EMPTY A CONCEPTION

トラブル・バースデイ  3

Photo:Roz モドル | トジル | ススム

「お父さーんっ!」

 父親に助けられた安心からリカルドの胸の中でトリーシャは泣き出した。
 リカルドはそっと娘トリーシャの頭を撫でた。

「よかったっス、トリーシャさんとリカルドさんが仲直りしてくれて」
「あ〜あ、いいとこどりされちまったな」

 悔しそうにアレフは溜息を吐いた。

「でも、良かったと思うけど? フォスター親子が仲直りしてくれて」

 そこへ灰色の髪をしたタキシードのような服の女が口を出した。
 トリーシャと共にシャドウに捕まっていた一人。
 そう言えば彼女を含む三人は何故シャドウに捕まっていたのだろう。
 亮に憎まれるために手を出したのだろうか。
 だが、それならトリーシャだけで十分だったはずだ。
 わざわざ関係のない他人にまで手を出す必要はない。

「あの〜」
「ん?」

 下から声がしたので目を向けてみるとそこにはトリーシャ達と一緒に捕らわれていたフサがいた。

「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「あ、ああ……」

 深々とお辞儀するフサにアレフは思わず恐縮してしまう。
 このフサ、アレフたちから見れば小さいが人間の年齢で言えば大体自分達と同じか、少し上ぐらいなのだろう。

「あの、あなたも、有難うございました」
「ん?」

 続いてフサがお礼を言った相手はタキシードの女だ。

「あの時、あなたが魔法で牢を破ってくれたから……」
「ああ、あの状況じゃあこっちもどうなるか判らなかったし」

 フフフと大人の女らしい笑みを浮かべる。
 そんな相手にアレフが取る行動はもう一つしかないだろう。

「それにしてもすごい魔法でしたね。いやぁ、あんなすごい魔法は初めて見ましたよ」

 もちろん、女の手を取りナンパだった。

「どうです? その魔法、是非もう一度見せてもらえ……」

 その途端、再びエルの鉄拳がアレフの脳天に直撃した。

「おまえの頭の中にはそれしかないのかっ!?」
「もう……」
「あらら」

 顔を真っ赤にして怒るエルやふてるシーラをよそに女は相変わらず笑顔を浮かべていた。

「んだと、てめえっ!!」

 突然、怒声聞こえて来た。
 見ると先程シャドウに飛びかかった女を前にアルベルトが顔を真っ赤にして怒鳴っている。

「女だからってつけあがりやがってっ!!」
「アタシは真実をいっただけだもの。純情一直線脳みそ筋肉馬鹿男」
「なんだと〜〜っ!!」
「アルッ!!」

 その様子にいかにもご立腹そうなリカルドが止めに入って行く。

「まーったく、何やってんだか」

 タキシードの女も二人の元へ近付いて行った。

「何を怒鳴っているんだッ! よさないかッ!」
「た、隊長っ! しかしっ……」

 尊敬するリカルドに起こられアルベルトはぐうの音も出せないでいる。
 アレフはいい気味だと思いながらそれを見ていた。
 あんな綺麗なお嬢さんに怒鳴りつけたのだから罰が下って当然だ。

 ふと、亮を見ると向こうを見ていた。
 目線の先にはトリーシャが捕らわれていた岩の牢。
 何か気になるのかじーと、見つめている。
 気になったアレフと、亮の頭の上に移動していたテディが声をかける。

