Out of reach a conception

黄金色の狼の遠吠えを聞きながら

photo:ゆんPhoto Catalog モドル | トジル | ススム

 エンフィールドも夜ともなると活気も消える。
 満月が青白い闇夜を作り出す。
 クラウド医院が医師トーヤ・クラウドはその中を駆け抜けていた。
 肌寒い闇夜がトーヤの頬をひんやり撫でる。
 だがトーヤはそれを感じる余裕すらなかった。

 ―――ピート……

 クラウンズサーカスのピートが人獣の獣人族だと判明したのはつい最近だ。
 満月の夜の記憶喪失。
 新月の日の体調不良。
 並外れた怪力。
 時折口から覗く牙。
 そして決まり手は、手に入れた黄金色の体毛。
 どれをとってもピートを獣人族だと特定付けるものばかりだった。
 それに一早く気付いたトーヤは今晩ピートに睡眠薬を投与した。
 満月は一ヶ月に一晩だけだからと考えたのだ。
 だが、もしエレンがピートを起こせばたちまち獣化するだろう。
 そしてエレンはそれを目撃する。
 何とか間に合ってくれれば良いが……。










 ピートだった獣が窓から注ぐ満月の光を浴びて咆哮する。
 圧倒させる巨体。
 黄金色の体毛。
 赤い瞳。
 口から覗く鋭い牙。
 それは間違いなくピートだった。
 月を見、獣へと変身するその姿をエレンが目の当たりにしたから。
 ピートの咆哮に小屋全体がピリピリと震えていた。

「ピート」

 氷のように冷たい声。
 急にピートは咆哮を止めた。
 今自分がいる小屋から只ならぬ何かを感じたから。
 何かに視線を移すと名を呼んだエレンが腕を組んでいた。

「いくら自我を失っていても解るだろう?」

 ピートが一歩後退った。
 目の前の、銀色の瞳が徐々にその色を変えていく。
 鮮やかな、紅い血の色に。
 そして先程までは微塵も見せなかった異様なほどの鬼気。
 風は吹いていない筈なのに、周囲の空気が揺れ動いているようにも感じる。

「今の俺に逆らうのが、どういうことか」

 今や爛々と紅く輝く瞳を、エレンはピートに向けた。
 ピートは身をちぢこませ、ただ震えているだけだ。

 ―――この調子なら容易く捕獲できる

 そう踏んでいたエレンの耳に扉をノックする音が届いた。

「ふみぃ、なーに? エレンちゃん、なんのこえ? ワンワン?」

 外で待たせておいたメロディが扉のノブを回す。

「メロディ! 来るなっ!!」

 慌てたエレンがピートから視線を反らす。
 異様なほどの鬼気も消え、紅かった瞳も元の白銀に戻っていた。
 その一瞬の隙をついてピートは身を翻し、窓に体当たりする。

「ピートっ!!」

 気付いた時には遅く、衝撃で窓は粉々に割れ、ピートも外へ出て行った。

「うにゃあーーーっ! だ〜れぇ? ガラスわっちゃいけませんよぉ!」
「ピートッ!!」

 慌てて追いかけようとして外に出たエレンだったがもうピートの姿は何処にもなかった。
 静寂の青白い闇が全てを支配している。
 エレンは頭上を見上げた。
 白銀の満月が青白い闇を醸し出していた。

「エレンッ!」

 到着したトーヤがその姿を見た。
 肌寒い夜風にさらりと靡く白銀色の髪は月明かりよりも輝き、同じ色の瞳は神秘的な色合いを持って月を見上げている。
 青白い闇夜がその白銀の光を更に神々しく映えさせていた。
 そしてそれよりも目を奪われるのがその美貌。
 堅物のトーヤさえも恍惚と魅了せしめるその美しさ。
 トーヤは暫し言葉を失い、その場に立ち尽くした。

「しくったな……」

 エレンの声がトーヤを我に返す。

「まさか獣人族だとは思わなかった」

『狼男って本当にいるの?』

 子供の時の、彼との会話が脳裏に甦る。

『ああ、人狼のことか』
『人狼?』
『満月の光を浴びて変身する獣人族のことだよ。ライカンスロープともいうな』
『ふ〜ん……』
『人狼は絶滅したっていわれてる』
『じゃあ、もういないの?』
『いや、けっこうタフな奴らだからな。僅かながら生き延びてるかもよ?』

 そう言って彼は笑っていた。
 今にして思えばあれは想像ではなく事実だったのだ。
 現実主義者の彼が夢を持たすような事をいう筈が無い。

 月を見上げていたエレンがトーヤの方へ向く。

「おまえのことだから満月の夜は睡眠薬で、なんて考えたんだろ?」
「ああ…」
「甘いね。そんなんですむなら苦労しないよ。それに獣人族ってのはね、定期的に変身しないと発狂するんだよ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 己の中に眠る獣の血が暴走して―――。

 獣人族が絶滅したのもこれが原因だ。
 大半の獣人族は己の正体を隠し、変身せず人として生きていた。
 だがそんな事を続けていればやがて抑え続けられた獣の血が暴走して獣と化し、精神も発狂する。
 街中で血を暴走させハンターに次々と狩られていった。
 それでも彼らは人として生きることをやめようとはしなかった。
 人として生きたかったから。

 エレンの鋭い眼差しがトーヤを捕えて放さない。
 トーヤも離れようとは思わなかった。

「おまえは、そんな情報を何処から得たんだ……?」

 ―――獣人族に関する情報を記した太古の魔道書にもなかった情報を。

 冷たい夜風が二人の頬をさらさらと撫でる。
 エレンは興味をなくしたかのようにトーヤに背を向ける。

「獣人族は、獣化している時に人の心が戻るとそれ以降は変身を自分でコントロールできるようになる。次の満月に 何とかしよう」

 それだけ言うと町の中心へ、ジョートショップの方へ歩き出して行った。
 トーヤはその姿が見えなくなるまでエレンを見つ続けたが、やがて自分も医院へ帰っていった。

 二人共、遠くからする黄金色の狼の遠吠えを聞きながら。





END


亮祐:管理人です。今回はピートのテーマ別イベント3ネタです。いう事を聞いてくれたのは良いものの、エレンがどんどん不可解になっていく……。
翔:書いてるのはおまえだろ。
亮祐:獣人族が変身しないと発狂するのは模造設定です。実際はどうなんだろう?もう一つの姿を押さえ込んでるわけだから何かしら悪影響みたいなのはあると思うのですが……。ちなみにエレンの子供の時に獣人族の話をしてくれた彼は前回「take a bath」の最後で出てきた青年と同じ方です。この方もその内出てくる、かなぁ……?
翔;なんで疑問系なんだよ。
亮祐:ではこの辺で失礼を。


BGM:『the silver shining』/L’Arc〜en〜Ciel

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