EMPTY A CONCEPTION

アマデウス

モドル | トジル | ススム

 ―――同じ、笑みだった。

「ずっと、一緒よ」

 目の前の亮の、儚げな笑み。

 ―――スクルドにしか、見えなかった。





「彰……」

 亮がその名を呼んで、アレフを抱きしめてはなしてくれない。
 アレフをショウだと言ってきかない亮に、当の本人は困り果てていた。

 事の始まりはほんの数分前、カウンセリング中にアレフが勝手に入ってきてしまったことだ。
 アレフの目に飛び込んだのはトーヤ。
 そして目を丸くしている亮の姿。

「………彰?」
「へ?」
「彰!」

 抱きつかれた。
 そうして今に至るという訳である。

「どうなってるよ? ドクター……」

 ははは、と少々苦笑いでトーヤに意見を求めた。
 何故、亮は自分を彰と呼ぶのか。
 トーヤは頭を抱え込んでいた。

「アレフ」

 その声は、怒っていた。

「カウンセリング中に邪魔をする奴がどこにいる?」
「わ、悪ィ……。けど、なんでこんなことに?」
「―――今、外に出ているのはアマデウスだ。亮じゃない」
「アマデウスって……」

 陽のあたる丘公園で写真写る家族の名を教えてくれた人格。
 千里が言うには彼女は今、混乱していると言う。

「おそらく、千里がいっていた混乱のせいだろう。今のアマデウスは昔の亮なんだ」
「じゃあ、なんで俺のこと彰っていうんだよ?」
「それはおまえをその彰と思ってるんだろう。アレフ、おまえはそのまま彰と名乗って情報を聞き出せ」
「あ、ああ……」

