―――認めたく、なかった。
リカルドを見るは、幼い紫電の瞳。
「亮はおじちゃんのこと大好きだったんだから」
その笑顔が、自分がよく知る少女の面影と重なった。
―――あの子だと、認めたくなかった。
「アレフおにいちゃん、はやく!」
「はいはい!」
洋服店ローレライの前を亮とアレフが走っている。
二人は今、休日のカウンセリングのためクラウド医院まで走っていた。
そして今日表に出ているのは亮ではない。
別人格のリトルだった。
「リトル、先に行ってるからね!」
そのままリトルは加速して、あっという間にクラウド医院の中へ入って行った。
続いてアレフも入って行った。
診察室の中を見るとリトルがトーヤに抱きついていた。
突撃されたらしく、トーヤは項垂れている。
「悪ィ、ドクター。なんか今日は朝からリトルが出ててさ。やっぱ精神年齢5・6歳となると活発すぎて手におえね……」
入りながら、トーヤの向かいを見て言葉が止まった。
自警団第一部隊隊長のリカルド・フォスターがそこにいた。
亮を見て目を丸くしている。
「おおおお、おっさんっ!? いつからおっさんが……!」
「初めからだ……」
リトルの突撃から回復したらしいトーヤが答えた。
「リトル、悪いがしばらく邪魔にならないようしていてもらえるか?」
「うん!」
リトルは頷いてトーヤのデスクから紙とペンを取りだし、隅の方の床を机代わりに絵を描き始めた。
リカルドは今だ亮を凝視している。
アレフは動揺した。
リカルドはリトルを見てしまった。
よりにもよって子供の人格のリトルを。
「ドクター、これは……?」
「いや〜、その〜……」
「フォスターさん、実は……」
動揺しているアレフを放ってトーヤは現在解っていることを話し始めた。
亮の多重人格のこと。
別人格達のこと。
盗難事件の夜、何があったのか聞き出そうとしていること。
「そうか…。亮くんにそんなことが…。しかし何故今までそのことを黙って?」
「この病はまだ症例が少なすぎて手探り状態なんです。それに話したところで信じてもらえるか……」
そうだ。アレフも初めトーヤと守理からそう聞いたときは信じられなかったくらいだ。
それに中にはその事で亮を貶す輩が居ないとも限らない。
「そういや、おっさんは何でここに?」
「私はこれでここに来たんだ」
リカルドはテーブルに置いてある二枚の写真をアレフに見せた。
写っていたのは二枚とも男だった。
「ラ・ルナの前で起きた事件の犯人と加害者だ。女性の取り合いによる痴情のもつれが原因となっている」
「へぇ〜」
6月に偶然見たあの事件だ。
あの後リトルが表に出てきて、アルベルトを誤魔化すのに苦労した。
しかもその後、夢具に酷い目に合わされた。
そういえば、その時さくら亭でそんな話を耳に入れた。
「けど、なんでクラウド医院に?」
「実は、これは未発表のことなんだが、どうやら取り合っていた相手はその…………亮くん、かもしれなくてね……」
「…………は?」
たっぷり間をおいて、声が出た。
一瞬思考を失ってしまった。
亮が男だという事くらいリカルドも解っている筈だというのに。
リカルドの話はこうだ。
その二人は五月半ばの夜、陽のあたる丘公園で白銀色の満月を見上げている女を見かけた。
女の美しさに二人が惚れるには時間はかからなかった。
声をかける事すら出来ず、女はその場から去っていった。
それから月に一度、決まって満月の夜に其処で女を見かけるようになった。
やはり声はかけられなかった。
けれど、一人が「会って話をする決意がついた」と打ち明けた。
その途端、もう一人はカーッとなり、そして―――
「常備していた剣で刺してしまった……」
「ああ」
二人は最近、帰り道がてらここへ寄った冒険者だった。
一泊だけするつもりだったので本当ならあの時には既に発っている筈だった。
けれどその夜、満月を見上げる女を見かけたその時に二人の運命は大きく変わってしまった。
「――で、何で亮が出てきたんだよ?」
「彼がいうには彼女は紫電の瞳だったそうだ」
「エンフィールドに紫電の瞳をもつのは亮しかいないからな。こういってはなんだが、亮なら女と間違えられても不思議じゃあない。亮が最近、ここへ来てるということでフォスターさん自ら尋ねてきてくれたんだ」
確かに、亮なら女と間違われても不思議じゃあない。
過去、自分もそう勘違いしていた。
それに紫電の瞳の持ち主はこのエンフィールドで彼以外に違いない。
亮の別人格という可能性だってあった。
「ただ、問題は彼女の髪が黒ではなく」
「白銀色ということなんだ」
男は言った。
『彼女は、本当に、美しかった』
『まるで月が、彼女のためだけに光を捧げているようだった』
『月に照らされた、光り輝く白銀の髪』
『そして、紫の……いや、あれは紫電の瞳』
「紫電の瞳にくわえ、白銀の髪となると該当者はもういなくてね……」
フウ、と溜息を吐いた。
リカルドは一人だけ知り合いにその風貌に合う女を知っている。
けれど、それは在り得なかった。
その女は、もうこのエンフィールドを去っている筈だから。
その筈だから。
アレフの耳にはリカルドの言葉はもう届いていなかった。
紫電の瞳に白銀の髪。
それはまるで、スクルドそのものだった。
「なあっ! その人は本当に亮と同じ顔の女だったのかっ!? 紫電の瞳だったのかっ!? 白銀の髪だったのかっ!?」
「あ、ああ……」
「アレフ?」
アレフの耳には頷いたリカルドの声しか届かなかった。
『未来で、逢いましょう』
うっとり見つめる俺に彼女が言う。
耳に澄み渡る声。
うっとりするような花の香り。
瞳に写るその姿。
この世の者とは思えぬその美貌。
『ここではなく、あなたがいるべき世界で』
―――本当に、逢いにきてくれた?
