EMPTY A CONCEPTION

リトル  2

モドル | トジル | ススム

 シーラの家はエンフィールドの丁度西にある屋敷だ。
 指揮者の父にプロのピアニストを母にもつ、有名な音楽一家。
 典型的なお嬢様だ。
 家の庭には美しい薔薇が咲き誇る庭がある。

 今、その庭にはアレフとシーラとトリーシャ。
 そして別人格リトルとなった亮がいた。
 メイドが用意してくれたお茶を飲みながらリトルのことを聞いていた。
 年齢は8歳。
 性別は女。
 出だしは好調だった。

「え〜っと、後は……」

 けれどすぐに詰まってしまった。
 情報といわれても何を聞き出すべきか……。

「そうだっ! ここに紙と色鉛筆があるから自分の顔描いてみてくれる?」
「うん、いいよ。このまえもトーヤおにいちゃんにかいたんだよ」

 トリーシャから紙と色鉛筆を受け取り握りこぶしで握ると、リトルは楽しそうに自分の似顔絵を描き始めた。

「どういうことだよ?」
「ボクも図書館の本で勉強したんだ。元の人格を主人格、別人格を交代人格っていって、人格によって自分の顔が違うんだって。交代人格のときに鏡とかで顔を見るとその交代人格の顔で見えるらしいよ。もちろん他の人には主人格の顔にしか見えないけど」
「じゃあこの場合、亮が主人格でリトルや守理が交代人格か…」

 やはり、多重人格と戦うには多重人格についての知識や情報が必要ということだ。

 ―――俺も勉強しねぇとな

 今度図書館でそれ関連の本を探すことにした。
 そうしているとリトルが色鉛筆を置いた。

「できたv ほら」

 リトルが書きあがった似顔絵をトリーシャに渡した。
 似顔絵は亮の顔を幼くした感じだ。
 ちょうどアレフが亮の家から持ってきた写真に映っている子供と同じだった。

「これがリトルの似顔絵なの?」
「うん。でも……」

 急に、リトルは元気なさそうに俯いた。

「そとにでてるときはリトルのおかおじゃなくて亮ちゃんのおかおなの……」
「トリ〜シャ〜ァ?」
「あはは。これも本にあったけどそうじゃない場合もあるんだって……」

 トリーシャは冷汗をかいていた。

 ―――だったらそれもさっきいえって……

 アレフは溜息を吐いた。
 変わって今度はシーラが質問を始めた。

「リトルはどうしてそうなるんだと思うの?」
「おかおのこと? ……リトルが、にせものだからだとおもう……。千里おにいちゃんがいってた。“リトルも僕も偽者で、本物は亮なんですよ”って」
「じゃあ外・中っていうのは」
「そとはここ。なかはリトルや千里おにいちゃんたちがいるところ」

 外というのは俺達が普段生活している所、中は亮の精神世界というだろう。

「中はどんなところかしら?」
「おっきなおへや。まってて、いまかくから」

 リトルは別の紙に大きな四角形を書き出した。
 その両脇に五つずつ、計十個の小さい四角形もある。
 どうやら中の全体図らしい。

「これが中なの?」
「そう。おっきなおへや」
「この両脇のも部屋なのね?」
「うん。みんなのこしつ。それで、ここがリトルのおへや」

 リトルが指差した個室は右側の一番手前だった。

「じゃあ、他のみんなの部屋は?」
「ん〜? えと…千里おにいちゃんが“きかれても知らないっていってください”っていったから、しらない」

 リトルを除く全員がズッこけた。
 全員が思った。
 リトルは天然だと。
 ここは一番最初に話をしたトリーシャに変わることにした。

「亮さんの部屋もあるんだよね? どれなの? それもいえない?」
「それならいえるよ。ここv」

 指差したのは左脇の一番手前。
 亮とリトルの部屋は向かい合わせだった。

「他の人たちとはどこで話すの?」
「おっきなへやのまんなか。でもまだみんなとはなしたことはないよ」
「その人たちの名前は?」
「千里と守理と……あとはいえない」
「そっか……。じゃあ亮さんと話したことはあるの?」
「ううん。亮ちゃんいつもねてるから」
「いつも?」
「うん。なかにいるときの亮ちゃんはいつもへやでねてるから。おきてるとこみたことない」

