EMPTY A CONCEPTION

meet or meet a again  2

モドル | トジル | ススム

 時間は深夜だというのにクラウド医院から明かりが洩れている。
 診察を終えたトーヤが待合室に出てきた。

「…―――で、どうなんだ? ドクター」
「あの人の容態はどうなんスか?」
「そんなに近寄るな。話せることも話せんだろう」

 詰め寄るアレフとテディにトーヤの顔が不機嫌そうに歪められる。
 急患はまだいい。
 けれど、診察が終わってすぐこの男と一匹に詰め寄られるのは気分が害される。

「すみません、クラウド先生。こんな時間に来てしまって……」
「構いませんよ、アリサさん。どんなであろうと患者を診るのが医師の務めです」

 それでもトーヤは平静を装った。
 アリサにそんな姿を見られたくなかったから。

「それであの子の容態は……?」
「心配ありませんよ。身体は健康そのものでしたから、多分疲れによるものでしょう」

 トーヤの診察結果にアレフが安堵の溜息を吐いた。
 病室の前で待っている間、気が気でなかった。
 何せあれだけの美貌の持ち主。
 こんな時間帯に外で倒れていたのだ。
 何かあったら大変だ。

「じゃ、もう会いに行ってもいいよな!」
「おい! まだ眠ってっ……」

 トーヤの声も聞かずアレフは病室の中へ入って行く。

 早く会いたかった。
 今日出会ったばかりの彼女に。
 恋した女の面影に。
 そんなこと知らないアリサは親身になっているアレフに感心する。

「アレフクン、本当に心配してくれていたのね」
「違うっスよ、ご主人様。アレフさんはあの人をナンパする気っス」

 テディはちゃんと気付いていた。
 アレフが運ぶ彼女をちらちら見ていたのを。

「ナンパだと? アレフの奴、ショックを受けなければいいが……」

 診察室の扉を見つめるトーヤが溜息を吐く。
 ショックの意味がテディとアリサには解らなかった。










 病室に入ったアレフはベッドで眠っている彼女を見つけるや否や、椅子に座ってその髪に触れていた。

 絹糸のように細く長い漆黒の髪。
 雪のように白い肌。
 無防備な寝顔。
 両耳の、アメジストのピアスが神秘的に魅せる。

 髪の色や服装は全然違う。
 それなのに、こんなにも彼女を思い出させる。
 この世の者とは思えぬ美貌を持った、誰をも恍惚と魅了せしめるあの人に
 恋した女に―――。

 ―――彼女は誰なんだろう
 ―――閉じられている瞳も、あの人と同じだろうか

 考えていると、彼女の口からか細い声が洩れた。
 長いまつ毛が振るえ、意思の光を持った瞳がアレフを見る。

「あ……」

 彼女と目が合った。










 その頃テディは先程漏らしたショックという意味を尋ねていた。

「ところでドクター。”ショックを受けなければいいが”ってどーいう意味っスか?」
「ああ、実は…」

 トーヤが答えようとした時、それが聞こえた。

「朝っぱらからなに迫ってんですかーーーーーーーっ!!!」

 ものすごい大声と鈍い音が医院中に響き渡る。

「あら? 今のは……」
「病室からっスっ!」
「どうしたっ!? アレフっ!」

 何かと思い、2人と一匹が病室へ入る。

 そこは恐ろしいことになっていた。
 目の前では頭から巨大なコブを生やし、血を流しているアレフがベッドの下敷きになっている。
 その脇ではベッドで眠っていた彼女が肩で息をしていた。
 目の前の光景に2人と一匹はただ唖然とするしかない。

「ゼェ、ゼェ……。あれ? ここは……」

 落ち着いた彼女が辺りを見回し始める。

「気がついたっスね。良かったっス」
「気分はどうかしら?」
「あ、ハイ……。大丈夫です……。あのぅ、ここは一体……?」
「ここは俺が経営する医院の病室だ」
「え?というコトは…………あーーーーっ!?」

 声を上げると彼女は慌ててベッドを退かし、アレフを助け出す。

「すみませんっ! 大丈夫ですかっ!?」
「あ、だいじょう…」

 上げたアレフの顔が固まった。
 目の前の女の瞳も、恋した女と同じだったから。
 美しく神秘的な色合いの瞳。
 紫電の、瞳―――。

「あの、すみませんでした。髪の色が知り合いとよく似ていたもので……」

 深々と頭を下げた後、こちらを見つめてくる。
 絹糸のように細く長い漆黒の髪。
 雪のように白い肌。
 それを強調させる黒い服。
 両耳の、アメジストのピアスと紫電の瞳が彼女をより神秘的に魅せる。

「大丈夫ですか? アイツだと思ってついそのベッドを思い切りぶつけてしまったから………」
「何、全然平気だよ。君のような美しい人にぶん殴られるなら光栄さ」

 アレフがしなやかな女の手を取る。

「そんなことより君の方こそ大丈夫? こんな時間にあんな所で君の様な美女が気絶していたから、もしやその美しい神秘的な瞳に魅入られた男どもに襲われたのではないかと気が気でならなかったよ。ところで君の名前は?」
「……それは僕のことを口説いてるんですか?」

 女の眉間に不機嫌そうな皺が浮かんだ。

 ―――……ってアレ?
 ―――『僕』って……?

