ツバサ
願いを叶える店 vol,2
「…で、私の対価って何?」
世の中は等価交換。願いを叶えたいなら、それ相応の対価が必要になるのは当然でしょ。
もし無理難題を言うようなら、即座に回れ右すればいいことだ。けれど私のそんな考えは杞憂に終わった。
「あなたの対価は、携帯電話のストラップ」
「は? そんなもんでいいの? マジで?」
あまりにも安いその対価に、私は逆に肩透かしを食らってしまった。
そりゃ私のストラップはパワーストーンマニアの姉貴の手作りで、世界中探したってこれしかない一点物だけど、何の変哲もないビーズ細工だ。蛍石とかいうらしいが、詳しい効能はまったく知らない。
「本当にこんなんでいいの?」
「ええ、かまわないわ。あなたの願いを叶えるには、あなたが持っているものの中で、最も価値のあるものを支払わなければいけない。そのストラップなら、充分対価になる」
「ふぅん…」
全然納得はいかなかったけど、私は携帯からストラップを外した。白くて細いのが私のストラップを見て驚きの表情を浮かべていたけれど、背中を向けていた私はそんなことにまったく気付かなかった。
外したストラップを手のひらに乗せて差し出すと、ストラップはふわりと空中に浮いて女の人の周りで制止した。
「え? え? えええええ!?」
浮いたー!? ストラップ浮いたー!! なんでー!?
種も仕掛けもないことは私が一番よく知ってるのにー!!
「こんなことくらいで驚かないでちょうだい。あなたはこれから異世界を旅するのよ? そんなことで、やっていけると思ってるの?」
呆れたように女の人がため息を吐き、その言葉に私はハッと我に返る。
そうだった、これから異世界に行こうとする人間が、こんなちゃちい手品もどきで驚いてる暇はなかった。
私はこめかみに人差し指を当てて、落ち着け〜落ち着け〜と精神を統一する。で、落ち着いてくると色々と腹が立ってくる。
いやだって、雨に濡れてるのは皆一緒なのに、全身泥まみれなの私だけだよ? ぶっちゃけ無様じゃない?
……………あれ?
だとしたら、あの女の人っておかしくない? だって一人だけ全然濡れてないんだから。
でもそれは大した理由じゃないでしょ。なんかあの人すごい魔女? みたいだし、大方傘さすのがめんどいわーって程度のことじゃないかな? うわ、ありえそう。
次に思ったのが家族のこと。そう、私は姉にパシらされてて、家に帰る途中だったんだ。
もしこのまま異世界に行ってしまったら、家族はきっと心配するだろう。特に姉貴なんて、プリンが食べれなかった腹いせに私のコーヒーゼリー食べちゃいそうだ。
でももしここでいっぺん家に帰りまーすとか言ったら、すっごいブーイングされそうだなぁ…。特に黒いのに。
だからって、一言もなしに出て行くのも嫌だ。
「あのー」
黒くてでかいのには刀、白くて細いのにはイレズミを支払わせた魔女さんに、私はそーっと話しかけた。
「なぁに?」
「えーと、私が異世界に行った後、私の家族に伝言伝えてくれる? 必ず帰るから、あんまり心配するなって」
まったく心配されないのもなんか寂しいので、とりあえずそう言ってみる。すると魔女さんは意外そうな顔をした。
なんていうか、長年の親友が絶対に言わないようなことを口にしたって感じだ。
「私なんか変なこと言った?」
「いいえ。何もおかしなことは言ってないわ」
「ふーん? あ、伝言頼むのも対価がいるのかな?」
「そうね、その髪どめの片方でいいわ」
どこにでも売ってる市販品の髪どめをパチンと外して差し出すと、髪どめはやっぱり魔女さんの周りでふわふわ浮いた。
それを確認すると、魔女さんは少年Aと向き合った。
「あなたはどう? 自分の一番大切なものをあたしに差し出して、異世界に行く方法を手に入れる?」
「はい」
少年Aは一度腕の中の女の子に視線を落として、何の迷いも見せない瞳で即答した。
何故だろう? 私にはそれが少し怖かった。
少年Aと魔女さんの話に水を差さないように私は二人から少し離れたのだが、下がりすぎたせいで白いのにぶつかってしまった。
「あ、ごめん」
「んー? 大丈夫だよ?」
「いや、でもコートに泥…」
「あははー、雨でびしょびしょだから、泥くらい平気だよー」
私が謝ると白いのはやっぱりへにゃへにゃした笑みを浮かべた。嫌いな類いの笑顔だが、わざわざそんなこと言って関係を悪くする必要はあるまい、うん。
あーでも、よくよく見るとコイツ美形だわ。絵に描いたような金髪碧眼だし、細いわりにはがっしりしてる。
黒いのだって見た目怖いけど、言い方変えれば精悍? と言えなくもないし?(←なんで疑問形?)
少年Aはまだまだ子供の領域を出ないけど、将来きっといい男になること間違いなしって感じだし。
……………あれ? ちょっと待って。確か魔女さんは一つの願いに四人で対価を支払えって言ったよね? ってことは、ここにいる全員で一緒に異世界を旅しなきゃいけないってこと…?
