見つめてくる聖の瞳。
―――ああ、君の言う通りだ。
「なんで、黙ってた?」
―――認めたくなかった。
「そんなに、認めたくなかった?」
―――そして
大勢の人がさくら亭の前に集まっている。
皆の視線の先には少女がいた。
男に、後ろから抱きこまれて。
少女の喉元には男がちらつかせている刃物。
皆が皆、ある一点を心配そうに見ている中、ただ一人けだるそうにしている人物がいた。
灰色の髪に同じ色の目。
整った顔立ち。
トーヤと同じデザインの白衣を纏っている。
トーヤとの話を終え、帰る前に亮に会おうとジョートショップへ向かって近くの道を歩いている時に騒ぎを聞きつけてここへ来ていた。
聖は人質の少女には目もくれず、男を見ていた。
歳は二十代後半から三十代前半といったところだろう。
おそらく自警団ももうすぐ駆けつける。
自警団第一部隊リカルド・フォスターも。
―――これは丁度いい。
聖は口元に笑みを浮かべると踵を返し、路地裏へ潜んだ。
誰もこちら側を見ていないことを確認し、右手の甲に口付ける。
まるで親愛なる女王に戦の勝利を約束する騎士のように。
そして、言った。
「全ては、エデンとアマデウスのために」
災害対策センターの前を自警団自警団第一部隊隊長のリカルド・フォスターとその自称右腕アルベルト・コーレイン、そしてその他大勢の自警団員が走り抜けて行く。
この先のさくら亭から男が店の前で幼い少女を人質にとっていると通報がきたのだ。
その通報者からの証言から男の身元も突き止めていた。
インゴ・ゲオルギー。
前住んでいた街で六人もの人間を惨殺し、このエンフィールドまで逃げて来た殺人犯。
知らせが届いた時には既に遅く、インゴが潜伏した後だったので見回りを強化していたがこの通報がくるまで何の足取りも掴めなかった。
そうこうしているうちに自警団の目に野次馬が集まっているさくら亭が見え始めた。
そしてアルベルト達が到着した。
「ハーイ」
ふいに人だかりの後列にいた一人の女に声をかけられた。
灰色の髪と瞳。
整った顔立ち。
昨日と同じタキシードのような服。
こんな状況だというのに女の口元には笑みが浮かんでいる。
「こんにちは。確か君はアルベルト君、だったっかな?」
「あんたはあいつの……」
女は昨日出会ったばかりの亮の従姉、聖だった。
まさかこんな時に、こんなところで出会うことになるとは。
「フォスターと話したいんだけど」
「今のこの現状じゃ無理に決まってるだろうっ!それに気軽に呼び捨てにするのは失礼…」
「聖さん」
アルベルトの意に反してリカルドは聖に話しかけていた。
「久しぶり、フォスター。とはいっても昨日会ったばかりだけど」
「聖さんは何故ここに?」
「ちょっと野暮用で来たんだけど、近くの道歩いてたらなんか騒いでるもんだから。でも丁度良かった。フォスターにも挨拶しておきたかったし」
「昨日はろくに話せなかったからね」
気軽に話を交わす二人がアルベルトには不思議でしょうがなかった。
会話の内容から行ってこの二人は顔見知りにしか思えない。
いつの間にこれ程まで仲が良くなったのだろうか。
少なくとも昨日の間にとは考えられない。
だとすれば昔からの顔見知りだったのだろうか。
よく考えてみれば聖はリカルドをフォスターと呼び捨てにしている。
他の自警団員も二人をちらちら見ながらひそひそと話しをしている者がいる。
「アルベルトーーーッ!!」
そんな様子を破ったのは向こうから手を振って走って来たパティだった。
パティはさくら亭の看板娘。
店の前で事件が起きた以上、心配なのだろう。
「早くあの男なんとかしてよっ! 営業も出来ないし、人質にとられてる子だってっ!!」
「聖さん、話のほうはまた。アルッ!」
「ハイッ!」
この状況でしなければならないのはまず回りの住民を非難させながら容疑者の要求を聞く。
そして要求を聞くと見せかけて隙を狙い、人質を救出すると同時に容疑者を取り押さえる。
他の自警団員に指令を出し、ともに犯人へ立ち向かおうとしたその時
「………フォスター、任せる気、ない?」
再び話しをし始めた二人が気になり、他の自警団員が犯人へ立ち向かう中、アルベルトだけ足を止めた。
