった。
 そしてヴィルヘルムもその場に座り込み、青い顔になっている。

「理奈。今の―――」
「殺したの?」

 ぼそりと、理奈は呟き始めた。

「あなたが、ミリィを殺したの?」

 それはヴィルヘルムに向けられていた。
 周りにいる全ての人間が目を丸くする。

「違うっ! 殺してなんか……」
「殺したようなものじゃない。だったらなんでミリィを埋めたの。他のみんなには途中までしか見えなかったと思うけど、アタシは最後まで見た。アンタだって最後まで見たでしょう? 正確には、最後まで経験したといった方が正しい」
「桜の下に埋めたのは僕じゃないっ!!」
「……理奈は埋めたとはいったが、桜の下になんていっとらんぞ」
「―――っ!!!」

 亮の言葉にヴィルヘルムはビクッと体を振るわせた。
 理奈の言った通りミリィはヴィルヘルムに殺されていたらしい。
 だが何故かそんなことを。
 あの映像も一体……。

「どうして、どうして埋めたりなんかしたの……。どうして誰かを呼ぶなりしなかったの……。どうして……どうして。どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてっ!!」
「理奈っ!」
「理奈ちゃんっ!」

 声を荒げ始めた理奈を亮とアレフが止めた。
 そんな彼女が痛々しくてしょうがなかった。

「……ドコにそんな証拠がある?」

 それなのに、この男は信じられない暴言を始めた。

「証拠って、さっきっ……」
「そんな白夢中なんか証拠にはならない」
「白夢中なんかじゃねぇよっ! あれは理奈ちゃんがっ……」
「彼女が見せたものとでも? じゃあ、仮に彼女がやったとしてどうやったっていうんだ? 彼女は詠唱を行っていなかったし、魔力だって全く感じられなかったっ!  それなのにどうやっていうんだっ!?」

 確かにあの時理奈から魔法を使ったような気配はなかった。
 それなのに、アレフ達は同じものを見ていた。
 魔力ではない、力で。

「それは……」
「いわなくても分かってるっ! 彼女が化け物だからさっ! 人間の面を被った醜い化け物だっ!!」
「―――っ!」

 あまりの暴言に我慢できなかった亮はカイルに殴りかかる。
 向こうへ吹っ飛ばされたヴィルヘルム。
 だが握り拳を振り下ろしたのは亮ではなかった。
 亮の拳が届く前に、アレフの拳がヴィルヘルムを殴り飛ばしていた。
 そのまま倒れこんでいたヴィルヘルムの襟元を掴み上げる。

「テメエ、彼女のドコを見て化け物なんてほざいてんだっ! そりゃさっきのが何なのかわかんねぇけど、少なくともアレが事実だってのはテメエがいったことではっきりしてんだっ!!」
「アレフ……」
「―――」

 ぎりぎりと怒りを露にするアレフに亮も周りの者も、そして理奈も心を掴まれた。

「それにあんな可愛い子が化け物であるワケがなーいっ!!!」

 アレフらしい力説に全員一斉にすっ転んだ。
 一気に呆れてしまうアルベルトと理奈。
 そして亮だけが笑っていた。

「……僕は彼女を、ミリィを愛していた……」

 ただ一人襟元をつかまれて体制を崩さなかったヴィルヘルムがそのままぽつりぽつりと話を始める。

「幼い頃からミリィを見ていた。いや、ミリィしか見えなかった。ミリィは内気だから僕しかいないと思ってた。それなのにっ……」

『とても優しくて、綺麗で、気高い人。私の……大切な人……』

「ショックだった。胸が引き裂かれそうだった。ミリィには僕しかいないと思ってたのに、まさか他に大切な奴がいたなんて。その時は男だと思ってたけど、まさか女の友人とは思いもしなかった。僕はただ、 ミリィを誰にも渡したくなかったんだッ……!!」

 ヴィルヘルムの悲痛な叫びが事務所に響き渡った。
 恋人に他に好きな人がいて、その人に奪われたくかった気持ちが今回の事件を引き起こしたのだ。
 その中で亮だけがヴィルヘルムを呆れているような目で見ていた。

「おまえ……バカだな」
「なっ!?」
「亮っ!?」

 思いもしなかった亮の言葉にヴィルムもアレフも、周りの者たちも驚きを隠せなかった。

「子どもに何がわかる……!」
「俺が子供かは別として、おまえミリィの恋人だったんだろ?」

 そこで溜息を吐いた。

「信じとらん子を恋人だなんていうのはおかしいんじゃないんか? 悲劇の男ぶったってしょうがないぞ?」
「―――っ!!」

 亮の言葉にヴィルヘルムは顔を反らす。

「すみません。亮さまは昔から正直な方ですから」
「里矢さん」
「本当のことしか、いえないんです」

 リカルドの隣りから動いていなかった里矢の言葉が効いたのか、掴まれていた襟元を開放されても動こうとしなかった。

「それに、おまえの口ぶりじゃあ後悔しとるように聞こえんかった」
『―――っ!!』

 その言葉に皆に衝撃が走った。
 そうだ。
 ヴィルヘルムはミリィに対する謝罪さえも言っていない。

「はは、ははははッ……」

 急に笑い始めたカイル。
 俯き、目を塞ぐように手を押えている。

「ミリィが死んだって思ったとき、安心したんだ。ミリィは、もう、僕だけのミリィだって」

 その言葉に皆はビクリとたじろんだ。

 ―――こいつ、正常じゃない。

 誰もがそう思った。

「いつも不安だった。ミリィと一緒にいる時も、いない時もっ。いつか誰か別の奴の元へ行ってしまうんじゃないかと思うと、不安で不安でたまらなかった……!  でももう、ミリィは僕のものだっ! 僕だけの……!!」