「亮、どうしたんだ?」
「亮さん?」
「……ここ、来たことあるような気がする」

 他の皆も亮を見た。

「本当か?」
「うん。ここで」

 誰かと、一緒にいた。

『亮』

 声が脳裏に甦る。

『もう少ししたら、みんな来るからな』

 記憶にあるその姿はぼんやりとしていて解らない。
 けど確かに知ってる声。

「よさないかアルっ!!」

 リカルドの怒鳴り声で思わず反射的にそちらへ視線を移した。

「隊長っ、いわせてくださいっ。この女、こちらの質問に何も答えないんですよッ!?」
「だって、関係ないもの。熱いのね。―――そういうの、嫌い」
「この……っ!!」

 そちらではまだアルベルトと女の言い争いが続いていた。
 尊敬するリカルドに口答えしている様子から察するに今にも女の胸倉を掴みそうな勢いだ。

「こーら、いい加減にしなさい。苛ついてるからって当たるなって」
「………………」

 いつものことなのか手馴れたようにタキシードの女がおかしそうに笑いながら女に言う。
 女は伐が割るそうにそっぽを向き、もう一人の黒髪の女の元へ行った。
 タキシードの女はそんな様子にも気にせずアルベルト達に目を向ける。

「悪いね。あの子、こっちのせいでへそ曲げちゃってるから。――で、何を話せばいい?」
「まずは全員の氏名と住所からだ」
「聖。さっきまで君と言い争ってたのが理奈で、もう一人が里矢。住所はエンフィールド」
「エンフィールド? 見たことない顔だが」
「まあね。エンフィールドっていってもかなり街外れのに住んでるし、長い間里帰りしてたから。今ちょうどエンフィールドに戻ってたところ。まさか思いもしなかった。あのシャドウとかいう男に襲われるだなんて」

 アレフは話しを始めた彼女、聖とアルベルトを見ながら考えていた。
 聖と理奈と里矢。
 この名前を何処かで聞いた事があるような気がした。
 その時、里矢がこちらへ向かってきた。
 その服装は何時の間にか、屋敷に仕える侍女のような服に戻っていた。
 無機質な表情。
 まるで磁器人形のようだ。

 だが間近で見た里矢の顔に皆は驚いた。
 その瞳の色は亮と同じ紫電の瞳だった。
 それだけではない。
 その顔も、背も、体格も、全く同じだ。
 違うのは二人の髪の長さと服装だけ。
 まるで一枚の鏡でも見ているかのようだ。

 アレフも、見つめられている亮も、目の前の同じ顔に驚いていた。
 だが驚く出来事はそれだけではなかった。

「お帰りなさい、亮さま」

 そう言って、お辞儀をした。

「あなたのお戻りを心からお待ちしておりました」

 ―――あ……!

 そうだ。
 先程聞いた彼女達の名前は以前、陽の当たる丘公園でアマデウスが教えてくれた写真に写っている者達の名だ。
 写真と違って成長しているし、長かった髪も短くなっていたので気付けなかったが間違いない。
 彼女達は亮の身内だ。

「え〜っ!? もしかして亮さんの身内なんスかっ!? なんでこんな所にいるんスかっ!?」
「ここにいる理由は先程聖さまがお話になられた通りです」
「ね、ねぇ……」

 騒いでいるテディに続いて声をかかけたのは亮だ。
 その声の調子と表情からあまりの出来事に戸惑っているのがよく判る。

「君、どうして俺と同じか……!?」

 訊き終える前に、間に誰か入り込んできた。
 緑の瞳と、茶色の髪の女。
 先程までアルベルトを怒らせていた理奈だった。
 まじまじと見つめられる。

「あ、あの」
「―――間違いない」

 戸惑っている亮を余所に理奈は話し始める。

「この顔と瞳は――」

 そこまで言って、仏頂面だったその顔は悲しそうに歪んだ。

「―――なんで、いなくなったの」

 ――どうして

「なんでいなくなるの。どこにもいかないって、ずっと一緒っていったのに。それなのに、なんでいなくなるの」

 ―――どうして、そんな悲しそうな顔で俺を見るの?

