ツバサ

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  願いを叶える店 vol,1  




「あーもう、最悪なんだけど!?」



晴れてるくせに容赦なく降ってくる雨から逃れるように、心の中ではプリンが食べたいわーオホホなんて笑いながら人をパシらせやがった姉に対して罵詈雑言を浴びせながら、私は家に向かってひたすら走っていた。
 一歩進むごとに腕にひっかけたコンビニのビニール袋ががっさがっさ揺れるけど気にするもんか。可愛い妹をこんな天気の中放り出すような姉には、シェイクしまくったプリンを食わせてやるんだから(←いや、家を出た時は雨なんか降ってなかったけどさ)
「あー、こんな時はコンタクトにすればよかったーって思うよ…」
 眼鏡に当たってそのまま居座る図々しい水滴を拭うために、私は忙しなく動かしていた足を止める。服の端できゅきゅきゅっと拭いた程度では完全にレンズから水滴を取り除くことは出来ないけれど、視界の確保だけならこれで充分だ。
 帰ったらきちんと拭き直そう。そんなことを考えながら眼鏡を掛け直した私は、そこがすさまじく変な家の真ん前だということに気が付いた。
 何がどう変って、周りの建物は見上げなければ天辺が見えないほど高い建築物ばかりなのに、この家は明らかに一軒家。おまけに、素人の私には建築様式なんて洋風か和風か中華風くらいしか判らないけれど、この家はそのどれとも違う感じがした。
 さらに付け加えるなら、この雨の中ばっちりキメたコスプレ集団がいる時点で、まともな家なわけがない。
 ってゆーかこんな建物、うちの近所にあったっけ?
 しばらくの間その変な家とコスプレ集団をぼけーっと見つめていた私が意識を取り戻したのは、全身を黒一色で固めた魔女のような格好をした女の人がこっちを見たからだった。
 ばちりと目が合い、にやりと笑われた瞬間、私の背筋にぞくぞくぅっと冷たいものが走った。たとえて言うなら、蛇に睨まれた蛙のような気分だ。
 いかんいかん、このままだと風邪を引いてしまうではないか。
 そう思った私は変な家と変なコスプレ集団から視線を逸らし、自分の家に帰ろうとした。
 が。
「わー!? ぎゃー!! 何なにナニ!? 足が勝手にうーごーくー!?」
 そう、摩訶不思議なことに私の足は自分の家ではなく、その変な家に向かって歩き始めたのだ!!
 怖い怖い怖い!! いやこれマジ怖いって!! だって身体が勝手に動くんだよ!? いくら今履いてる靴が赤いからってそれはないでしょ!? 最後は異人さんに連れてかれちゃうじゃないー!!(←色々混ざってる)
 頭は完全にパニックに陥っているのに、足は迷うことなくずかずかと変な家の門を潜ってしまい、三歩目を踏み出した瞬間私の意識は明後日の方向にイッてしまった。
 ああ、遠目に見ただけでも高そうだなあとは思ったけど、一歩近付く度にコスプレイヤーの皆さんの格好がどんだけ金がかかってるのかよく判るよ…。黒くてでかい人の刀とか、白くて細い人の杖とか、本物にしか見えないんですけど?
 ……あれ? 杖はともかく刀が本物だったらちょっと…いやかなりヤバくない!? ぎゃー!! ストップストップ私の足!! マジで止まれってば!! 神様仏様お姉様ー!! マジ誰かヘルプミー!!
 必死の願いが通じたのか、私の足はようやく止まった。ただし、コスプレ集団の真っ直中で。
「ふぎゃっ!?」
急停止したことと雨で地面がぬかるんでいたことから、私は顔面から泥の中へダイブしてしまった。
「「「「……………」」」」
 思いっ切り鼻を強打しただけでなく、全身泥まみれになった私をコスプレ集団が見下ろしている。全員口には出してないけど、内心「あちゃー」とか「何やってんだコイツ?」とか思ってるよ!! だって視線が痛いもん!!
うあぁぁぁぁっ!! 気まずくて顔上げられねぇぇぇっ!!
「あ、あの、大丈夫ですか…?」
不意にコスプレ少年Aが私に話しかけて来たけど、私のことを思うならほっといて下さい。私はこのまま土に返るんだから。
「おい、いい加減顔上げやがれ!!」
いつまでも地面と仲良くしている私に見兼ねたのか(いや、私だって好きで仲良くしてるわけじゃないけど!!)、黒くてでかいのが私の襟首をつかんで無理やり立たせやがった。首!! マジ首締まるー!!
「ぐえぇ…」
「放してあげなさい。それじゃあその子、死んじゃうわよ?」
「………チッ」
魔女コスの女の人のその言葉で黒くてでかいのは私から手を放したけど、放す前に何の一言もかけてくれなかったので、気持ちの準備が出来てなかった私は無様に尻餅をついた。
 べしゃりと響いた音が物悲しさを誘うけど、既に前半分泥まみれだから尻くらい気にもならないよ。眼鏡が泥まみれなのはさすがにアレだけど…。
 しかしこの黒くてでかいのはムカツクなこんにゃろう、いつかど突いたる。
「それで、君が四人目なのかなぁ?」
「いいえ、私は聞き役です」
眼鏡を掛け直した私に、目線を合わせるようにかがんだ白くて細いのが話しかけて来る。姉にパシらされる前まで某学校であった怖い話のパソゲーをしていたせいで反射的にそう返してから、私はしまったと思った。
聞き役なのは七人目だよ!!(←そっちかい!!)
案の定、意味が判らないらしい白くて細いのはえー? と首を傾げる。
「君が四人目じゃないの?」
「いいえ、その子が四人目で間違いないわ」
白くて細いのの疑問に答えたのは、魔女コスの女の人だった。そして女の人の言葉に示し合わせたように、この場にいる全員の視線が私に向けられる。
 コスプレ少年Aは懇願するように。
 黒くてでかいのは苛立たしそうに。
 白くて細いのは少し不可解そうに。
何なにナニ!? 四人目って何!? 四なだけにめちゃくちゃ不吉に聞こえるんですけど!?
「あなた、名前は?」
「な、名前…?」
 おたおたする私に女の人が問う。
 どうしよう? 小さい子に知らない人に名前を教えてはいけませんってよく言うけど、ここで名前を言わなかったら話が進まない気がする…。
 背後からは、強さは違えど早く言えと私を急かす視線しか感じない。八方塞がり。穴があったら入りたいけど、そんな都合のいいものはない!!
、です…」
「そう、ちゃんね」
「あー、はい…。それでそのぉ、勝手に入ったことは謝りますから、帰ってもいいですか? なんか取り込み中みたいだし…」
 ひたすら下手に出る私に、女の人は心底おかしそうに首を傾げた。
「あら、それはおかしいわ。この店に入れるのは、叶えて欲しい願いがある人だけだもの」
「店? 叶えて欲しい願い?」
「そう。対価さえ支払うなら、どんな願いでも叶えてくれる店。そしてちゃんの願いを叶えられるのは、この世界にはあたししかいないわ」
 胡散臭い。まずそう思った。次に宗教の勧誘かと思った。だとしたら間に合ってます。私、元旦に神社に参るくらいの信心しかありませんから。
 第一、私の願いは絶対に叶うはずがない類いのものだ。
だけど女の人は私は無視して語り始めた。
「さて、あなた達四人の願いは同じなのよ」
 そして女の人が語る内容は、大して丈夫じゃない私の堪忍袋の尾を切るのに充分だった。