 自警団事務所内に先程アレフが殴った時とは比べ物にならない鈍い音が響き渡った。
 床に鮮血がびちゃり、と付着し、アレフの脇を通って、ヴィルヘルムの顔面が床へと強打する。
 その傍らでは理奈が握り拳を振り下ろしていた。

「―――確かに。これでミリィは誰のものでもなくなった」

 静かな声。
 顔は伏せていて、その表情は解らない。

「でもそれは誰の手にも届かなくなっただけ。ミリィはもう、アンタのものでもないの。もう誰にも、何事にも束縛されることのない、死という悲しい自由を手に入れたの 」

 理奈の頬に一筋の涙が伝った。
 気丈な彼女が人前で見せた初めての涙。

「アタシ、人間なんて嫌い。醜くて、強欲で、自分のエゴのためなら誰でも殺せる人間が。 人間なんて要らない。姉さまと、聖と、みんながいれば、それでいい。それだけでいい。それで、いい。でも、そんな人間の心が視える自分が一番、大っ嫌い……!!」

 両手で顔を覆って。
 彼女にかけられる言葉が見つからなかった。

『理奈ちゃん……―――』

「ミリィ……?」

 親友の名を呟いて、上を見上げた理奈。

「行かないと……」

 何かを思い出したように呟いて―――

「ミリィの所に行かないと……!!」

 そして外へと走り出してしまった。

「理奈ちゃ……!」
「おいっ! いったい何なんだあの子はっ!」

 追いかけようとしたアレフ達をアルベルトが引き止めた。
 いや、アルベルトだけではない。
 周りの自警団員もアレフ達に詰め寄っている。
 あの白夢中はなんだったのかと。
 ヴィルヘルムの言うとおり魔力も感じられなかった。
 まさか、本当に化け者ではないかと言う者までいた。

「いい加減にしろよっ!!」

 アレフの怒声が団員を制止させた。

「そうやって自分と違うからすぐ化け物扱いかよっ!? いったい彼女のどこが化け物なんだっ! 彼女は人間以外の何者でもねぇんだっ!!」

 そう、彼女は人間以外の何者でもない。
 あんなに気高く、そして悲しい彼女の何処が化け物だというのだろう。
 彼女を化け物扱いする奴らの方がどうかしている。

「だいたい自警団の奴らがそんなだから亮を誤認逮捕なんかしやがんだっ!」
「何だと〜? 盗難事件に関しては証人も…!」
「よせ、アルっ!こ れ以上騒ぎを大きくするんじゃない。早くスチューデントを連れて行け。他の自警団員も各自も持ち場に戻るんだ」

 団員達は返事をするとそそくさともといた場所に戻っていき、仕事を再開した。
 アルベルトも渋々ヴィルヘルムの拘束を始めた。

「アレフ、行こう」
「え? けどドコに行っちまったか―――」
「場所ならわかる。今の理奈が行く所は一つしかないからな。里矢も行こう」
「はい、亮さま」

 そしてアレフ達も理奈を追いかけて事務所を後にした。

「―――アル」
「はい、隊長っ!」

 リカルドに呼ばれ振り向いたアルベルト。
 カイルの拘束は既に終え、後は連れて行くだけだ。

「おまえは今のこと、この間の聖さんのことを気にしているか?」
「え、あ……」

 気にしてないといえば嘘になる。
 先程見た白夢中も、この間のただの一般人と思えない聖の事も。
 だがリカルドは話せることは何もないと言ったのだ。
 無理に聞く必要はない。

「気にしているのなら一緒に行くといい」
「し、しかしこいつから詳しい話しを……」
「それは私がやっておく。行くのか? 行かないのか?」

 少しの間無言で俯き、アルベルトは決めた。
 リカルドに頭を下げるとそのまま外へ駆け出し四人を追いかけて行った。





 


亮祐:管理人です。今回はかーなーり長くなってしまいました。これでも一応削ったのですよ。 鎮魂歌第一話の冒頭を読めば解ると思いますが理奈は約束をした時からエミーリエ・ベルガーと会うつもりはなかったのです。 それでも彼女を悲しませたくないから約束をしてしまったのですよ。血の匂いや理奈がもらした死臭という言葉も先で再び出てくることになると思われます。アレフ達や自警団員たちが見た白夢中はなんだったのか。勿論魔法ではございません。理奈が向かった場所は。エミーリエ ・ベルガーは何処にいるのか。その詳細は次で判明されると思います。次で鎮魂歌は終わるかと。ではこの変で失礼を。


BGM:日光浴/「TAM Music Factory」
    無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ ソナタ第1番 4.PRESTO/作曲バッハ midiファイル作成「トオリヌケデキマス」

モドル | トジル | ススム

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