 ああ、だから亮は別人格達のことを全く知らないのだ。
 多分中のことも知らないのだろう。

「ねぇ? リトルからもしつもんいい? おねえちゃんたちってトーヤおにいちゃんのおともだちだよね?  なんていうの?」
「ボクはトリーシャっていうんだ。こっちの黒い髪の子はシーラ。銀髪のおにいさんはアレフさんだよ」
「……おにいちゃん、アレフっていうの?」
「え?ああ」

 リトルはじっとアレフを見つめた。
 手を伸ばして、銀色の髪に触れる。

「きれーなかみ…。千里おにいちゃんが刹那ちゃんとまちがえちゃうワケだよね…」

 そしてアレフの膝の上に座り、ギュッ、と抱きしめた。

「刹那……? 刹那って?」
「あっ! 刹那ちゃんのこといっちゃった。“まだいうな”っていわれてたのに」

 ぎゅっと、アレフの袖を握り締める。
 叱られるのが怖いのだろう。

「大丈夫、大丈夫。誰も怒ったりしねぇって」

 安心させるためにリトルの背中をぽんぽん、と軽くたたいてやる。
 リトルはぎゅーっと抱きしめ返した。

「なあ? さっき青い服のお兄さんがいたよな? アルベルトっていうんだけど、そいつのすねを蹴ったのは亮か?  それともリトルか?」
「……リトルじゃない。リトルがでたときにはもういたがってたもん。でも亮ちゃんでもないと思う」
「じゃあ誰だと思うんだ?」
「……リトル、ちょっとだけやくそくやぶるね。夢具おにいちゃんだとおもう」

 ぽつぽつとリトルは話し始めてくれた。

「ユメグ?」
「夢具おにいちゃんつよいの。千里おにいちゃんといっしょに亮おにいちゃんをまもってるの」

 推測するに亮の身に危機が迫った時、外に出て危機を撃退する人格。
 それが夢具なのだろう。

「夢具にそれだけの力があるってことは、亮もそうだってことだよな」
「あ、それは違うと思うよ。“人格によって能力が異なる場合がある”って本にあったし。夢具さんが出てるときじゃないとそれだけの力が発揮されないんじゃないかな?」

 解離性同一障害には様々なケースがある。
 主人格がひ弱でも、ある交代人格が表に出るととてつもない力を発揮するという場合もあった。

 ―――なんか、ややこしいいな……

 アレフはこんがらがりつつあった。

「でも、リトルはいや。あんなことするために強いなんていや……」
「あんなことって?」
「……いえない。いったらみんな亮ちゃんのこときらいになる……」

 リトルは再び、アレフをぎゅーっと強く抱きしめた。

「それに、リトルねむくなったからもうかえるね」
「あっ! ちょっとまってっ!」

 リトルの言葉でトリーシャが声を上げた。
 一つ気になることがあった。

 ―――ひとりでいると、サンのことおもいだすから……

 ローズレイクで出会った時、リトルが言っていた。

「初めて話したときにサンのことおもいだすからっていったよねっ!? サンって誰なのっ!?」
「……亮ちゃんの、おとーさん……」
「お父さん? サンていうの?」
「うん……」

