EMPTY A CONCEPTION

亮  4

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「なんなんだよっ!この山道はっ!!」

 アレフの声が周辺に響いた。
 あまりの大声に亮に抱えられているテディが耳を塞いだ。
 今、アレフ達がいるのは誕生の森という名の森林地帯、というよりも樹海と行ったほうが相応しい場所だ。
 幾重にも生い重なる木の層によって昼でも薄暗く、さすがの文明の光でもここまでは全く届かない。
 様々な怪異や魔物の類が跳梁しているという噂は後を絶えず、ここに入って狩りを行うのを本気で嫌がる猟師等もたくさんいる。
 歩いている道も道らしい道ではなく草が覆い茂っている。
 おかげで全員の体中は雑草等による切り傷だらけになっていた。

「た、確かにこれはちょっと痛い……」

 目に涙を浮かべながらも亮が頑張って歩いている。
 膝まであった髪はあの後アリサが綺麗に切り揃えてくれたおかげで襟位までになっていた。
 余談だが、髪を切り揃えて貰った時に本当はショートを希望したが「長い方が似合うから」とアリサに笑顔で押し切られたという出来事があった。
 いらつくアレフに草を払うトーヤが告げた。

「アレフ、正確にいえばここは山道ではない。森だからな」
「――ったく、また化粧が落ちるな……」

 こんな時でも化粧の心配をする辺りアルベルトらしい。

「ひゃあっ! 痛いっスっ! せめて鎌でもあればいいんスけどっ……」
「ねぇもん欲しがったってしょうがねーだろ!」
「はい」

 差し出されたのは鎌だった。
 亮の手に数本の鎌が収まっている。

「どうしたん、ですか?」

 いつまでたっても受け取らないアレフを不思議に思っているらしく、首をかしげている。
 それはそうだろう。
 今まで何も持っていなかった筈の亮の手に今欲しがっていた鎌があるから。

「それは……?」
「あ、これですか? テディとアレフさんが欲しがってるみたいだから、俺も欲しいって思ったらこれが……」

 召喚魔法でも使ったのだろうか。
 とにかく、鎌を受け取った。
 全員に鎌を渡し終えた亮が周りに生えてる邪魔な草や木の根っこを刈りながら進み始める。
 呆然とアルベルトとトーヤは亮の後姿を見つめた。
 亮の手の中に現れた鎌。
 それは何処からどう見ても鎌で、草も斬れる。
 しかし召喚魔法というのはこの辺りでは精霊魔法といい、ウンディーネ・ティアズやイシュタル・ブレス等がそれにあたる。
 術者が精霊に発声して呼びかけることによって行使される魔法だ。
 物体を召喚するなんて事はありえない。
 それに、魔法を発動させるには自分の求める結果を満たしてくれる最も適切なプレーンにアクセスし、道を開通させてコントロールし、手に入れた力を望む結果を発生させる効果に変成させなければならない。
 先程の亮からはそのやり取りをしたようには感じなかった。

 アレフも亮の後姿を見つめていた。
 けどそれはトーヤやアルベルトと同じ理由ではない。
 その後姿も、恋した女と同じだったから。
 その時、亮がいる脇から葉が擦れ合う音が聞こえた。

「――っ! 誰だっ!」

 いち早く反応したアルベルトがそこへ向かって槍を投げる。
 驚いた亮が後ずさり、アレフにぶつかった。
 亮の肩を受け止めたアレフが固まった。
 亮から、微かながらスクルドと同じ匂いが香ったから。
 花の香り。
 うっとりするような。

