意識が覚醒していく。
目が覚めて初めに見たものは天井だった。
―――ああ、寝ていたんだ……
体を起こして周りを見る。
左側は最低限必要な家具がある殺風景な部屋。
右側は温かい日差しがそそいでいる窓。
外は人が歩いていて活気がある。
―――なんだか、歌いたい……
そう思った時には口が勝手に動いていた。
「まだかねぇ……」
呟いてアレフはアリサが出してくれた珈琲を一口飲む。
一人の男と出会ってから五日間、ずーっとジョートショップに入り浸っていた。
「女の子とのデートを断ってまで通い続けるなんてスゴイっス」
「それだけ気になってるってことよ、テディ」
テディとアリサも珈琲を一口。
最近のアレフの行動にテディとアリサは驚いていた。
アレフは朝早くにここへ来て一日中入り浸り、夜遅くには帰っていく。
それがここ五日ずっと続いている。
しかも女の子とのデートをすべて断って。
そして朝ここへ来て最初に必ずこう言った。
―――あいつは起きたのか?
ふいに、テディが思ったことを言う。
「アレフさん、まさかと思うんスけど、ホモになったワケじゃないっスよね……?」
「アホかぁっ!」
唐突なテディの言葉にアレフが少しキレた。
確かに彼は女に見えるほど綺麗だが、男に手を出すほど飢えているわけではない。
「そんなんじゃねぇよ。ただ……」
アレフの声のトーンが、落ちる。
「似てるんだよ、あの人に……」
恋した、女に。
―――未来で、逢いましょう。
アレフの脳裏に、美しい声が甦る。
―――ここではなく、あなたがいるべき世界で。
この世の者とは思えぬその美貌。
誰をも恍惚と魅了せしめる美しさ。
一目で心奪われた。
「……アラ?」
「どうしたんスか? ご主人様」
「今微かだけど歌が……」
アリサの言葉にテディとアレフが立ち上がり、耳を澄ました。
言う通り微かに歌が聞こえる。
「ボクもきこえたっス!」
「二階からだわ」
「俺行ってみます!」
アレフが二階へ続く階段を駆け上がって行った。
辿り着いたのは二階にある一室の扉の前。
確かに歌が聞こえるがこの部屋は他界したアリサさんの旦那さんが使っていた部屋で今は誰も使っていない部屋だ。
彼を寝かせていることを除いて。
ゆっくりと扉を開ける。
彼が体を起こしていた。
その口から歌を口ずさんで。
それは、澄んだ歌。
森の中で聞いた水滴のような歌。
アレフはただ彼の美しい歌に聞き惚れていた。
「すげぇ……」
「―――っ!?」
思わず呟くと驚いた彼が急に歌うのをやめ、こちらへ振り向いた。
不安そうな瞳でこちらを見上げている。
「あ、ごめんなさい。人の家で勝手に歌ったりして……。迷惑だった?」
「い、いや。全然迷惑じゃねぇって!」
思わず必死に否定する。
迷惑なんかではなかった。
その歌があまりにも美しかったから。
いつまでも聞いていたかった。
「そっか…。良かった。オンチっていわれなくて。俺はじめて歌ったから」
安心した彼が笑みを浮かべる。
けれど、何かが変だった。
髪も、肌も、顔も、瞳も、笑みも
全て彼なのに、今も恋した女の面影が重なっているのに、何かが違う気がする。
「それにしても、目が覚めてほっとしたぜ。ただの疲労だってわかっててもまた倒れちまったらやっぱ不安だしさ」
「え? またって、オレ以前倒れたことあるの?」
「以前って……何いってんだよ? 街外れで倒れてるおまえを発見してクラウド医院へ運んだ後、いったん目ェ覚ましてまた倒れたんだぜ? 覚えてねぇの?」
「うん。――っていうより俺は……」
「俺は、誰なの?」
彼の不安そうな声が妙に響いた。
亮祐:管理人です。流れは変わっちゃいませんがここら辺も少々修正です。ギターを無くして話の区切りどころを変えてみました。では続きます。
BGM:命の儚さ/「煉獄庭園」