 なんと声をかければいいか解らなかった。
 目の前の理奈が、あまりにも悲痛そうな顔で、声で、いたから。

「―――」
「泣かないでほしいっス! 泣かれると、どうしていいかボクも亮さんもわからないっスよ!」

 何も言えない亮の代わりに、頭の上のテディが理奈に話しかけた。
 その途端―――

 乾いた音が響いた。

 理奈の手がテディに平手打ちを食らわせていた。

 一瞬、何が起きたのか判らなかった。
 それは他の皆も同じ様だ。
 全員目を点にして立ち尽くしている。

「急になに……」
「―――誰」

 その声に亮とテディの体がビクリと反応した。
 冷たい、怒りを含んだ声。
 向けられているその恐ろしさにテディの顔が青い。
 はっきり言って今の理奈はかなり怖い。
 その睨みつけている様は、さくら亭のパティとはまた違った鋭さがあった。
 パティが熱としたら、目の前の理奈は氷だ。

「誰。なんでそばにいるの。なんで、アンタみたいのがそばにいるの」

 その声に亮も思わず後退りする。

 ―――違う
 ―――これは 違う

 怒りなんて、そんな生易しいものなどではない。

「返答次第じゃ」

 その手が、再びテディの元へと動いていく。

 ―――これは

「生かして、おかない」

 ―――殺意だ

 氷のように冷たく、恐ろしいほどに純粋な。

 手が、テディの喉を触れた。

「はーい、そこまで」

 理奈を止め、固まっていたテディを聖が救い出した。

「理奈、そんなやり方はどうかと思うけど? ほら、亮も怖がってる」
「………………」

 気を悪くしたのか理奈は先程同様そっぽを向いてしまった。
 アレフが開放された亮とテディに話しかける。

「だ、大丈夫か……?」
「な、なん、と、か……」
「………………」

 双方ともかなり恐ろしかったようだ。
 亮は今だ顔が青く声も途切れているし、テディも今だ青い顔で身体をぶるぶると震えている。

 理奈の殺意はアレフも感じ取っていた。
 おそらく、ここにいる全員感じ取っていただろう。
 だからこそ聖が止めた。
 止めなかったら、今頃―――

「どうされましたか?」
「え……あ――」

 そこへ里矢が話しかけて来たが、亮はまだ少しばかり戸惑っている様子だ。
 おそらく思いがけない形で叶った身内との対面に喜び半分、先程の事に戸惑い半分といったところなのだろう。

「いつもの亮さまらしくありませんが」
「あ、あの……」
「ご気分でもすぐれませんか?」
「そうじゃ、なくて……」
「ああ、それとも」



「アマデウス、とお呼びした方がよろしいですか?」

 思いがけもしない里矢の言葉に衝撃が走った。
 里矢が言い放ったその言葉の意味一つしか考えられなかったから。

「亮さまも、もう成人になられました。儀式はまだ執り行われておりませんが、そうお呼びした方が……」
「里矢っ!!」

 里矢を止めるように、先程までそっぽを向いていた里奈が声を上げた。

「どういう、こと……?」

 亮は目を見開き、里矢を見ている。

「それって、別人格の名前、だよね…? どうして君が知ってるの……?」
「別人格の……?」
「ねぇっ!」

 思わず里矢の肩にしがみつく。
 必死に、怯えたような表情で。

「そんな前からっ!? そんな前から俺はこうだったのっ!? ねぇっ!!」
「亮っ!!」

 アレフはヒステリーを起こし始めた亮を里矢から引き剥がした。

「亮さま……?」

 その様子に里矢は疑問を抱いたようだ。

「どう……」
「とにかく」

 そこへ聖が口を入れた。

「早いとこ山降りない? こんなとこへいつまでもいるワケにもいかないし」

 聖の提案で一同は山を降りることとなった。





 


亮祐:管理人です。里矢の設定変更したよ。
翔:一声がそれかよ!!
亮祐:シャドウが去った後の情景です。オリキャラ三人の正体が少し判明ですね。亮とテディと理奈のやりとりを少し変えてみました。うん、すごく楽しかった。☆.。.:*(//∇//) .。.:*☆ウットリ
翔:コラ。
亮祐:続きます。


BGM:命の儚さ/「煉獄庭園」

モドル | トジル | ススム

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