 草むらから、人影が出てきた。

「おまえたち、何やってるんだ?」

 姿を現したのはマーシャル武器店のエルだった。
 緊張していたアルベルトが安堵の溜息を吐いた。

「なんだ、おまえか……」
「なんだじゃない。自警団が一般市民に向かって槍を投げるなんて、どういうつもりだい?」

 怪訝そうなエルがこちらを見る。

「それに、大の男三人と一匹が女の子とこんな所に来るだなんて……」

 エルの言葉に、4人と一匹は互いを見回した。
 今この場にいるのはアルベルトとトーヤとアレフとテディ。

「オレ……?」

 そして目を丸くしている亮。
 全員の視線が亮に集中していた。
 乾いた笑いが起こった。

「な、なんなんだ?いったい」

 四人と一匹の反応に何も知らないエルは戸惑う。

「エル、そいつも男だ」
「えっ!?わ、悪かったね……」

 手に頭をやっているトーヤから訂正されたエルが慌てふためいた。
 肝心の亮は首をかしげている。

「あの、あなたは……?」
「あたしはエル。マーシャル武器店で住み込みで働いてるんだ」
「『エルフ』……?」

 亮は首をかしげている。
 エルフを知らないようだ。
 知らなくても不思議ではない。
 エルフは奥深い森を拠点として生きており、殆ど人目に触れることなくひっそりと暮らす種族だ。
 人間社会との交流はほとんどなく、極めて希な存在である。
 一般的な国民が一生のうち一度でもエルフを見る確率は1%にも満たないだろう。
 この辺でも珍しい種族だ。
 現にエンフィールドにエルフ族はエル一人しかいない。

「エルフってのは耳の長い、魔法を得意とする種族なんだけどこいつはまったくの魔法オンチ…」
「最後は余計だ」

 エルの拳がアレフの頭に命中した。

「……君、魔法使えないの?」
「あ? ああ。けどだからって見ず知らずの他人であるアンタにまで馬鹿にされる覚えは……」
「じゃあ俺と同じだね」

 亮が微笑みを浮かべる。

「俺も魔法得意じゃないから。だから、同じ」

 美しい、花開くような微笑。
 見惚れていたエルだったが恥ずかしくなって赤くなった顔を隠してた。

「さっき使ったじゃねぇか!」
「あ、鎌のこと? これは魔法じゃないと思う、多分」

 ―――だから違うよ。

 アルベルトに続けた亮は今だ微笑んでいる。
 普通なら納得できるわけが無い。
 けれどエルは納得していた。
 目の前の亮の美しい笑みが、嘘を吐いているように見えなかったから。

「ところで、おまえがなんでこんな所にいるんだ?」
「や、薬草を集めてたんだ。うちにあったストックが切れたからね。ここら辺ならタダで手に入る。そういうドクターたちはなんでここに?」

 トーヤはエルに今までの経緯を話した。

「ふ〜ん、『記憶喪失』か……」

 聞いたエルは亮を見つめる。
 この二人の身長は殆ど変わらない。
 亮の方が少し低いくらいか。

「なるほど…。おもしろそうだ。あたしも付いてってやるよ」
「「「「えっ!?」」」」

 思いがけないエルの言葉にアレフとアルベルト、テディが驚いた。
 他人にあまり干渉しないエルが自分から付いて行くと言い出すなんて思いもしなかったから。

「付いてきてくれるの?」
「ああ」
「……ありがとう」

 再び彼が微笑む。
 美しい笑みに、再びエルの頬が赤くなった。
 再び険しい道を歩き始める。
 ふと、前方を見てみると視界が明るく、更にその先は広場になっており洋館らしき館が見えた。

「おい、あれじゃねぇか?」

 アルベルトがその方角を指差し、皆を注目させる。
 かなり大きそうだ。

「あれが……俺の家?」
「多分な……」
「とにかく、先を急ごう」

 トーヤの言葉に頷いて皆は先にある屋敷目指して再び歩き出した。





 


亮祐:管理人です。構想がチョコット変わりました。修正しても「なんだよ、家に着かねぇのかよ」と言われそうな話です。今回はエルを出すのが目的だったので。エルも亮の虜になってしまいましたな。 魔法に関するものなんかとかもちょこちょこ付け足してみました。魔法がどういったものなのかというのは「mix」にある設定にて。次が亮の家を舞台に繰り広げられます。 では続きます。


BGM:幻想と霧の都/「G2-MIDI」

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