ルクス通りでは今日も様々な人が行き交わしている。
少々肌寒いが陽光が心地よい。
―――こんな状況でなければくつろげたのに……
ジョートショップの植え込みに隠れる少年はつくづくそう思った。
水色の髪と鮮やかな赤い瞳。
人の顔より少々大きい程しかない背丈。
少年は人ではない。
いわゆる使い魔というやつだった。
使い魔の名はヘキサ。
つい先ほど召喚されたばかりだがすきをついて逃げ出してきたのだ。
何でも何とか部隊のサポートとして呼び出されたがそんな事知った事ではない。
久しぶりに召喚されたのだ。
外を満喫してからでも罰は当たらないだろう。
上から声がしたのはそんな時だった。
「君、どうしたの?」
澄み切った青空のような蒼色の瞳がこちらを見下ろしている。
同じ色の髪。
白を基調とした鎧。
この鎧には見覚えがあった。
「ひょっとして迷子? おうちの場所はわか…」
「余計な事すんなっ!」
このままで自警団に連れ戻されてしまう。
やっとここまで逃げてきたばかりだ。
まだ外を満喫していたい。
「だいたい俺はテメーよりも何倍も生きてんだよっ! じゃあなっ!!」
子ども扱いされた事に腹を立てながらヘキサは姿を消した。
一方、ライルの方は子供が目の前で消えてしまい呆然としていた。
―――あの子、人間じゃなかったんだ…。
今までそのような類と逢った事がなかったので気付かなかった。
植え込みではなく空中に浮いていたら気付けた筈なのに。
―――いったいどこに行ったんだろう
「どうかしたんですか?」
「あ、ディアーナさん」
何時の間にか隣りに眼鏡をかけた白衣の少女がいた。
クラウド医院のDr.トーヤ=クラウドの押しかけ弟子だ。
「いえ、大したことじゃ」
「そうですか。ところで今日も帰られる前にローザさんを見舞って行くんですか? ライラさ…」
ライルの表情がみるみる内に沈んでいく。
それを見てディアーナは慌てて訂正する。
「じゃなくて、ライルさん!」
全身からどっと冷汗が吹き出た。
目の前の人がその名で呼ばないよう言っていたのをうっかり忘れていた。
「はい、勿論。でないとローザさん泣くから」
「そうですか。じゃあ一緒に行きましょう。私も丁度先生のお使いの帰りなんです」
ライルはいつもの表情に戻っていた。
憂いを帯びた笑み。
ディアーナはこの人のこの顔が好きだった。
クラウド医院の庭は患者同士、もしくは見舞い客との交流の場となっている。
現在、年頃の女が一人穏やかな風を感じながらベンチに座っている。
女の鮮やかな紺色の髪がゆらゆらと風に靡いている。
ライルが後ろから声をかける。
「ローザ」
その声に気付いた女がこちらへ振り向いた。
「ああ、ライル。今日は来てくれたの。嬉し」
嬉しそうなローザの顔。
話しやすいよう目の前に移動して自分も嬉しそうに笑う。
「毎日来てるよ。昨日だって来たじゃないか」
「まぁ、調子のいいこといって」
呆れたような口ぶり。
それでもローザは笑っていた。
「でもいいわ。ライルに会えることが私の何よりの楽しみなんだもの」
ローザが顔に触れてくる。
ライルを求めて。
「これでライラもいっしょだったら、どんなに良かったか……」
そして、決まってライラのことを言う。
ライラ。
双子の妹。
でも、もういない。
ライラは死んだのだから。
「生きていたら、ライラも15になるのね……。あの頃は、いつまでも一緒に笑ってると思ってたのに」
「ローザ……」
「ライル、ライル・ハインリッヒ、あなただけでも生きててくれて本当に良かった……」
目を伏せて、ぎゅっと抱きしめられる。
ライルもそっと抱きしめ返した。
ライルはローザの従姉で、恋人だった。
そんな二人の様子をディアーナとトーヤ、そして公安のギャランが離れた所から伺っている。
「先生、やっぱり何度見てもやるせないですよ…」
ディアーナが口を出す。
悲しい表情で二人を見ながら。
「目の前にいるのはライラさんなのに」
死んでしまったのはライルの方なのに。
「ライラさんも解っててお兄さんのフリ続けて……。いったいいつまでああやって男の子でいないといけないんでしょうか? まだ15歳なのに……」
こんな事いつまでも続けられる筈もないのに。
ローザと話しているのはライルではなくライラだ。
死んだと言っていた双子の妹の方。
だが本当に死んだのは妹ではなく兄の方だった。
ライラはローザのためにライルのフリを続けていた。
「だいたい男の子でいようっていうのがムリなんですよ。だからエンフィールド学園だって中退しちゃって。いいんですか? こんな理不尽なことがあって」
だいたい美人なんだからもったいない。
何時の間にかそれはグチに変わりつつあった。
「ディアーナ、ライラの場合はフリじゃない。本当に兄のライルになろうとしているんだ」
「もちろん知ってます。だからあえて普段からライルの名前で呼ぶよう頼まれてるんですから」
「いや、そうじゃない。……最近、体の方にもその兆候が現れつつある」
「……は?」
主治医のトーヤの助手をしているからライラの胸が未発達だと言う事は知っている。
だが改めてそんな事を言うという事は他にも何かあるのだろうか。
トーヤはそっと耳打ちする。
その内容にディアーナの思考が一瞬停止した。
「しっ、下の方までぇっ!? それ本当ですかっ!?」
「いや、まだだがこのままの状態が続けばいつか……。兆候は出ている」
「ええっ!?」
その事実に驚きを隠せない。
まさか下の方までその兆候が起こりつつあるとは思いもしなかった。
しかし一体何故そんな事が出来るのだろう。
いくら魔法を使ったとしても遺伝子を変化させるなんて事、よっぽどの魔力がなければ出来ない筈だ。
「遺伝子レベルで変わりつつあるってことですかっ!?」
「ディアーナっ! ドクターッ!」
声を荒げたのは今まで話に参加する事のなかったギャランだった。
「うるさいよ」
二人を睨みつけると再び視線を向こうへと戻した。
そこでは相変わらずライルのフリをしているライラがローザと微笑んでいる。
そんなライラを見ながらギャランは己の拳を痛いほど握り締めた。
亮祐:管理人の亮祐です
。ヘキサとの初接触でしたがどうやら彼はお気に召さなかったようです(笑)ヘキサはプライドが高そうですな。ちなみに時間帯は1.朝、2.以降は夕方となっております。
翔:時間差が激しいな。
亮祐:ややこしくて申し訳ありません。今回出てきたローザさんは1で夢に出ていた従姉です。ライラ、ライル、ローザ。この三人に一体何が合ったのか。それは次回明かされます。ではこの辺で失礼を。
BGM:『乾いたKiss』/Mr.CHILDREN