「って、増え「えぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」
のどから迸る私の絶叫のせいで誰かの台詞を遮ったような気がするけど、そんなん無視よ無視!!
「魔女さん!!」
「今度は何?」
「異世界に行きたかったら、コイツらも一緒じゃないとダメなの!?」
「誰がコイツらだオイ!!」
「それはちょっとひどいよー」
コイツら呼ばわりされた黒いのと白いのが怒ったけど、そんなん無視よ無視!!
すがるような私の視線に、魔女さんはまさに魔女そのものといった笑みを浮かべて答えた。
「ええ、そうよ。今頃気付いたの?」
「今頃気付きました…。お願いだから、私だけ別行動にして…」
「そんな!!」
我ながらいい考えだと思ったのに、今度は少年Aが声を上げる。さながら雨の日に見つけた子犬のような視線に、私の決心がグラグラと揺れた。やめてー、捨て犬には弱いのよー。
大体、常識的に考えて年頃の男女数名で異世界の旅なんてダメでしょ? 今だに目を開けない女の子だって、実は女の子みたいに可愛い男の子ってオチがあるかもしれないし!!(←考えすぎ)
「残念だけど、あなただけの対価ではあなたを異世界に運ぶことは出来ないわ。そしてあなたの対価がなければ、彼らも異世界に行くことが出来ない」
「じゃあ、ストラップはこの子達の不足分の対価として差し出すわよ。私は別の対価を支払うから、その時異世界に連れて行ってよ」
「それも無理ね」
私の言葉を、魔女さんはきっぱりと否定した。
雨で体温が奪われ続けているせいか、空気の温度が下がった気がした。もしかして、魔女さん怒ってる…?
「与えられたものには、須くそれに見合うだけの代償、代価が必要なのよ。
与えすぎてもいけない。
奪いすぎてもいけない。
過不足なく、対等に、均等に。
でないと、」
魔女の指が、私の心臓を指す。
「傷がつく」
自分でも判るくらい、肩がビクリと跳ねた。
「現世の躯に。
星世の運に。
天世の魂に」
魔女の言葉は、それだけで私の心臓を止めるだけの力を持っているようだ。
「だから、あなたは彼らとともに行かなくてはいけない。それがあなた自身のためでもあるのだから」
指が離れた瞬間、私の身体は糸が切れたマリオネットのようにガクンと力が抜けた。……不思議。なんで私倒れてないんだろ?
「しっかりしてさん!!」
「四月一日君…?」
…あ、四月一日君に支えられてるからかー。でもなんで四月一日君がここにいるんだろ…?
「侑子さん、さんに何したんですか!?」
怒鳴る四月一日君の腕をつかみ、私は首を振った。
「……大丈夫だよ四月一日君、悪いのは私なんだから…」
足はまだふらつくけど、私は何とか一人で立ち上がった。四月一日君は心配そうな顔をしてくれるけど、そんな必要はないんだよ?
「…等価交換はこの世界の鉄則なのに…。そんなことすら忘れているなんて、“幸せ”って恐ろしいわね…」
「さん…?」
「ん?」
ぼーっとしていた意識がようやくはっきりした私に、四月一日君がびっくりしたような目を向けている。
「どうかした? っていうか、なんで四月一日君がこんな所にいるの?」
「いや、おれこの店でバイトしてるから…」
「なるほど、ひまわりが言ってた四月一日君のバイト先ってここなんだ」
納得して頷くと、途端に四月一日君の表情がパァァァッと目に見えて明るくなった。何? 何事なの…?
「ひまわりちゃんがおれのことを!? ほ、他には何か言ってた!?」
おお? なんだこの食い付きのよさ? 顔近いぞコラ、勝手に手ェ握るんじゃない。
……ははぁん、さてはコイツ。
「四月一日君、ひまわりのこと好きなんだー」
「す、好きだなんてそんなー。ちょっと可愛いなーって思ってるだけだよー」
うわぁ、核心を突いたらなんか軟体動物みたいにクネクネし始めたよ。なんか面白ーい。
「そーんな顔して言ったって説得力ないしー。でも残念。せっかく親友にコイバナが持ち上がって来たのに、私はそのキューピッドをしてあげられないわー」
ほんと心の底からそう思う。だって私、これからまったくの赤の他人と異世界に行くんだもの。間が悪いったらありゃしない。
四月一日君は私の言ってる意味が判らないって顔をしてたけど、別に説明しなくていいよね。どうせ見てれば判るんだし。
「話はすんだかしら?」
「あー、うん。未練は色々残ってるけど、行く気にはなった」
「なら、話を進めるわよ?」
白いまんじゅうみたいな生き物を手にした魔女さんの言葉に、私は頷いた。何しろ話の腰をぽっきり折っていたのだ。
黒いのはギロリと、白いのはやんわりと私を睨んでいる。少年だけはすまなさそうにしてるから、この子にだけは後でちゃんと謝ろう。
とりあえず今は魔女さんの話が先だよねー。
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