爽やかな皐月の風がさらりと頬を撫でる。
心地よさを感じながら鎧で身を固めている少年は陽のあたる丘公園前のさくら通りを歩いていた。
「ライルさーんっ」
そこへ近付いてくる一人の少女。
少女の名はトリーシャ・フォスター。
エンフィールド学園魔法学科の生徒で、自警団第一部隊隊長リカルド・フォスターの一人娘だ。
「あ、トリーシャさん」
少年は足を止め、目の前に来たトリーシャを迎えた。
少年の名はライル・ハインリッヒ・コルネット。
女顔の随分と華奢な優男だがこう見えてもれっきとした自警団員。
しかも今年若干16歳という若さで自警団第3部隊隊長に就任していた。
「学園の帰りですか?」
「うん。その前に夜鳴鳥雑貨店に行こうと思って。ライルさんはいつもの身回り?」
「はい」
そんな話をしながら二人が横に並んで歩き出す。
もしこれでライルの体つきがもっと逞しければカップルに見られただろう。
「そういえば明日営業再開だって。ジョートショップ」
「えっ?」
トリーシャの一言にライルが反応した。
ほんの少し顔を赤らめて。
「ジョートショップに居候してた人、エレンさんっていうんだけどその人が戻って来たんだよ。エレンさんは仕事達者だからうかうかしてると仕事みんな持っていかれちゃうかもしれないね」
「は、はい……」
楽しそうなトリーシャをよそにライルは下を見ながら心を落ち着かせた。
エレン・エインズワース。
エンフィールドに住む者なら知らぬ者はいない。
二年前、自らにかけられた容疑を無実の証拠がない中、住民の過半数以上の再審議票を勝ち取り、容疑を晴らしてしまった青年だ。
その上自警団第一部隊隊員でリカルド・フォスターの右腕とされるアルベルト=コーレインを勝る格闘センス持っており、時期後継者とも噂されている。
容疑を晴らした後、ジョートショップの女主人アリサ・アスティアの目を治す薬を求めて旅に出たが一週間前エンフィールドに戻ってきたのだ。
ライルも三日前にエレンと出会っていた。
それまで面識は全くなく、街の有名人ということもあって緊張してしまったが当の本人は偉そうにすることもなく紳士的に接してくれた。
その日以来、ライルはエレンのことを考えるようになっていた。
彼の何処に絶望的な状況の中 、勝利を勝ち取る力があるのだろう。
ライルが物思いに耽っていたその時だった。
「ラーイラさん」
ライルはトリーシャが呼んだ名に反応し顔を上げた。
それに気付いた時にはもう遅かった。
「嘘っ! ライラさんで反応するなんて信じられないっ!」
「ト、トリーシャさんっ」
ライルは何とかして静めようとするが良い案が思い付かず、トリーシャの暴走を止めることが出来ない。
「三日前から様子が変だったよね! なんかよくもの思いにふけっててさ! 気になってボクなりにリサーチしてみたらパティがいうにはなんかさくら亭でエレンさんと話し込んで赤くなってたっていうし!!」
一気に言うとトリーシャはライルの両手を前で掴み話をし続ける。
「エレンさんのこと好きになったんでしょ? その影響で振り向いたんだよね? 正直驚いちゃった! ライラさんにそんな人が出来るなんて! ライラさんにはやっぱりギャランさんしかいないのかなーって心配してたんだよ、ボク!」
マシンガンのようなトリーシャの喋りにライルはもう黙ることしか出来ない。
「やっぱりライラさんも女の子なんだよ。実感したでしょ? あ、ホラ。顔赤いもん」
事実、トリーシャのいうとおりライラの顔は赤くなっていた。
けれどライルの方はそれどころではなかった。
トリーシャの話の内容が他の誰かに聞かれているんではないかとヒヤヒヤしていた。
「ねぇ、エレンさんの何処を好きになったの!? ねぇ!」
「えっ、あっ……」
「こんな所で何してるんだ? ライル」
その時、アルベルトがこちらへ近付きながら声をかけてきた。
今のライルにとってアルベルトが天の救いに思えた。
「あ、アルベルトさん。今ね、ライ……」
「それじゃあ僕はまだ見回りがあるからっ!」
「あ、ライルさんっ!?」
「おい、ライルっ!?」
トリーシャとアルベルトの呼びかけも虚しく、ライルは陽のあたる丘公園の方へと姿を消していった。
「あ〜あ、行っちゃった……」
「なぁ、トリ−シャちゃん。ライルの奴と何話してたんだ?」
「え?それは……秘密だよ! 男のアルベルトさんには教えない!」
口に指を当ててトリーシャは言った。
―――じゃあライルだってそうだろ
何も知らないアルベルトは頭を傾げるしかなかった
トリーシャから逃げ出せたライルは陽のあたる丘公園の適当な木の下で安堵の溜息を吐いた。
見回りを続けたいところだが再びトリーシャと出会ってしまった時のことを考えるともう少しここにいた方が良いだろう。
見回りを諦めてしばらくここにいることにした。
その場に正座して木に持たれ、遠くの景色を眺める。
