Out of reach a conception

her a vestige

モドル | トジル | ススム

 本日も明るい日差しがエンフィールドを照らす。
 災害対策センターの前ルクス通りでは様々な通行人が行き交わしていた。

 その中に、一際目立つ者が歩いていた。
 初夏の心地よい風でさらりと靡く白銀色の髪が陽光を浴びてきらきらと輝いている。
 誰もが羨む程の美形だ。
 だが目立っている理由はそれだけではない。
 その通行人が二年前、自らにかけられた容疑を無実の証拠がないというのに見事晴らしてしまったその人だからだ。
 先程まで行く先々で久しぶりと住民達の挨拶の嵐にのまれここでもそうだったがようやくいつもの穏やかな風景に戻っていた。

 陽光が酷く心地良さそうだ。
 だが残念ながらエレンは陽光より月光の方が好きだ。
 穏やかな月の光りは自分に安らぎを与えてくれる。

 ふと、前方から生意気そうな声が聞こえて来た。

「どけどけーーーーぇぇっ!!」

 何かが空中を飛びこちらへ向かって来る。
 反射的にその首根っこを掴み、暴れているのも気にも留めず観察する。
 人間と変わらない外見だが小さな体で中を飛び回っていたそれは水色の髪と血のように紅い紅の瞳を持ち、魔力を帯びている。
 おそらく使い魔に違いないだろう。
 エンフィールドに使い魔などいなかった筈だが自分がいなかった一年の間に誰かが呼び出したのだろうか。

「何だよ、放せよぉっ! 追いつかれちまうだろーがぁっ!」

 今だ暴れる使い魔の声を聞いて思考から引き戻された。
 確かにこの使い魔を拘束する理由などない。
 それにしても随分忠義心が薄そうな使い魔だ。
 こんな使い魔を召喚した主の顔を見てみたい。

「すいませーんっ!」

 前方から誰かが走ってくる。
 まだ遠くにいるが声から判断するに女性、それも10代半ばの少女のようだ。

「その子、僕のなんですっ!」

 しかもこの使い魔の主だ。
 目の前まで走って来て膝に手を付き、肩で息をしている。

 ―――あれ? 男の子か……

 驚いたことに少女ではなく少年のようだ。
 それも自警団員。
 アルベルトと同じ自警団支給の鎧を着ている。
 自警団にはまだ女性隊員がいないのだ。
 けれどこの華奢な体で、それもここへ走ってくるだけで疲れてしまうような貧弱な体力の持ち主が自警団に勤めているというのは信じ難い。

 ―――だがこの匂いは

 とはいえ、別にそんな事などどうでもいい。
 男であろうが女であろうが、こんな成熟しきっていない子供に今は用がない。
 とっととこの使い魔を渡して夜になるのを待とうと決めたその時、息を整え終えた少年が顔を上げた。

「あ、ありがとうございます」

 礼を言った少年の顔が固まった。
 使い魔を捕まえてくれた相手の何たる美しさ。
 だがその相手も同様に固まっていた。
 少年の、いや少女の顔に別の女の面影が重なったから。










「本当に、ありがとうございました」

 ライルと名乗った少女が「お礼がしたい」ということでさくら亭へと案内された。
 先程一度来た事もあってそんなには騒ぎにはならなかった。
 テーブルに互い向かい合って座り、ライルの隣りにはヘキサと名乗った生意気そうな使い魔が仏頂面で空中に浮いている。

 ―――俺は何やってるんだろう……

 初めはこの使い魔をとっとと返して夜になるのを待つつもりだった。
 それなのに「お礼がしたい」という少女の誘いに乗ってしまった。
 もっと話しをしたいと思った。

 一方ライルの方は緊張しながら目の前の人物を見ていた。
 それがエンフィールドの有名人だからという理由だけではなくその姿にあった。
 白銀色の髪と瞳。
 いくら見ていても飽きることのない美しさ。
 こんな綺麗な人は初めて見た。

