Out of reach a conception

ライラ  3

モドル | トジル | ススム

 尋常ではない酷い音を立てて揺れる。
 窓も扉も閉めているのに外からは悲鳴が聞こえて。

「ライルッ! この馬車どうなるのっ!? 私達死んじゃうのっ!?」
「しっかりつかまってろよ、ローザッ! ライラッ!」
「死んだりなんてしないよっ! 向こうでおじーちゃんとおばーちゃん達があたし達の帰りを待ってるんだもんっ!!」

 待ってるんだもん―――!!

「目が醒めたな。よかった。ここは病院だ。クラウド医院」

 白衣の男がライラを見下ろしている。
 消毒液の匂い。
 体中に包帯が巻かれている。

「君は馬車事故にあったけど助かったんだ」

 医者の言葉で思い出した。
 昔、両親が世話になったここエンフィールドへ旅行に来ていたライラ達は故郷へ帰る事になっていたが、お互いの両親が大切な話し合いをするというので子供三人だけ一足先に帰る事になった。
 馬車に乗り帰郷へ向けて走行していると突然馬が暴れだし大きな衝撃の後、このベッドの上にいたのだ。

「ライルとローザお姉ちゃんは……?」
「ああ……彼女は無事だ。怪我もなかった。だけど、お兄さんの方は……」

 医者の声がしどろもどろになっていく。
 嫌な汗が額を伝う。

「残念ながら……助からなかったんだ……」

 発見された時はローザを庇うような体勢だったと、即死だったと。
 ライラには信じられなかった。

「お…お父さんとお母さんはっ!? おじさんとおばさんもどこ……」
「それが…事故の知らせを聞いて、現場に駆けつける最中で事故に逢って……」

 心臓の鼓動が急激に早くなる。
 予感に、当たって欲しくない予感に体が震え出した。

「三人とも死亡したなんて誤情報が流れたらしい。動揺したんだろう」

 イヤ 

「横から馬車が来ていることに気付かず……。手は尽くしたんだが……」

 ヤだ
 こんなの

「お亡くなりに、なったんだ……」

 お姉ちゃん―――!!

「随分良くなったね、ライラちゃん。もう歩きまわれるのかい?」
「リカルドおじさん、ローザお姉ちゃんは?」
「ああ…色々あってね。まだ来れないんだ」

 どおして来てくれないの?
 痛かったのに。
 恐かったのに。
 苦しかったのに。
 ローザお姉ちゃん。

「もう大分良くなったからローザに会いに行こうか」
「トーヤ先生本当っ!? ローザお姉ちゃん、どおして一度も来てくれなかったのっ!?」
「実は彼女もここに入院してて会いに来れなかったんだ」
「ローザお姉ちゃんも?どおして?」
「うん、ショックで心が壊れかけてしまってね。何しろあの誤情報の所為で君まで死んだと思ってるんだ。だから会って驚かせてやろう」
「うんッ!」

 ローザお姉ちゃんにやっと
 やっと会える

「良かったね、ライラちゃん。ローザちゃんも喜ぶよ」
「リカルドおじさん、この包帯取っちゃダメ?」
「包帯をかい? まだ怪我が……ああ、ローザちゃんが心配するから嫌なんだね」
「あ、そうだ!」

 棚から青いバンダナを取り出す。
 事故の所為で少し汚れてしまったバンダナ。

「かっこいいバンダナだね。ライラちゃんのかい?」
「ううん」

 このバンダナの持ち主は

「兄の、ライルの……」

 ライル
 これしていったらローザお姉ちゃん喜ぶかな?
 包帯も隠せるし
 ライルだってローザお姉ちゃんに会いたいよね
 会いに行こう、ライル
 ローザお姉ちゃんに

 一緒に会おうね

「ライラちゃん、バンダナしたのか?」
「うん」
「ああ、そうか。頭の包帯見せたら心配させてしまうか。ライラちゃんは優しいね」

 扉の先では久しぶりに見るローザがソファーにかけている。
 気のせいか少し痩せていた。

「ローザお姉ちゃんっ!」

 ローザがこちらを見る。

「お姉ちゃんっ!」

 大きく瞳を見開いて

「ライル!!」

 嬉しそうに

「ライルッ!!」

 両目から涙を溢れさせて。
 それなのに

「良かった……! 生きてたのね、ライルッ! ライルッ!!」

 口から出てくる名は

「ライルだけは生きて……」

 兄のもので

「違うだろう、ローザッ! 従妹のライラちゃんじゃないかッ!」
「ローザちゃん、よく見なさいっ!」
「いいえ、ライルよ。だっていつもしてたお気に入りのバンダナ巻いてるわ」
「ローザッ!」