 混乱するアレフにトーヤの言葉が投げられる。

「止めておけ、アレフ。それは男だ

 思考が、一瞬止まる。

「…マジ?」
「ええ。僕は正真正銘男です

 本人の言葉にアレフの身体が音を立てて崩れ落ちた。

「アラ、男の子だったの?」
「どー見ても女の子にしか見えないっすよ?」
「よく間違えられるんですよ」
「嘘だッ! ゼッタイ信じねーーーッ!!」

 信じたくないアレフは無理矢理彼の服をたくし上げた。
 けれど現れたのは男特有の平らな胸。
 突きつけられた真実にうなだれた。

「ところで、僕はなぜここに……?」
「ご主人様があなたの夢を見たっス。それで夢で見た風景の所にあなたがいたっスよ」
「街外れで倒れていたのよ? アレフクンに手伝ってもらってここに運んだの。どうしてあんな所に……?」
「そうだったんですか……」

 彼はうなだれているアレフの元へ近付き、かがんで目線を合わす。

「ありがとうございました、アレフさん。恩人とは知らずあんな酷い仕打ちをしてしまって、本当にごめんなさい…」
「いいよ、償いだなんて。顔を近付けちまった俺が悪ィんだし」
「そうですか…」

 安心した彼は安堵の溜息を吐いた。

「……で、なんで街外れで倒れてたんだ?」
「実は……よく、分からないんです。いつもなら見えるはずなのに……」

 トーヤの言葉に気になる言い方をした彼の眼が大きく開かれる。

「すいません! この街の名はっ!?」
「え? エンフィールドだけど……」
「エンフィールドっ!?」

 アレフからエンフィールドの名を聞いて扉へ向かって走り出した。
 けれどトーヤによって腕を掴まれる。

「どこへ行く気だ? ただの疲れだとしてもまだ外出許可は出せんな」
「放してくださいッ! 早く、早くここから出ないとッ!」

 何かに迫られるように彼が懸命にもがく。
 けれど力が及ばず逃れられない。

「……っ」

 急に彼が力を無くす。
 寸前のところで腕を捕まえていたトーヤが支えた。
 驚いてアレフは慌てて彼の元へ駆け寄る。

「どうしたんだよ、おいっ!」
「落ち着け、アレフ」
「早く、出ないと……アイツ、が……」

 苦しそうに顔が歪められると彼の目はゆっくりと閉じられ、再び意識を失った。

「気を失ったス」
「オイ、ドクターッ! 身体は健康そのものじゃなかったのかっ!?」
「ああ。多分、さっき急に動いておまえにベッドをぶつけた時に無理をしたんだろう。それで疲れて気を失ったんだ」

 トーヤは彼を持ち上げ、元通り直したベッドの上に寝かせてやる。

「あの、トーヤ先生。もし外傷等がなければ私が連れて帰ってもよろしいかしら?」
「そうですね。ただ疲れているだけのようですから安静にさせておくならかまいませんよ」
「アリサさんが連れて帰るんですかっ!? それだったら俺がっ……」
「アレフクン、気持ちは嬉しいんだけどここは女の私のほうがいいと思うの」
「それに、またベッドぶつけられるかもしれないっスよ」
「うっ……」

 もっともなアリサとテディの説明に反論の余地はなかった。

「じゃあ、せめてジョートショップまでは運ばせてもらうぜ」

 アレフが彼を再び抱き上げる。
 先程は高鳴る胸の鼓動を抑えるのに必死で気付かなかったが非常に軽い。

「この軽さとこの顔でなんで男なんだよ……」
「くよくよしててもしょうがないっス」

 落ち込むアレフにテディの言葉が投げられる。

 ―――おまえなんかに俺の気持ちがわかって溜まるか……

 言ってやりたいが彼を早く運ぶためにもここはぐっとこらえた。

 トーヤにお礼を告げアリサ達は暗い道を通って彼をジョートショップまで運んでいった。










 夜も遅くなったがアレフは口実をつけて彼を寝かせている部屋に泊まることとなった。
 眠る彼の脇に腰を下ろし、その顔を見る。
 

 少しでも彼の側にいたかった。
 けれど理由はそれだけではない。
 気になって仕方がなかった。
 眠る彼に、今もあの人の面影が重なる。

 解っている。
 目の前に居るのはあの人ではない。
 それでもこんなにもあの人を思い出させる。

「誰、なんだよ、おまえは……」

 いつまでも彼を見つめていたいアレフだったが睡魔により、やがて深い眠りに落ちていった。





END


亮祐:管理人です。最後にしたいといっておきながらまた修正です。流れはほとんど変わってないですけどね。ではこの辺で。


BGM:命の儚さ/「煉獄庭園」

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