「いい陽光だね」
上から降りて来た、声。
「こう気持ちいいと昼寝したくなるよ」
先ほどまでトリーシャが口にしていたエレン・エインズワース、その人がいた。
「エレン、さん……!?」
まさか今日出会うとは思ってもみなかった。
トリーシャが言った通りなら今日まで営業準備に追われている筈だから。
「どうした? そんな驚いた表情で」
「だ、だって明日から営業再開じゃあ……!」
「ああ、準備なら済ませたよ。午前中に」
「え……」
「元々そんなにやることなかったしね」
拍子抜けしているライルにエレンは笑顔を向けた。
「それで、エレンさんはどうしてここに……?」
「それは」
そこで一度切るとエレンはライルの膝を枕にして横になる。
「え、エレンさんっ!?」
「こうやって昼寝しに来たんだよ。ここってほんといい昼寝スポットだよね〜。ライルもそう思わない?」
慌てるライルをよそにエレンは笑顔で同意を求めた。
「ちょうどいいや。しばらく借りるね」
「あ、あの……」
「………………」
一分と経たぬ間にエレンから規則正しい寝息が聞こえて来た。
ライルは顔を赤らめながらも恐る恐るエレンの顔を覗き込む。
「本当に、寝ちゃったんですか……?」
返事はない。
どうやら本当に眠ってしまったようだ。
ライルはそのままエレンの寝顔をまじまじと見つめる。
彼の寝顔を見るのはこれが初めてだ。
さらさらと流れる白銀色の髪。
長い睫毛。
いくら見ても飽きることのない美しさ。
本当に綺麗な人だ。
自分なんかよりずっと。
何だか、とても居た堪れなくて。
自分はこんなにも醜いのに……。
ライル・ハインリッヒ・コルネットというのは本当の名ではない。
本当の名はライラ・ロザーリエ・コルネット。
正真正銘の女の子だ。
ライル・ハインリッヒというのはライラ・ロザーリエの双子の兄の名。
現在ライラは諸事情で双子の兄ライルとして生きている。
ライル、いやライラの脳裏に三日前のエレンの様子が浮かぶ。
『エインズワースなんて堅苦しいな。エレンでいいよ。俺もライルって呼ぶから』
綺麗に笑う、 そう思うのは私から覗く貴方の存在が綺麗だから
あなたは、 きれいに、 笑う
そういえば初めて出会った時、どうしてあんな驚いたような表情をしたんだろう。
よく聞き取れなかったけど、何か言っていた。
そんなことを考えていたがやがて睡魔に支配され、ライラも穏やかな眠りに着いた。
エレンはライラが完全に熟睡したのを確認して体をそっと起こすとその隣りに腰を下ろし、寝顔を覗き込んだ。
「“僕はこんなにも醜いのに”ねぇ……」
醜いわけがない。
こんなにも綺麗なのに。
こんなにも美しいのに。
こんなにも、似ているのに―――
自分の美貌に気付かないのは彼女がライルとして、男として生きているからだ。
他の者達も彼女を男と信じているから女顔の男と言う目でしか見てこないので余計気付けない。
ライルが女だということくらいとっくに気付いていた。
初めて出会った三日前から。
始めて顔を見たあの瞬間から。
寝顔から目を放し、再び膝を借りて眠りに落ちた。
ライルの穏やかな雰囲気に、織り成す黒髪が美しかった女を思い出しながら。
END
亮祐:管理人の亮祐です。少々修正した創作さんに33のお題(二行文編)の一つ目であり「not reach a conception」の二作目、2nd主人公ライラの初お目見えはいかがだったでしょうか?ライラは女でありながら男として、それも双子の兄として生きております。そのことを知っているのはほんの少数だけです。その証拠にトリーシャは知っていますがアルベルトは知りません。ちなみにヘキサも知っている一人ですが今回いないのは一人で遊びに出ちゃったからです。
翔:単に忘れてただけじゃあないのか?
亮祐:そ、そうともいう…。時間帯は2nd Albumとansenble2」サイドストーリー終了後、1stエレンがエンフィールドに戻って来て一週間後です。今回触れている通り、二人は三日前に初合わせしております。ライラは外見も精神面でもエレンに憧れておりますがエレンが女性だということを知りません。この時点で
エレンが女性だと知っているのはライラ同様少数です。この二人の共通点としては本当の性別を殆どの者が知らないということですな。とはいえライラの場合は隠していますがエレンはただ言ってないだけという違いはありますが。作中でエレンがライラを誰かに似ていると表現したシーンがありますがこれも後々明かしていきたいと思います。
ところで最後の方でエレンが漏らしたライラの台詞。ライラはこのセリフを口にしておりません。それんまのに何故エレンが知る事が出来たのか。
翔:ただ単に当てずっぽとかじゃないだろうな?
亮祐:の、後々明かしたいと思います。ではこの辺で。
BGM:『乾いたKiss』/Mr.CHILDREN