クラウド医院のDrトーヤ・クラウドがジョートショップに到着したのは15分後のことだった。
何故かリカルドは一緒ではなかった。
何でも、他に用があるということで事務所へ戻ったと。
とにかく今は傷の手当ての方が先決だったので気にはしなかった。
事情を聞いたトーヤは亮の傷を消毒して包帯を巻き終えたのを見てアレフが安堵の溜息をついた。
「傷が浅かったのが幸いだったな。これならすぐ治る筈だ」
「あの……」
不安そうな彼の声がアレフの耳に響く。
「これ……」
「これって、怪我のことか? まだ痛ェか?」
「そうじゃ、なくて……」
「……覚えてないんだな?」
彼に訊いたのはトーヤだった。
そんな筈無い。
つい先程の出来事だ。
けれどアレフも訊いてみる。
「そうなのか?」
「うん……。というより、ケガしたときのことも覚えてなくて…。気がついたらここに戻ってて、手首に包帯巻かれてたみたいな……」
「じゃあ、まさか髪のことも……?」
「え……? ああ!? 短くなってる! なんで!?」
髪を触って慌てふためく彼をアレフは凝視した。
つい先程の記憶がないなんて。
―――これも記憶喪失と何か関係があるのか?
考えたが何も解らなかった。
一方トーヤは白衣のポケットに入れていた紙を取り出した。
「それは?」
「フォスターさんから君に渡すよういわれたものだ」
不思議がっている彼に紙を渡す。
リカルドが医院に到着した時この紙を渡された。
これに書いてあることを彼に見せれば何か解るかもしれないと。
『できることなら、違っていてほしいがね……』
そう呟いて。
紙は綺麗に四つに折りたたんであった。
彼が紙を開く。
気になったアレフとアルベルトも後ろからその内容を覗き込んだ。
「―――で、なんて書いてんだ?」
「これは……漢字?」
紙には人の名前らしい漢字とエンフィールドのノースロットフェニックス通り方面の住所が書かれていた。
同じ漢字名の橘由羅なら読めるだろうけど残念ながら彼女は今ここには居ない。
「“リョウ”。え……?」
読み上げたのは彼だった。
「“リョウ”…。そうだよ! 亮! 亮! 変なの、自分の名前なのに……」
彼、いや亮は軽く笑う。
今の今まで自分の名前が分からなかったことが可笑しくて笑っている訳じゃない。
その笑みが痛々しかった。
「じゃあ、この住所はこいつの、亮の家住所か?」
「けど、同じ街の住民なら誰かが気付いてもいいはずだろ」
アルベルトの意見でアレフもそれに気付いた。
亮がエンフィールドの住民なら誰かが気付いただろう。
「それもその筈だな。ほら、よく見てみろ」
トーヤが指差しはのは住所だった。
読んでアレフの顔が引き攣った。
「こ、こりゃずいぶんと遠くだことで……」
「そんなに遠いの?」
アレフの様子を見た亮が目を丸くして住所を見た。
紙に書かれている住所はなんと、エンフィールドの北に位置する誕生の森の傍にあるメロディと橘由羅がすむ家より遠い所だった。
しかも森林地帯、というよりも樹海といった方が相応しい誕生の森の真っ只中。
これでは同じ街の住民が気付かなくとも不思議ではなかった。
紙を見つめている亮にトーヤは訊く。
「―――で、亮。これからどうする?」
「俺は……」
不安そうに亮は俯く。
けれど次の瞬間には覚悟を決めたように顔を上げた。
「そこへ行ってみます。もしかしたら、何か思い出すかもしれない」
意志の強い瞳がトーヤを見上げる。
美しい紫電の瞳。
トーヤはこの瞳に見覚えがあった。
「おっしっ! そうと決まればさっそく行くかっ!」
「え? 付いてきてくれるの……?」
「――ったりめーだろ? ここまできたらもう無関係じゃねぇよ」
「ありがとう、えっと……」
困ったような表情を浮かべる。
そういえば、アレフはまだ自己紹介をしていなかった。
「俺はアレフ。アレフ・コールソン」
「アレフ……」
「ありがとう、アレフさん」
礼をいって彼が微笑んだ。
その瞬間、アレフの顔が真っ赤に染まった。
笑んだ彼の顔にまたもあの人の面影が重なったから。
ただ面影を持つ彼に名前を呼ばれただけなのに、それだけで嬉しくてたまらなくなる。
「俺も同行させてもらおう。おまえは俺の患者だからな」
「ご主人様、ボクも行っていいっスか?」
「ええ、いいわよ。アルベルトさん、よろしくお願いします」
「は、はい!!」
他にトーヤ、テディ、そしてアルベルトの同行も決まった。
早速向かおうと亮が扉に手をかける。
「でも、その前に亮クンの髪を切りそろえてあげないと……」
「あ、そっか」
呟いて扉から手を離した。
―――まあ、このざんばらな髪で外には出られねーよな……
アレフが心中で渇いた笑いを浮かべた。
亮祐:管理人です。削れる所削ったらそれなりに短くなったのではないかと。そのかわりトーヤにも伏線が付加しましたが。では続きます。
BGM:命の儚さ/「煉獄庭園」