「まさかエインズワースさんに会えるなんて……」
「エインズワースなんて堅苦しいな。エレンでいいよ。俺もライルって呼ぶから」
「じゃあ、エレンさんで……」

 互いに呼び方を決め合い、お礼として頼んだピザを食べながらライルの話しが始まった。
 16歳のライルは今年自警団第3部隊隊長に就任したばかりだということ。
 一時は解散の危機もあったが存続させる為にアルベルト、ルー、ディアーナ、そしてリカルドに召喚されたヘキサといった面々に協力してもらったということ。
 そして前々からジョートショップの居候に憧れていたということ。

「純粋に、凄いなって思ってたんです。ただでさえ無実の証拠もないのに過半数以上の再審議票を集めただけじゃなく犯人まで捕まえるなんて。あの時の僕はまだ学生だったんですけど」
「へぇ、じゃあ学園を辞めて自警団に?」
「はい。エンフィールド学園の普通学科に通ってたんですけど、元々自警団に入るのが僕の夢だったんです。フォスター隊長からは学園を卒業してからでも遅くないからといわれてたんですけど」
「確かトリーシャは魔法学科だったっけ。そっちにしなかったの?」
「それは、僕にトリーシャさんほどの魔法能力はなかったから……」

 それは嘘だ。目の前の少女からは充分魔力を感じた。
 それもかなりの魔力。トリーシャや同じ魔法学科の優等生シェリルなんて目じゃない膨大な魔力だ。
 とはいえ、その魔力の大半は別のことに使われているので、魔法学科を選択しなかったのはその所為だろう。

「学生の頃からおっさんと仲があったんだ」
「フォスター隊長は僕の後見人なんです」
「後見人って、両親は?」
「両親は……亡くなりました。6年前に馬車の事故で。妹もその時に」

 しまった。
 後見人という言葉が出た時点で聞くべきではなかった。

「あっ、でも従姉がいるし、元々いた故郷の方にも両方の祖父母がいるので天涯孤独ってワケじゃあないんです。それにみんなもいるから……」
「ケッ!」

 ライルの隣りからヘキサの不機嫌そうな舌打ちがした。

「エレンだかケレンだか知らねぇけど、おまえライルに馴れ馴れしくねぇか?」
「ヘキサっ、失礼じゃないか」
「だってよぉ、さっきからライルのことばっかで自分のことなんか全然話さねぇじゃねーか。それじゃあアレフの野郎と同じだぜ?」

 その意見も一理ある。
 これではアレフのナンパだ。
 思わず軽く噴出してしまった。

「す、すみません……」
「いや、いいよ。たしかにその通りだ」

 この使い魔はライルに恋をしているのだろう。
 今その目を見て直ぐ解った。
 これは恋をしている者の目だ。
 ライル本人は気付いてないようだが。
 まあ、これだけの美人だ。使い魔が恋をして不思議じゃあない。
 ライルは自分を男だといっていたがそれは嘘だ。
 男にしてはいくらなんでも華奢すぎる。
 それにこの匂い、生まれ持った女の匂いだけはどうしても変えられない。
 しかも男を全く知らない、極上の処女の匂い。
 無意識の内に舌なめずりしそうになったがそれを堪え話しに専念する。

「じゃあ俺のことも話すよ。それでおあいこだろ? ヘキサ」
「ああ……」
「へぇ、珍しいじゃないか」

 声をかけてきたのはさくら亭の居候リサだった。

「坊やが自分の事を話すなんてさ。面白そうだから私も混ぜてもらうよ」
「そういって、本当はピザが食べたいだけじゃあないの?」
「おや、侵害だね。いくらあたしでもお客さんの料理に手を出すような真似はしないさ」

 笑い飛ばしながらリサは隣りに座る。
 リサはその昔話に興味があった。
 元々自分の話しをしないタイプなのでエレンの口から昔話を聞いてみたかった。
 エレンの話しが始まった。

「俺の故郷はエンフィールドから遠い所にあってね。いっちゃあ悪いけどエンフィールドより大きくて栄えた都市なんだ」
「おまえから見りゃあエンフィールドの奴らは田舎者ってか」
「ヘキサっ」
「そして俺はそこでたくさんの兄弟と暮らしてたよ。俺を入れて七人兄弟」
「そりゃあ大家族だ」
「妹弟が二人ずつと兄が二人。姉が……」

