EMPTY A CONCEPTION

the stomach a sound  2

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 あんなことがあった後でも、さくら亭はにぎやかだった。

「ふ〜ん、つまり今の亮はリトルってワケか……」

 エルはチョコパフェを無言で食べる亮をまじまじと見つめた。
 いつもと変わらないように見えるのに今の亮は亮ではなく、リトルという幼い子供の人格だ。
 エルは千里とは会った事はあったが、リトルとは初めてだった。

「おい、知ってるか? さっきのラ・ルナの前であったケンカの原因」

 ふと、向こうのテーブルから話し声が聞こえてきた。
 別に盗み聞きするつもりはなかったが、あの喧嘩の原因はアレフも気になっていたのでちょっと耳を傾けてみる。

「知り合いの自警団員から聞きだしたんだがケンカしたあの二人、親友だったんだぜ?」
「それがまたなんであんなことに?」
「何でも、好きな奴の取り合いらしい。痴情の縺れってやつだな」
「――で、その好きな奴ってのは?」
「これは絶対いうなっていわれてたんだけど、実は……」
「どうしたんだい? リトル」

 エルの声で見てみると、リトルの顔は青く、口元を押さえていた。
 紫電の瞳が涙で少し潤んでいる。

「お、おい、気持ち悪ィのか?」
「リトルさん?」
「う、ううんっ。へーき。へー、き……」

 その言葉とは裏腹に相当気分が悪いらしく、言葉がしどろもどろになっている。

「へーきだよ。たぶん、いつものごはんたべてないだけだとおもうから。だから………」

 けれどリトルは椅子から落ちた。
 亮の肩の上に乗っていたテディも転がった。
 震える体で両足を抱え込むように丸くなっている。

「亮っ!」
「ちょ、ちょっとっ! どうしたのよっ!?」

 慌てて亮の傍に寄った。
 その音を聞いて向こうから料理を運んでいたパティも慌てて駆けつける。

「俺にも分かんねぇよっ! 急に倒れちまってっ…」
「どうすればいいんスか〜!?」
「とにかくドクターを…」
「ダメッ!」

 その声に思わず驚いてしまった。
 声の持ち主はリトルだ。
 必死にアレフの服を掴んでいる。

「へーきだから。へーきだからっ! ちょっとだけ、やすめばげんきになるからっ。だからっ………」

 “トーヤを呼ぶな”と頑ななリトル。

 余りに懸命に言うものだからアレフ達も“状況が悪化してから”ということにするしかなかった。










 部屋のベッドにリトルが寝ている。

「なあ、本当に大丈夫か?」

 リトルの表情を覗き込んでいた。
 あの後アレフ達は愛藍を奥の部屋のベッドまで運び、様子を見ることにした。
 パティは桜亭の方に戻り、エルとテディは水を取りに行っているので今部屋は二人きりだ。

「へーき。だいじょうぶだよ」

 にこり、とリトルが笑った。
 そう言われても心配で仕方がなかった。
 昔、病気だった母はそう言って逝ってしまった。
 自分に心配をかけまいと嘘をつき続けていたのだ。
 しばらくして親戚から聞いたのだが病気が発覚した時にはもう既に手遅れだったらしい。
 リトルの笑顔も心配かけまいとして大丈夫だと言った母の笑顔とよく似ていて。

「なあ、やっぱりドクターんところに……」
「…………おにいちゃん」

 小さな声で自分の名を呼ばれた。

「ごめんね?」

 今度は急に謝られた。
 その意味を聞く暇すらなかった。

「!?」

 頬に衝撃が届いた。
 気付いた時には、壁にぶつかっていた。

「ガッ……!?」

 あまりの激痛に溜まらず、倒れこんでまった。
 そこでやっと顔を殴られたに気付いた。

「悪く思わないでよ。こっちも必死なんだ」

 頭上から降り注いだ亮の声。

「リ、トル…?」
「違う」

 リトルとも、亮とも違う声。

「リトルがこんなことするワケないじゃないか」

 千里でもない、アマデウスでもない。

「リトルは、めったなことじゃあ怒らないし、誰かを殴ったりなんか、しない」

 青年と少年の間ぐらいの声。

「悪いけど、少し眠っててよ。あんたが目ェ覚めるくらいには終わるから」
「何……」

 “何をする気だ”と聞きたいのに、声が出ない。
 それどころか意識が薄れて来た。
 気を失う事は確実だ。

「心配しなくても、あんたが目覚めたときには、亮は元気になってるからさ」
「おまえは、一体……」
「…………俺は……」

 ユメグ。

 それがアレフが意識を失う直前に聞いた言葉だった。










「…レフ…ア………アレフ」
「ん……」

 気がついてみると、そこには心配そうに覗き込んでいる亮の顔。

「大丈夫?」
「気がついたか?」
「りょ、う……? それに、エルまで……」

 亮の後ろにはエルと、その肩の上にテディもいた。
 何故、自分が寝ているのだろう。
 自分は確か倒れたリトルを運んで、パティは店に、エルとテディは水を取りに行って、
 そして確か

 謝られて

 顔を、殴られ…。

「イッ!!」

 思い出した途端に頬に痛みが走った。
 触れてみるとかなり腫れていた。
 口の中も切れて、血の味がする。

 ―――色男が台無しじゃねぇか……

 泣きたい気分だ。

「大丈夫? アレフ」
「え、あ……」
「今は亮さんに戻ってるみたいっスよ」
「それより一体何があったんだい? 水を持って戻ってみれば、あんたまで倒れてるし……」

 ふと、右腕に痛みが走った。

「どうした? アレフ」
「いや、何か急に腕が……」

 目を向けると腕に傷があった。
 刃物で切られたような傷。

「あたしらが戻って来たときには、もうその状態だった」
「痛そうっスね〜……」

 傷は大きかったが、血が流れぬよう止血されていた。

「なんで……」

『悪いけど、少し眠っててよ。あんたが目ェ覚めるくらいには終わるから』

 脳裏に、気を失う前に聞いた声が浮かぶ。

『心配しなくても、あんたが目覚めたときには、亮は元気になってるからさ』

 ―――元気って、なんだ?
 ―――なんで、元気になるんだ?
 ―――なんで?

「アレフ?」

 今のアレフに、エルの声など微塵も届かなかった。





END


亮祐:管理人です。アレフの母が病死したと言うのはオリ設定です。実際はどうなんでしょうね。ではこの辺で。


BGM:命の儚さ/「煉獄庭園」

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