EMPTY A CONCEPTION

a prison an event

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 四月末の休日、休業の医院にトーヤと亮の姿があった。

「最近はどうだ?」
「はい、まあまあです」

 トーヤはいつもの白衣を着、椅子に座っている。
 亮は休日だからか、アリサから借りた大きめの服ではなく初め来ていた服を着て椅子に座っていた。

「それで、今日も催眠術をするんですか? なかなか現れてくれないってきいてるんですけど……」

 不安そうに亮が尋ねる。
 亮の言う通りだった。 カウンセリングも今日で四回目だというのに、自分の腕が未熟なのか亮の中の『交代人格』は一向に姿を現そうとしない。
 そしてトーヤは一つ気になっている事があった。

「その前に一つ確認しておきたい。」

 そこで一度、落ち着くために深呼吸をし、尋ねた。

「あの時、いったいあの牢の中で何があったんだ?」
「!」

 ビクッと亮の体が震える。
 あの時は『交代人格』が亮を傷付けようとしたのでそれ所ではなかった。
 出来るだけ思い出さないようにしていたことぐらいトーヤにも分かっている。
 それでも、訊かなければならない事だ。

「思い出したくない事ぐらい俺にもわかっている。だが、このままでは牢での殺人の疑いもかけられるぞ。そうなればあの保釈金だけでは足りなくなるだろう」
「そして、アリサさんにも迷惑がかかる……」

 亮は悲しそうに目を伏せた。

「すみません、ドクター……」
「どうしても話せないのか?」
「アリサさんに迷惑がかかるってことは解ってます。でも……!」

 亮が懸命な表情で顔を上げた。

「…………解ら、ないんです」
「解らない?」
「思い出せないんです。あの時、牢で何があったのか。どうして、俺だけが無事だったのか」

 何故あんな事になっていたのか解らなかった。
 アルベルトに牢に入れられてしばらく経った後、三人の自警団員がやって来て。
 そして…?
 気付いた時にはアレフの腕の中だった。

 という事はその三人は亮が思い出せない空白の時間の間に殺されたのだ。
 問題はその三人を殺したのが何処の誰なのか。
 それとも、亮の中の交代人格なのか。
 そして何故その間の記憶がないのか―――。

「解った。その間の記憶を取り戻すことも今後の課題だな」
「はい」
「……じゃあ始めるぞ? いいな?」
「………………」

 問いかけに、亮は無言で頷いた。
 これから四回目のカウンセリングが始まろうとしていた。










「本当、ですか?」

 自警団事務所の前でトーヤはリカルドに尋ねていた。

「ああ、ついさっき亮くんが牢で何が起こったのか話してくれたんだ」
「何が起こったのか本当に答えたんですね?」
「ああ」
「亮は何と?」
「すまないが捜査上の秘密だ。いくらドクターでも答えることは出来ない」
「そうですか…。では私はこれで」

 会釈をしてトーヤはその場を去った。
 その帰り道、思考を巡らした。

『…………解ら、ないんです。思い出せないんです。あの時、牢で何があったのか。どうして、オレだけが無事だったのか』
『ついさっき亮くんが牢で何が起こったのか話してくれたんだ』

 あの時は思い出せないと答えていた。
 あの言葉に嘘はない。
 だがリカルドには何が起こったのか話したようだった。
 だとすると……。

「交代人格、か……」

 交代人格は亮が表面に出ている時出ていない時も記憶も持っている。
 あの時、亮本人が気を失っていたとしても交代人格が出ていたなら、交代人格があの時の事を覚えている筈だ。

 ―――やはり油断はできない。

 改めて実感したトーヤは気を引き締めながら医院への道を歩いていった。





END


亮祐:管理人です。迷いに迷っていたカウンセリング風景。忘れてもらうことで解決いたしました。
翔:いいのか? それで。
亮祐:いいんです。とりあえず交代人格たちとリカルドさんは知っているので。後々、リカルドさんに話してもらいましょう。ではこの辺で。


BGM:命の儚さ/「煉獄庭園」

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