 多少不安はあるものの、アレフはそうすることにした。
 知らない他人のフリをするのは難しいが、トーヤが居るならきっと大丈夫だ。

「俺はその間、隣りで他の仕事をしている」
「ええ!?」
「じゃ、何かあったら呼んでくれ。おまえなら大丈夫だ。多分な」

 トーヤはさっさと出て行ってしまった。
 カウンセリングを邪魔したことを怒っているのだ。

 ―――大人げねぇ…

 項垂れたが、悪いのは自分だ。
 こうなっては仕方がない。
 不安はあったが腹をくくり、アレフは一人でアマデウスと話しをする事にした。

「え〜と、最近調子はどうだ?なんか悩みとか……」
「平気よ、彰。私は元気」
「じゃあ……」

 話が続かなくなってしまった。
 やはり、難しい。
 大体名前しか分からない奴のフリをする事自体無謀なのだ。

「……彰」
「な、なんだっ?」

 話しかけられ少し慌ててしまった。
 いつボロが出てばれてしまうか分からない。
 ここは聞き専でいた方が良さそうだ。

「思い出していたの。あの時のこと。散が、死んでしまった時のこと……」
「えっ……」

 散が死んだ時の事と聞いて、驚いてしまった。
 散はリトルから聞いた亮の父親の名。
 リトルからはそんなこと一言も聞いていなかった。

「彰」

 もう一度その名で呼ばれて、アマデウスは悲しそうな顔をうかべる。

「あの時は、本当にごめんなさい。私が……私が、ついていかなかったら、あんなことにはならなかったのに……」

 そっと、両頬に手を添えて。

「あなたの中の何かを、壊さなくてもすんだのに……」

 悲しそうな瞳で見つめて。

「でも、大丈夫。もうどこにも行かないわ」



「ずっと側にいるわ。彰が、笑っていてくれるなら」



「ずっと、一緒よ」



 ―――アマデウスが笑みを浮かべてる。
 ―――彼女と、スクルドと同じ笑みを。

 ―――けれど、
 ―――それは、



 ―――俺に向けたものではなくて



 ―――何も、考えられなかった。

「彰?」

 ―――目の前の声も聞こえなかった。
 ―――ただ

「彰って、誰だ?」
「え……?」

 ―――ただ、
 ―――どうしようもなく

「誰なんだよっ!彰ってっ!!」
「ちょっ……彰っ!?」

 ―――自分を抑える事が出来なかった。

「彰って誰なんだよっ!」

 ―――衝動、だった。

「……彰、じゃない?」
「!」

 それがいけなかった。

「だって、彰は……。彰、は……?」

 顔色が消えた。

「違う……」

 青い顔で亮が言う。

「違う違う。違う違う違う違う。彰はいる。彰は生きてる。彰は生きてる。彰はいつも私の傍に、隣にいた。私の隣りで彰は笑ってた。あの時だって笑ってた。私の隣りで彰は笑ってた。私の隣りで、彰、は……」

 震えながら、いきなり息継ぎすらせずに一気に口に出す。

「りょ」
「私は彰を。私は彰を。私は彰を。私は彰を。私は彰を。私は彰を」

 うわ言のように呟き始めたその言葉にアレフは恐怖さえ覚えた。

 風が、その場を吹き抜けた。
 風?
 ここは室内だ。
 風が起きる筈がない。
 それなのに、風は一層強くなって室内を、アレフへと吹き抜けてゆく。
 その言葉を吐き出す度に。

「私は彰を。私は彰を。私は彰を。私は彰を。私は彰を」



「…………私は彰をっ!!!」
「―――っ!?」

 叫び声と同時に、より一層強い風にアレフは吹き飛ばされた。
 扉に叩きつけられ、ずるずるとその場に座り込む。

「私は彰をっ!!私は彰をっ!!私は彰をっ!!私は彰をっ!!私は彰をっ!!」

 台風並みの風が室内を吹き抜ける。
 あまりの強風に家具などが倒れ、窓硝子が割れた。
 アレフは腕を掲げて身を守る。
 大量の硝子の破片が外に、室内に降り注いだ。

 アマデウスは叫び続けていた。
 風も止むことなく、それどころか一層強く吹き続けていて。
 硝子の破片で血だらけになった腕をそっと降ろして周りを見る。

 倒れた家具が、硝子の破片がそこら中に散乱していた。
 室内にある窓の殆どが割れていて、外の様子が見える。
 外では脇道にいた通行人が中の様子に気付き始めて悲鳴をあげている。

 亮は硝子の破片でそうなったのか、アレフよりも無数の切り傷があった。
 体を丸めて耳を塞いでいたので特に腕が酷い。

「おいっ!!何があったっ!!」

 硝子のなくなった窓枠からアルベルトが覗き込んでいた。

 ―――早く何とかしねぇと……

 けれど、扉に叩きつけられたダメージが思いのほか強く、動くことすら出来ない。
 それに仮に動けたとしても室内はガラス破片が散乱していて、歩けば確実に足が血だらけになってしまう。
 こうしている今もアマデウスは叫び続け、風は一層強く吹いている。

「アレフっ!!!」

 扉を蹴破ってきたのはトーヤだった。
 室内の惨状に流石のトーヤも息を呑んだ。
 けれど硝子片を踏みながらも、すぐさまアマデウスの元へ駆け込む。
 両腕を掴み、塞いでいる耳から引き剥がした。
 その顔は、今も伝う涙で濡れている。