 姉が一人

『エレン』

 懐かしい声が、脳裏に甦る。

『またいたずらをしたの?』

 艶やかな黒い髪、澄み切った青空のような蒼色の瞳が、エレンを見つめる。
 困ったような、でも優しい眼差し。
 優しい微笑み。
 そう。彼女は俺にとって最後まで姉だった。
 彼女が死ぬその時まで。

「……エレンさん?」

 ライルの不思議そうな声で、エレンは我に返った。

「大丈夫ですか? 急に黙り込んで……」
「ああ、ごめんごめん。何でもないよ」

 そして小さい頃はトラブルメーカーだったとか、その頃のいたずらぶり等、再び昔の話を開始した。
 そんな話をしていたら結構な時間が経っていた。
 茜色の夕日が外を赤く染めている。

「じゃあ、そろそろお開きにしようか。勘定お願い」
「あ、僕が……」
「うん、だから割勘」
「え?」

 意味が解らず間抜けな声を上げたライルにエレンは説明し始める。

「お礼としてピザを頼んでたけど知り合いになれた記念にね。でも奢るとまたヘキサに何かいわれそうだし。だから割勘。駄目かな?」
「い、いえっ。でも、すみません。元々僕が誘ったのに……」
「やっぱりおまえアレフ二号じゃん」

 割勘でも文句を言うのでエレンは年上として耳元でヘキサにしか聞こえないようアドバイスをしてやった。

「なっ! うるせぇっ! やっぱおまえいけすかねぇっ!!」

 ヘキサは怒っていたが、それは図星を突かれたからだろう。
 喜怒哀楽の激しさにエレンは笑った。
 つられてライルも憂いを帯びた笑みを浮かべていた。

 ああ、まただ。
 この顔立ち。この表情。この雰囲気。
 ………に、似ているんだ――。

 髪や背丈、声は全然違う。
 それなのに、こんなにも彼女を思い出させる。










 夢を見た。一番幸せだったあの頃に終わりを告げた夢。
 明るい穏やかな日差しが窓を通して教会の中を照らしていた。
 だがその光景に似合わず、中の十字架の前には一つの棺。
 その中に横たわるは黒い髪の美しい少女。
 胸に両手を組み、無数の花に囲まれて。
 死んでいることは確かめるまでもなかった。
 棺の前では十歳位の少女がただ一点だけ、棺の中の少女を見つめている。
 顔は伏せたままなのでその表情はよく見えない。

 ―――うそつき

 ぼそりと、呟く。

 ―――うそつき

 その声が届くことはない。
 目の前の少女は神の身元に召されたのだから。

 ―――ずっと一緒って、いったくせに……

 それでも呟き続ける。
 そうでもしなければ、今にも崩れ落ちてしまいそうだったから。
 足元に水滴が落ちた。
 温かいものが少女の頬を、そして白銀色の眼を濡らしていた。





END


亮祐:管理人の亮祐です。本来なら「ライラ」を手掛けなければならないのですが先にこれが書きあがったのでアップしました。
翔:だから同時進行は止めろって。
亮祐:次からは「ライラ」に専念しますので。今回はエレンとライラの初顔合わせでした。初めエレンはライラのことなどどうでもよかったのですよ。顔を見た途端ころっと変わったのです。その証拠に顔を見るまで一言も会話していません。エレンは不思議というより不可解ですな。匂いだけでライラが女だとか処女だとかに気付いたり。ライラと面影が重なった彼女も気になるでしょう。読めばわかるとおり彼女はエレンの姉で既に他界しております。何故死んでしまったのか等後々判明していくのでお待ちください。ちなみに今回のタイトルは“彼女の面影”という意味です。ではこの辺で失礼を。


BGM:『雨よ降れ』/煉獄庭園様(MP3です。どんな曲か知りたい方は今すぐリンクから飛びましょう)

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