二人はアルベルトがまだいることに気付いているのかいないのか、話を続けている。
「君に、かね?」
「そう。ブランクはあるけど腕は落ちてないつもりだし。それに……」
聖は一度そこできり、口元に笑みを浮かべた。
獲物を見つけた時のような、捕食者の笑み。
「これ以上、病院送りの貧血患者増やしたくないんじゃないかと思ったんだけど?」
聖の言葉を聞いてアルベルトの脳裏にここ三ヵ月前から起こっている原因不明の貧血者が増えている事件が浮かんだ。
「……わかった」
「サンキュ。代わりといっちゃなんだけど、解ってる?」
「……ああ」
「オッケイ」
話が終わったのか、聖は今だ野次馬がなくならないさくら亭の方へ目を向ける。
「おらっ! このガキがどうなってもいいのかあっ!?」
「ママ〜ッ!!」
「判ってんなら早く馬を用意しなっ!!」
野次馬の中でビルはさくら亭の玄関を背に人質の少女を後ろから抱き込んでいた。
少女の喉元に渡り30センチメートルはあるナイフをちらつかせながら逃走用の馬を要求している。
六人もの人間を惨殺しただけあってか既にインゴの目は尋常ではなかった。
「あ〜あ、ずいぶんとイっちゃってる目ェしちゃって」
聖は右手を横へゆっくりと伸ばす。
その手を握りこむと指の間に30センチはある三本の長い針が現れた。
「ま、こっちには関係ないけど」
そして吐き捨てるように言ってそれをインゴ目掛けて
投げた。
空気を切る音がした。
「おらッ! ガキの命が惜しいなら…」
今まで必死の形相だったインゴの顔が、変わった。
インゴがゆっくりと下を見る。
一瞬の、出来事だった。
少女を捕らえていたインゴの腕は、先程の30センチはある三本の長い針で射抜かれていた。
貫通しているが、捕らわれている少女には1ミリも刺さっていない。
血が腕を、針を伝って地面を真っ赤に塗らしていく。
「……ぎゃあああぁぁぁァァッ!!! 腕がっ、腕がーーーぁァっ!!!」
その場にビルが蹲る。
「ママァっ!!」
人質にされていた幼い少女がその腕を振り払って母親の元へ駆けて行った。
「い、今だっ!取り押さえるぞっ!」
突然の出来事に動揺しながらもビルを取り押さえていく自警団員。
目の前で起こった出来事にアルベルトは他の自警団員と共にインゴを拘束しに行くことすら出来ない。
聖の行動で事件は瞬く間に解決してしまった。
事件が解決したことにより殆どの野次馬が去り、自警団員はその処理を始めている。
そんな中、アルベルトはリカルドとなにやら話しをしている聖をじっと見ていた。
―――一体、あの女は何者なんだ?
只の一般人が10m近く離れている箇所からいとも簡単に野次馬をすり抜けてインゴ・ゲオルギーの右腕だけを仕留められるとは到底思えない。
それにあの細長い針の様な物はどこから出したのだろう。
魔法で召喚したかと思ったが、あの時聖から魔力は微塵も感じられなかった。
そんな思考を巡らせていると自警団員の一人が話し掛けてきた。
「アルベルトさん、もう連行していいですか?」
「あ、ああ。その前にクラウド医院に連れて行け」
返事をすると自警団員は軽く会釈してインゴを連行しようとした。
「ちょっと待った」
止めたのは聖だ。
「その男、貰ってく」
「な、何を勝手な…!」
「勝手なことじゃあないって。ちゃんとフォスターに承諾もらってるし」
自警団員からインゴを取り上げてしまった。
リカルドから承諾を貰っていると評されたされた以上、何も言うことも出来ない。
男は突然の出来事に動揺するも、声を抑え笑っていた。
「クククッ…」
「ん?笑ってるの? もしかして自警団に連行されずにすんだから?」
あのまま自警団に連行していればこの男は間違いなく何らかの刑が執行されただろう。
これからどうなるか判らないが、そうなるよりはましだ。
それにこんな若い女に連れて行かれるのだからとこの男は笑っているのだ。
「隊長っ! これでいいんですかっ!?」
「……構わん」
「隊長ッ!!」
「……残念」
聖が、笑っていた。
その場にいた全員の背中に冷汗が伝う程の、壮絶な笑み。
「おまえはこれから、自警団へ連行されていれば良かったと思うことになる」
「どういう、ことだ……?」
「わからない?」
聖はそっとインゴに耳打ちをした。
