Unforgivable a conception

刹那の安らぎ

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 明るい陽の光が絶え間なく降り注ぐ。
 エンフィールドの入口、祈りと灯火の門では門番のクラウスが溜息を吐いていた。
 クラウスはここ最近、いや一年前ほどからずっとこんな調子であった。
 何事にも全くやる気が起きない。
 クラウスだけではない。
 街の住民の殆どがこんな調子だ。
 それもこれもジョートショップに居候していた少女「葉月」がこのエンフィールドから居なくなってしまってから。
 エンフィールドの住民にとって葉月は天使のようで、優しい人柄やあのどんなことがあっても見るだけで癒されてしまう笑顔は国宝級の宝だった。
 その証拠に葉月が二年前、盗難事件の容疑者にされていた時も表向きは殆どの者が疑っていたとされていたが真実は全く逆で誰一人少女を疑う者はいなかった程だ。
 葉月は一年前、メモにただ一言「いってきます」と残しここからいなくなってしまった。
 天使を失った住民は絶望しきっていた。

 クラウスが空を見上げ葉月の笑顔を思い出していたその時、声がした。

「こんにちはー、クラウスさーん」

 懐かしい幼い少女の声。
 クラウスは慌ててその声の持ち主を見る。

「それともお久しぶりの方がよかったかしらー?」
「は……は……」

 蜜柑色の長い髪。
 ダボダボの上着。
 思い出していた笑顔が目の前にある。

「本当は身分証明書を見せるべきでしょうけど、持ってないから顔パスでいいわよねー」

 そう言うと少女はルンルンと門をくぐり街中へと入って行った。

「これは……早く自警団に知らせないと……!!」

 残されたクラウスは慌てて自警団事務所に向かって走りだして行った。










 春の暖かい風が陽のあたる丘公園を吹き抜ける。
 公園のベンチにアレフが横になっていた。
 こんな良い天気の日はナンパ日和だと言いたいが何故かそんな気になれない。
 というより、そんな事をしてももう無駄だと言うことは解り切っていた。

 葉月がいなくなってからのアレフは少し自暴自棄になって今まで以上に色々な女性に声をかけた。
 今にして思えば葉月を忘れようとしての行動だったのだろう。
 けれどそれももう飽きてしまった。
 昔はそんなこと一度もなかったというのに。

 まるで刻が止まってしまったように―――

 それほどアレフの中は葉月で占められているということなのだろうか。
 その証拠に寝ようと思って目を瞑っても目の前の暗闇に葉月のことばかり浮かんでくる。
 葉月は今何処にいるのだろうか。
 無事でいるのだろうか。
 そして、葉月の溢れんばかりの笑顔。
 柄にもなく泣いてしまいそうだ。

「葉月……」

 早く帰って来いと願いながらアレフは両目を被うように手をやった。

「今日はいい天気ねー」

 上から聞こえてきた、懐かしい少女の声。
 眼を見開いたアレフは慌てて手を退ける。

「アレフがお昼寝したくなるワケだわー」

 アレフを見下ろす朱色の瞳。
 長い蜜柑色の上で二つに結った髪が風に靡いている。
 そして口元に浮かぶ笑み。

「は、づき……?」
「久しぶりー、アレフー」

 葉月だ。

「葉月っ!!」

 アレフが体を起こした。

      ―――ゴンッ!!

 ニブイ音が爽快に響いた。
 急に起き上がった所為でアレフの額と葉月の顎がクリティカルヒットした。
 お互いぶつかった部分を手で摩る。

「わ、悪ィ……」
「だ、大丈夫よー……」

 痛みをこらえながらアレフは改めて葉月を見た。

 蜜柑色の長い髪。
 一年前と全く変わってない葉月が目の前にいる。

「……葉月」
「ん?」
「葉月……」
「なあに?」
「葉月」
「アレフ?」

 名を言うだけのアレフに葉月は首をかしげる。

「葉月っ!!」

 嬉しさのあまりアレフは葉月をしっかりと抱き寄せた。
 確かに葉月が帰って来たことを実感したかったから。

「幻じゃねぇな……!?」
「ええ」
「夢なんかじゃねぇな……!?」
「ええ」
「本当に、葉月なんだな……!?」
「ええ」
「葉月……!!」

 葉月の感触。
 葉月の声。
 間違いなく葉月はここにいる。
 このエンフィールドにいる。
 いつもの天使のような笑顔を浮かべて。
 アレフの中で一年間止まっていた刻が動き出すのを感じたような、そんな気がした。

 どれくらいその態勢でいただろう。
 アレフはいつまでもそのままでいたかったがそういう訳にもいかない。

「なあ」
「なあに?」
「何で、ここを出てったんだ?」

 葉月は微かに反応した。
 アレフが一年間、葉月が帰って来たらしようと思っていた質問だ。

「あんな書置きだけ残して急に……なんで出てったんだ?」

 どうしても分からなかった。
 何故葉月があんな去り方をしたのか。
 何故誰にも一言も告げずに去っていったのか。
 だから理由を訊きたかった。

 葉月はフフ、と笑みを浮かべていた。

「実はねー、パーティーの準備が終るのを待ってたら急に記憶戻っちゃってー」
「ええっ!?」

 これは本当。
 待っている時に記憶が戻ったのは本当。

「その時にアリサさんの目が治りそうな薬草が遠くにあることを思い出したのよー。私記憶があった頃は野草や薬草とかに詳しかったからー。でもどうせなら急に行って帰ってきて驚かせてやろうと思って ー」
「そ、そっか……」

 “葉月らしい”とアレフは呆れるしかなかった。

「じゃあ記憶が戻ったってことは親や故郷なんかも思い出したんだよな?会いに行ったのか?」
「それはまだよー。薬草がある地方とは逆方向だったものー。だから手紙を書いておいたわー」

 明るく答えている葉月だが本当は会いたかったのだろう。
 葉月ぐらいならまだ親に甘えたい年頃の筈だ。
 ちゃんと親に会って安心させてやりたいだろうに。

 第一、葉月を最初見つけたとき子供である葉月が何故一人きりでエンフィールドの前に倒れていたのだろうか。

「なぁ葉月、おまえ何でエンフィールドの前に倒れ……」
「あー、そうそう。忘れてたわー」

 何か思い出したように葉月は立ち上がる。

「ただいまー、アレフ」

 再び、笑顔を浮かべた。










『忘れるな』

 葉月の脳裏に、昨日の彼の言葉が甦る。

『留まれるのは2,3年が関の山だ。それ以上は誤魔化せない』

 治りそうな薬草が遠くにあることを思い出したのは本当。
 野草や薬草とかに詳しかったのも本当。
 けれど採取しても直接渡すつもりなんてなかった。
 もちろん急に行って帰るつもりもなかった。
 そして手紙を書いたことも嘘。
 手紙を書くような人なんかいないのだから。

『俺達は一定の地に留まれなのだから』

 それでも、今だけは安らぎを。
 仮初のものだと解っていても
 非常に短いと解っていても

 今だけは、刹那の安らぎを―――





END


亮祐:管理人です。葉月がエンフィールドへ戻った時の情景です。書いておきながらなんですがアレフがナンパに飽きるだなんてありえませんな…。後半書き足してみました。 なんだかシリアス色強くなって来た。ではこの辺で。


BGM:『youthful days』/Mr.CHILDREN

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