 リトルは目を瞑り、次第に意識は遠ざかっていった。

「リトル……?」

 アレフが呼びかけると、紫電の瞳はぱちぱちと瞬きをした。
 そして今の現状を知った。

「あ!?」

 慌ててアレフの膝の上から降りた。

「あのっ、その……ごめんアレフ…………」

 語尾に近付くにつれて声が小さくなっていく。
 その顔は真っ赤だった。

「いいって」

 生娘のような反応が可笑しくて思わず吹き出した。
 間違いない。本物の亮だ
 そう確信できた。

「……ここは?」
「シーラの家の庭だよ」
「こんにちわ、亮くん」
「ボクもいるよ」

 すぐ傍にいたシーラとトリーシャに亮は頬を赤らめて挨拶した。
 先程の状況をみられた気恥ずかしさだろう。

「なんで、シーラの家の庭に……?」
「実はさっきまで別の亮くんと話していたの」
「結構いろんなこと聞き出せたよ。今日会ったのはリトルっていって……」

 リトルのことを話そうとしたその時、向こうからメイドが近付いて来た。

「シーラさま、自警団のアルベルトという方が……」
「探したぞ、亮っ!」

 メイドの後ろから現れたのはアルベルトだった。
 どう見ても完全にキレていた。
 アルベルトは亮の元まで近付きながら話を続けた。

「よくも恥をかかせてくれたなっ! そんな小さい形のドコにあんな力があるんだっ!?」
「え? なんのこと?」
「とぼけるなっ!これを見ろっ!」

 アルベルトは裾を捲り上げた。
 蹴られた脛は痣になっていた。
 この痣だと今でもかなり痛むだろう。

「うわー、いたそー……」
「まぁ……」

 トリーシャもシーラも、思わず声にしている。
 戸惑って亮が話し出した。

「オレがしたの?」
「だからとぼけるなっ!おもいきり蹴りやがってっ!」
「……俺、知らない。だってまだ朝起きたばかりなのに」

 亮の言葉でアレフの思考が一瞬止まった。

「本当かよ? それ」
「だって、二階から降りたらアリサさんがいたから声かけようと思ったのに、ここでアレフの膝の上だったから……」

 亮の顔が青くなった。
 アリサさんを口説けと言ったのも別人格だったのだ。
 よく考えてみたら亮がそんな事を言うわけがない。
 何故気付かなかったのだろう。

「なんだぁ〜? またシラをきるってか? グダグダいってねぇで勝負しろっ! シラをきる気なら力ずくで思い知らせてやるっ!」
「ダメだよ、アルベルトさんっ!」
「おちついてくださいっ」
「二人とも悪ィっ! あと頼むっ!」

 とりあえずこの場はトリーシャとシーラに任せ、亮の手を引っ張って逃げ出した。
 “別人格がしたことだ”と言ってもアルベルトには通用しない。
 それにトーヤも言っていた。
 まだ手探り状態だ、と。
 知られるわけにはいかなかった。
 アレフと亮が去ったシーラの家の庭からは悔しそうなアルベルトの声が響いた。





END


亮祐:管理人です。今回はアレフのおかげで情報を聞き出すことに成功。アレフがいなければ刹那や夢具の名は聞き出せなかっただろうし。 「incomprehensible speech and behavior」でも話しましたが、前はこの別人格の名はリトルではなく、愛藍でした。変えてしまった理由は設定が一部追加したから、そしてこの名前がアーミン漫画の「タンバリン」に出てくる悪役の名だったからです。
翔:しょうもねぇ!!
亮祐:ちなみに、アルベルトは今回の件で亮をライバル視するようになります。それからアレフの髪は公式設定では白髪とありましたがここでは銀髪にしてます。はじめて見た時、銀だと思ってたんです。これが銀じゃなく白ならシャドウの髪は汚い白ってことになるじゃねぇかという話ですな。
翔:汚いいうなって!
亮祐:次はトーヤによるカウンセリングなのですが、どう直していこうかと試行錯誤真っ只中です( ̄ω ̄;)アセアセ…ではこの辺で。


BGM:命の儚さ/「煉獄庭園」

モドル | トジル | ススム

-Powered by 小説HTMLの小人さん-