読唇術なんてものを身につけていなかったのでなんと言ったのか判らない。
けれど、インゴの表情が見る見る内に青くなったかと思うと恐怖に歪み暴れ出した。
「い、嫌だぁっ! 放せっ!! はなせーーーぇぇっ!!」
それを見た聖が愉快だといわんばかりにインゴを見る。
「ほーら、暴れたりしない。
むしろこれは光栄なことだよ? おまえみたいなのでも役に立てるわけだし」
「ヒィッ! や、やめろおおぉぉぉぉっ!! この化け…!」
インゴが言い終わる前に、その喉元に先程の針が突かれた。
途端にガクリと倒れこむインゴを聖が受け止めた。
「お、おいっ! 何やっ……」
「殺しちゃいないって。これはただの針麻酔」
そう言って聖はインゴの顔をこちらへ向ける。
言葉通りあれほどまで暴れていたビルは寝息を立ていた。
「ね、ねぇ、いったいあの人何者なの?」
質問してきたのはまだここにいたパティだった。
事件の処理が押す無までさくら亭に入ることもママならないのだからここにいるのは当たり前だ。
「俺にも良くわからん、ただ亮の従姉ということだけしか……」
「嘘っ! 何で亮の身内がエンフィールドに……」
「ん? 家の子のこと知ってる?」
「(家の子…?)」
ふと、聖の言葉に疑問を抱いた。
普通、数ヶ月違いの自分の従弟を家の子なんて言うだろうか。
「もしかして貴女に迷惑でもかけるようなことでも?」
「い、いえっ。ただ前急に倒れたことがあって」
「そうか……。フォスター」
話しを強制的に終わらせるようにリカルドに話し掛ける。
「報酬としてこの男は貰ってくよ」
「ああ」
「じゃあ」
聖はビルを抱えると街外れへと歩き出す。
「ああ、そうだ」
けれど不意に足を止めてこちらへ振り向いた。
「なんで、亮のこと、黙ってた?」
それは、いつもの飄々と人を小馬鹿にしたような態度ではない。
先程のような笑みでもない。
鋭い視線で裳ってリカルドを睨みつけている。
「いった筈だけど?亮が見つかったら連絡をと。連絡方法もちゃんと伝えていた。それなのに」
「なんで、黙ってた?」
「そんなに、認めたくなかった?」
「そんなに、 」
風が聖とリカルドの間を吹き抜けた。
二人は何もいわず、ただ視線を交わしている。
「…………まあ、いいか」
沈黙を破ったのも聖だった。
「トーヤ君もいってたし。頭では解っててもあの子が亮だと認められなかったって」
「ドクターが?」
「トーヤ君もちゃんと亮のこと気付いてたからさ。実は、さっきいった野暮用ってのは、トーヤ君に会いに行ったことでね」
その雰囲気は聖特有の飄々としたものに戻っていた。
「じゃあね、フォスター」
片手を振りながら聖は歩き出して行った。
周りの通行人が担がれているインゴをじろじろ見ているのを気にも止めず。
「さあ、我々も戻るぞ」
「隊長っ!」
背を向けたリカルドにアルベルトは声をかける。
「あの女は、一体……」
「…………今、私から話せることは何もない」
それだけ言うとリカルドはさっさと自警団事務所へと戻って行った。
聖の事も、リカルドの態度も気になった。
だが、何もないと言われてしまった以上、追求出来ない。
今は心の中に留めておくことにしてアルベルトもその後を追いかけて行った。
報告書
本日、雷鳴山付近にて大量の血痕と人間の右腕と思われる物を発見。
散乱していた所持品と血液型から指名手配犯インゴ・ゲオルギーのものと断定。
よって、インゴ・ゲオルギーは死亡したものとみなす。
エンフィールド自警団第一部隊隊長
リカルド・フォスター
この報告書が提出されたのは翌日の事であった。
―――ああ、君の言う通りだ。
「なんで、黙ってた?」
―――認めたくなかった。
「そんなに、認めたくなかった?」
―――そして
「そんなに、帰したくなかった?」
―――帰したく、なかったんだ。
END
亮祐:管理人の亮祐です。アルベルトによる聖の章はとんでもない方向へ進んでしまいました。今回こんな事をしでかした聖の正体は何なのでしょう。しかもリカルドと顔なじみ。
翔:それは家族ぐるみ付き合い発言で解ってるから。
亮祐:そしてインゴ・ゲオルギーはどうなったのか。解るのはやはり先ですな。しかも更に謎増えちゃったし。「リカルドにバレた日」でも語りましたが