クラウド医院の診療室にアレフ、エル、シーラ、トリーシャがトーヤと向き合って座っている。
「いい加減話してくれよ、ドクター」
アルベルト、リカルド、アリサの三人 とテディに自警団事務所に残ってもらい、クラウド医院に着いたアレフ達は亮を隣の病室へ寝かせ、トーヤから話を聞こうとしていた。
だがトーヤは中々口を開こうとしなかった。
「ワケくらい、説明してくれたっていいだろう?」
「そうだよ。気になっちゃうよ」
「クラウド先生、私からもお願いします」
渋っていたトーヤだったが真剣な四人の表情に先ほどの続きを話し出した。
「バラを見たとたん、亮は豹変した」
「豹変……?」
「しゃべり方もしぐさも乱暴になった。まぁしばらくしたら元に戻ったが、まるで別人だった」
「そういえば…私もそうだったわ。ハンカチを届けに行ったとき“本当に同じ人なの?”って、一瞬疑ってしまったもの」
「そういわれてみればボクもそうかも…。本当に幼い子供ってカンジだったし……」
本当にそんなことがあるのだろうか?
だが信じるしかなかった。
アレフも、その豹変した亮を牢の中で垣間見たのだから。
「覚えてない記憶、豹変、豹変する直前に訴える頭痛。豹変した時のことは決まって何も覚えていない。以上のことから俺は推測した。おそらく、亮には記憶喪失以外に隠されたもう一つの病がある」
「ドクター、いったいなんなんだい?その病ってのは」
「それは……」
皆の耳に扉が開いた音が届いた。
振り向いてみると、そこには隣の病室に寝かせておいた亮が立っていた。
「亮、目ェ覚めたのかっ!?」
声をかけても、亮は何も言わない。
ただトーヤを見つめるだけ。
「はじめまして、ドクタークラウド」
亮の第一声だった。
一瞬、何を言っているのか解らなかった。
「亮じゃないな。おまえは誰だ?」
「私は守理よ」
「女の人格か?」
「ええ」
「ちょ、ちょっとまてよっ!何なんだいったいっ!」
訳が分からず、アレフは思わず叫んでしまった。
何度か顔を会わせているトーヤに始めましてと言ったり、守理と名乗ったり訳が解らない。
混乱するアレフ達にトーヤが説明を始めた。
「いいか? 今の亮は亮であって亮じゃあない」
「どういう意味だよ?」
「亮の病は……」
「解離性同一性障害」
口を開いたのは守理と名乗った亮だった。
「ドクタークラウドがいった通りよ。亮のもう一つの病名は“解離性同一性障害”。“多重人格障害”ともいうそうね」
その言葉をアレフは信じられなかった。
そんなもの本の中だけだと思っていたからだ。
解離性同一性障害。またの名を多重人格症候群。
簡単に言うと一つの体に複数の、全く異なる別人格が発生してしまう精神の病だ。
「信じられないんでしょう? わかるわ。私もそうだったから。それにこの病はまだ報告数が少ないもの」
「よく知っているな」
「亮のことだもの。私なりに調べたわ。それよりドクタークラウド、あなたなりの考えを話したらどう?」
守理の言葉にトーヤは黙り込んだ。
アレフ達も守理の言葉画の意味が分からない。
「……いいわ。あなたにいう気がないなら私がいってあげる
。今回起きた美術館盗難事件。容疑者である亮にはそんなことをする動機なんてないし、第一記憶を失って不安定な状態でそんな大それたことできるワケがない。けれど目撃証言では亮だと断言されている。なら――」
「もし、亮の中の誰かがやったことだとしたら……?」
「おいっ!本当かよ!?ドクターー!」
守理の言葉にアレフもトーヤに答えを求めた。
「……守理のいう通りだ」
観念したようにトーヤが話し出した。
「それをはっきりさせるためにも、亮を治療しようと思っている」
「? どういうことだ?」
その意味がアレフには分からなかった。
治療すればはっきりするとはどういうことだろう。
察しの悪いアレフにトーヤは溜息を吐いた。
「普通なら過去と現在は統一した一本の線のように記憶でつながれている。自分の意思でどの記憶も思い浮かべることができる。おまえも小さい頃どこに住んでいたか思い出せるし、当時の友人や近所の光景を思い浮かべられるだろう?」
「ああ……」
アレフは小さい頃のことを思い出してみた。
『今日から此処で暮らすんだね』
小さい頃、越して来たエンフィールド。
『大丈夫よ』
そう言って逝ってしまった母。
『行ってくるよ』
そう言ったまま、帰ってこなかった父。
『未来で、逢いましょう』
そして、恋した女―――。
「だが多重人格者はこれができない。ある記憶は意識から切り離されてしまっているからだ。その解離した記憶は別の人格がもっている。多重人格の治療はすべての人格を統合させ、解離した記憶を戻すことにある」
「つまり人格が一つになったら盗難事件の時のことも思い出せる、亮がやったかやってないか解るってことか!」
それに、もしかしたら別人格から取り戻した記憶がきっかけで無くした記憶も思い出せるかもしれない。
そう考えたアレフはいきり立った。
二人の会話を聞いていた守理も決断した。
「……決めたわ。私はあなたたちにできるかぎりの協力をしてあげる」
「本当かっ!?」
「よかった〜」
「これで一歩前進したのね」
守理の言葉にアレフ、トリーシャ、シーラが安堵する。
けれどトーヤとエルは違っていた。
「だができるかぎりってことは……」
「すべてを話すことはできないということか?」