 ローザお姉ちゃん

「ローザお姉ちゃん見てっ! ライラ包帯取れたよっ!」
「ライル、良かったわね」

 ローザお姉ちゃん

「ずっとそばにいてね、ライル。私、もう独りぼっちは嫌よ」

 ローザお姉ちゃん

「ライル」

 お姉ちゃん

 ライルに生きてて欲しいの?
 どおしてもライルじゃなきゃダメ?
 ローザお姉ちゃん、どおして?
 ライラはいらないの?
 ローザお姉ちゃん
 ローザお姉ちゃんッ!
 お姉ちゃんッ!










「ライラ」

 その声でライラは我に帰った。

「そこまで送るよ」

 振り向くと目の前には公安のギャランがいた。
 ライルをライラと知る数少ない者の一人。
 そして唯一ライルと呼ばない人物だ。

「あの……何度もいうようで悪いんだけど、僕のことはライルって呼んで欲しいんだ、ギャラン。特にこの院内じゃあ ローザさんがいるからうっかり会っ……」
「だからって玄関先までは来ないさ。それに外でまでライルでいる必要はないと思う」

 何度頼んでもギャランはライルと呼ぼうとしない。
 何故呼んでくれないのか。
 ライラには解らなかった。

「あの……でも、それじゃあ困る……んだ」

 ライラの戸惑ったような表情。

 ―――……うっ

 ギャランの鼓動が高鳴った。

「生憎、俺は意地悪して人の気を引くタイプなんだ。だから止めないよ、ライラ。そりゃあもう何度だって。ライラ、ライラ、ライラ、ライラ……」

 ギャランの心情を知らないライラにとってそれは不快でしかなかった。
 一端諦めその場を後にする。
 ライラと言い続けていたギャランも慌ててライラを追いかけた。

「ライラッ!」

 本名を呼ばれてもライラはその足を止める事はない。
 それでもギャランは諦めずに説得を続けた。

「リカルド・フォスターが後見人である以上、君はフォスター家に住むべきだっ! 独りで寮やあの家へ帰るなんて良くないよっ! 自警団なんかやめてトリーシャや周りの女の子達と暮らせば自ずと女の子らしくなるし楽しくなるさ。ああ、女の子って悪くないなぁって。スカートやワンピースだって買って堂々と着ればいいんだ 」
「それはライルを目指す僕に必要な物じゃないよ」
「そぉかっ!! それじゃ僕が買ってやるよ、君のためにっ!それなら着るかっ!?」

 強情さに思わず本音が出る。
 余りのしつこさにライラは足を止めギャランを見た。

「どうしてなの……? 同情してるの? そんなに僕が可哀相!? 今にきっと本当に男に変わる変な奴だから?」

 この人やっぱり苦手だ。
 ローザのためにライルでいなければならないのにこんなにもライラを強要してくる。
 どうして放っておいてくれないのだろう。

「冗談じゃない。君は女の子だ! 同情なんかじゃないっ! それにいっただろうっ!? 僕は君のことが……!!」
「ここにいたのか、ライルくん」

 向こうからやって来たのは自警団第一部隊隊長であり、ライラとローザの後見人リカルド・フォスターだ。
 それを見た途端、ギャランは踵を返し何処かへ行ってしまった。
 元々ギャランは公安の人間だ。
 敵と思っている自警団と関わりあいたくなかったのだろう。

「やけに言い争っていたようだが何かあったのかね?」
「い、いえ別に。僕に何か用ですか?」
「ああ。ここではなんだから事務所へ行こうか」
「解りました」

 ライルはリカルドに連れられ、再び事務所へ向かった。





 


亮祐:管理人の亮祐です。今回でライラの過去が粗方語られました。ライラがライルとして生きていたのはこういった事情があったのですよ。 優しさゆえにライルとして生きる道を選んだのです。ちなみにこの時点でこのことを知っているのは後見人であるリカルドとその娘のトリーシャ、ローザの主治医トーヤと助手のディアーナ、自警団団長のベケットと何故か公安のギャランです。それにしてもギャラン×女2ndなんてマイナーはここぐらいですな。
翔:微妙に回想のドクターの口調別人だな。
亮祐:言わなければ気付かない事を……。「ライラ」は次回で終る予定です。ではこの辺で失礼を。


BGM:『乾いたKiss』/Mr.CHILDREN

モドル | トジル | ススム

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