『あなたが生きるべき世界で』
―――約束どおり、未来で。
「アレフおにいちゃん?」
不思議そうなリトルの声で、アレフは我に返った。
向こうにいた筈のリトルが、不思議そうにこちらを見ている。
「どおしたの? 急に大声出して。リトルびっくりしちゃった」
「あ……」
「リトル、この二人のことをおまえは知っているか?」
トーヤが写真を差し出した。
どうやら念のため聞いてみることにしたらしい。
リトルは受け取った写真をじーっと眺めている。
「しらない。リトルはしらない」
「そうか……」
「でもトーヤおにいちゃん、お話きいてたんだけど、このしゃしんのおにいちゃんたちが亮おにいちゃんをみかけたのっていつ?」
「五月の半ば頃、満月だったというから13日だな」
「じゃあ、写真のおにいちゃんがみたの、亮じゃないよ。ぜったい。だって亮がこどものとき、亮に“まんまるお月さまの日だけは外にでちゃダメだよ”って亮のおかあさんがいってたもん。みんなもしってるよ」
少し変だ。
小さい子どもに夜出ないよう言うのは解るが、満月の日限定というのが気にかかった。
「それに、まんまるお月さまの日は亮が外にでたりしないようにって、千里おにいちゃんがずーっと外に出てみはってるからおしごともしたことないんだよ?」
「え……?」
そう言われてみれば亮は毎月13日だけは何かと休んだりサボったりしていた。
満月の夜に何かあるとでもいうのだろうか。
一方リカルドは満月の夜、と独り言のように呟いていた。
心ここにあらずという風に、何かを考えているようだった。
「そうでしょ? リカルドおじちゃん」
リトルがリカルドを見ていた。
アレフもトーヤも一斉に二人を見た。
何故、リカルドに同意を求めるのだろう。
それに
リトルはリカルドとは初対面の筈だ。
「おじちゃんだって知ってるでしょ? カゾクグルミだったし、何かあったらいつも助けてくれてたもん」
「トリーシャおねえちゃんにあった時、すぐわかったよ。亮がはじめてあった時はまだ小さかったのに。大きくなったね」
「守理がいってたよ? 亮のこと話してくれると思って牢であったこと話したのに、ぜんぜん話さないんだもん。亮だっておじちゃんのこと思い出したらすっごく喜ぶよ。だって」
「亮はおじちゃんのこと大好きだったんだから」
にこにことリトルは笑っている。
けれど、リカルドの顔は固まったまま。
「だから、はやく……」
リトルの体から力が抜ける。
アレフはすぐさまその体を支えた。
リトルの手から画用紙が落ちた。
拾い上げた画用紙には、リカルドが写真で見た幼い亮を抱き上げている絵が描かれていた。
「おっさん、あんた……」
―――初めから、亮を知っていた?
そうだ。リカルドは亮の家の住所を知っていた。
何故、今まで気付けなかったのか。
リカルドはその後、逃げるように帰ってしまった。
何故、何も言わなかったのか。
解らなかった。
END
亮祐:管理人です。
前回に続いて今回も凄いことになってしまいました。リカルドさんが亮を知っていたと言う事実が遂に暴露されました。「亮」の内容をちゃんと覚えていた方は当然知っていたわけですが。えーと、暗黙の了解っていうんだっけ?
翔:間違ってる!!
亮祐:冒頭はリカルドさんの心情です。リカルドさんはジョートショップの居候が自分の知る亮だと解っていながら、亮だと認めたくなかったわけですな。その理由が解るのはもうちょっと先になります。次回は修正前5月にやっていた話を「meeting」と改めてやる予定です。丁度半分来たので情報整理です。ではこの辺で!
BGM:命の儚さ/「煉獄庭園」