「ええ。私はまだあなたたちを完璧に信頼したわけじゃないもの。時間をかけて見極めさせてもらうわ」
どうやら守理は疑り深いようだ。
けれど協力してくれることに変わりはない。
早速トーヤが質問した。
「今、亮の中には何人いるんだ?」
「それは……まだいえない」
「なぜだ?」
守理は目を細め、話し始めた。
「……いつもアイツが聞いている。亮の中で身を潜めるようにしてじっと監視してる。アイツに隙を見せたらそれが最後。あなたたちも、そのうちに、殺されるかもしれない」
「アイツってのは、別人格のことか? 簡単には信じられない話しだね」
言ったエルに守理は視線を向けた。
「本当よ。現に亮も、殺されかけた」
「えっ?」
アレフの脳裏に先日ジョートショップで亮が手首を切った出来事が浮かんだ。
―――じゃあ、あれも別人格が……
今思えば亮は手首を切ったことを覚えていないと言っていた。
間違いないだろう。
「この前、ジョートショップで手首を切ったのはその“アイツ”が?」
「それはアイツの仕業じゃなかったけど、危ないところだった……」
やはりそうだった。
トーヤが再び質問した。
「亮は気がついたら戻っていたといっていたが、手首を切った人格と入れ替わって出てきたのはおまえか?」
「……それに答える前に一つ質問させて。あなたたちは今まで亮の中の何人と会ったの?」
逆に聞かれてアレフ達は思い出し、思い当たるのを言い出した。
「え〜と、俺が公園で話したのもそうだよなぁ?」
「あとボクがローズレイクで会った子。確か『リトル』っていってたよね?」
「あとハンカチを貸してくれた亮くんと……」
「昨夜出てきた人格、先程の人格だ。もしかしたら両方は同じ人格かもしれないが」
「……私を入れて6人と会ったのね。でも、もう一人忘れてない?」
もう一人といわれてアレフはもう一度思い返してみた。
けれど該当する記憶は出てこなかった。
「肝心な人格を忘れているわ。始めてこの医院で出会った千里のこと……」
「えっ? じゃあ、あの時の亮は……」
「亮じゃあないわ。今の亮と口調も違うし。それに、あの時にはすでに記憶を失っていたの。多重人格の事を知ったときに気づかなかったの?」
全然、気付かなかった。
医院での亮は記憶を失う前の本来の亮だと思っていた。
それに、何より亮にあの人の面影が重なって考えが至らなかった。
「私は……あまり長い時間、外には出られないのよ……」
守理の言葉が途切れ始めていた。
陽のあたる丘公園の時と同じだ。
それに気付いたアレフが亮の肩に手を置いた。
「中の皆も、これを聞いてるわ。だから、早く、皆、と……」
亮が力を無くし、アレフが支えた。
呼びかけても返事がない。
「外に出る人格がいなかったんだろう。だから気を失ったんだ」
トーヤの言葉を耳にしながらアレフは自分の腕の中で気を失っている亮を見詰めた。
この亮の中には守理という女の別人格がいる。
いや、守理だけではない。
他にも六人もの人格がいる。
今まで話してをした守理。
始めてクラウド医院で出会い、ジョートショップでは滴る血をおさえてくれていた人格。
公園で写真の人物の名を教えた人格。
夕闇の中、ローズレイクで蒲公英を編んでいた人格。
エレイン橋でシーラにハンカチを貸した人格。
トーヤが会ったという人格。
そして、先程牢屋での人格。
これほどの人格が亮の中にいるのだ。
「このこと、亮には……?」
「夜中、別人格と話した後に話しておいた。ただ“亮の中に別の亮がいる”と話しただけだがな」
トーヤはトリーシャと向き合った。
「トリーシャ、フォスターさんにはまだ黙っててもらえないか?俺もまだ多重人格については情報しかない。ハッキリいって手探り状態なんだ」
「うん、わかった」
「ドクター、俺にも、何かできることはないのか……?」
こうなった以上、放っておくわけにはいかない。
自分も亮と戦いたいたかった。
この別人格達と。
シーラとエルも同じようだった。
「……一つだけある。というより、おまえたちに頼みたい。別人格達は幾度となく外に出てくるだろう。そして何をしでかすか分からない。だからできるかぎり亮の傍にいてやってくれ。別人格が出てきたら話をして、自分たちを“味方だ”と思わせてほしい。解離性同一性障害の治療はまず別人格からの信頼を受けることから始めるんだ。そして亮の事でも、別人格の事でもなんでもいい。情報を引き出してくれ」
トーヤの言葉に全員が強く頷いていた。
亮本人が目覚めたその後、アリサさんとテディにも事情を話した。
そしてジョートショップを担保に保釈金を借りて払った事を知った。
期限は一年。
それまでに亮は多重人格の問題を何とかして真相を突き止めると同時に街の信頼を得て金を貯めなければならない。
悩む亮にアレフ達は協力することを話した。
何が何でも、今は前へ進むしかないのだから。
END
亮祐:管理人です。自分のところの1stくんも多重人格症候群だという人手を挙げてーーー!……いないですな。
翔:当たり前だよ。
亮祐:書き直し以前はインターネットで調べたり、ダニ○ル・キ○スの「24人のビ○ー・ミリガン」や「五○目のサリー」を読みふけったり、
「マ○ア〜君たちが生まれた理由〜」プレイしたり、2時間特別番組見たりして学習した知識で書いてましたが、これからは
前にフジでやってた「妻は多重人格者」の知識も踏まえつつ、オリジナルでやっていこうと思います。ではこの辺で。
BGM:命の儚さ/「煉獄庭園」