 同時に再び風が残りの窓硝子を割った。
 硝子片が外に、室内に降り注ぐ。
 暴れるアマデウスを庇い、その分の硝子片もトーヤが受けた。
 頭部から無数の血が伝う。

「落ち着くんだ、亮っ!!」
「違うっ! 違うのぉっ! 彰はっ! 彰はぁぁっ!!!」
「傍にいるっ!!!」

 叫ぶと同時に暴れるアマデウスを抱きしめた。
 それを聞いた途端、アマデウスは止まり、風も止んだ。

「彰は傍にいる。彰がお前から離れるわけがないだろう。今は席を外していて偶々いないだけだ。だから、彰はちゃんとお前の傍にいる」
「…………トー、ヤ……」

 アマデウスは微笑んだ。
 花開くような笑み。
 安心したのか、そのままアマデウスは気を失った。

 漂う鉄臭い血の臭い中に、僅かながらスクルドの花の匂いがした。










「やっと落ちついたな……」

 トーヤは溜息を吐いた。
 駆けつけた自警団が帰ったのは先程の事だ。
 そして亮は今、怪我をして両腕などに包帯を巻かれ、ソファで眠りについている。

「――ったく、幸せそうな顔して眠りやがって……」

 亮の頬に触れるアレフの右腕にも同じように包帯が巻かれていた。

 先程まで本当に大変だった。
 あの騒ぎで野次馬が集まってしまい、アルベルトにまで惨状を見られてしまった。
 そうなると当然他の自警団も呼ばれ、何があったのか尋問される羽目になってしまった。
 勿論、亮の多重人格の事を話す訳にはいかないので、怪我の手当てが先だと自警団を何とか帰し、ドクターの怪我の方が酷いだろうと言うアレフを置いて先に亮の手当てをし、トーヤ自身の手当てをし、アレフの手当てをし、診察室と医院の周りを片付けた。

「すまなかった、アレフ。今回は俺の判断ミスだ。おまえがいるからと油断していた。俺が部屋から出なければ……」
「い、いいってっ。ヘマしちまった俺にも責任あるし…」

 トーヤの謝罪に慌てて弁解する。
 あのトーヤに謝られるとは思ってもみなかったのだ。

「結局、アマデウスがいってた彰ってどんな奴なんだろうな…」
「分からん。だが分かったことが二つある。一つは亮の父親はすでに他界している可能性があるということだ」
「可能性があるって、もう100%決まりじゃねぇの?」
「おまえは自分の父親を名で呼んだりするのか?」
「あ……」
「今のアマデウスは自分が持っている亮の記憶を自分の記憶だと思い込んでいる。ということは亮の父親である散という男を自分の父親と思い込んでることになる。相応のことがない限り父親を名で呼ぶ ことはないだろうし、自分の子に名で呼ばせる父親もいないだろうからな。同姓同名の別人という可能性もありえなくはない」

 言い分に納得することができた。
 確かに父親を名で呼ぶ子はいないだろうし、自分の子に名で呼ばせる父親もいないだろう。

「そうしてもう一つは、その散という男の死に亮と彰という奴が深く関係しているということだ」
「他にもあるぜ。亮はその彰とかいう奴に何か負い目を感じてる。それから亮は、彰っていう、奴を私は彰を」



『ずっと、一緒よ』



 何故か分からないがそれ以上は言葉が続かなかった。
 アマデウスが言った彰という奴は一体何者なのだろうか。

 ―――名から察するに、男?

 その事がアレフの頭を占めていた。

 解っている。
 亮が、スクルドじゃないことくらい、ちゃんと解っている。
 それでも



『ずっと、一緒よ』



 スクルドと同じあの笑みに、アレフは何かを感じていた。





END


亮祐:管理人です。この話、副題と設定とセリフを変えることでやっと本館にて日の目にあたることになりました!ワーイ♪ゝ(▽゚*ゝ)(ノ*゚▽)ノワーイ♪
翔:流れは殆ど変わってないな。
亮祐:うん、流れはね…。再度修正して後半部分を結構変えました。診察室の惨劇。錯乱シーンを書いてる時が一番楽しかった☆.。.:*(//∇//) .。.:*☆ウットリ
翔:趣味悪ィッ!!
亮祐:彰がいったい誰なのか。アレフが恋焦がれてる方も誰なのか。気になる所ですがこの辺で。


BGM:日光浴/「TAM Music Factory」
    命の儚さ/「煉獄庭園」
    無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ ソナタ第1番 4.PRESTO/作曲バッハ 「トオリヌケデキマス」
    平均律クラヴィーア集第1巻 プレリュード第2番/作曲バッハ 「トオリヌケデキマス」
    月の涙/「G2-MIDI」

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