「………ふざけんなー」

 気が付いたら私はそう呟いていた。全員の視線がまた私に集中したけど、それすら気にならないくらい私の気は立っていた。
 飛び散った記憶を集めるために色んな世界に行きたい? この異世界から元の世界に行きたい? 元の世界に戻りたくないから他の世界に行きたい?
 あっはっはー、テメーらジョーダンは格好だけにしろっつーの。
 どんだけ大掛かりなコスプレをしようが、現実じゃありえない世界観を設定してお芝居しようが、それは人の趣味なんだからとやかく言うつもりなんてない。私だって大声じゃ言えないような趣味の一つや二つ持ってるわよ?
 だけどね、それが趣味として世間に許容されるには、あくまで他人に迷惑をかけないことが大前提なんじゃない?
 今の私の気分はこれ以上ないくらい最悪よ。
 それに、私にとって“異世界”という言葉は禁句中の禁句なのよ!!
 頭の中では色んな言葉が渦巻いてひしめいて軋みを上げてるのに、私の口から漏れるのは呼吸音だけだった。
「……帰る」
 ようやくそれだけ言って、手の中のビニール袋を握り直す。そうだ、私は早く帰って姉貴にシェイクしたプリンを食わせなきゃならないんだ。
「待って下さい!!」
踵を返そうとした私の腕を、コスプレ少年Aがつかむ。強い力。よくよく見れば、少年Aの腕の中には目を閉じた女の子がいる。
ああ、その子が記憶が飛び散ったっていう設定なわけ? よくやるね。
「放してよ」
「放しません」
 私はものすごく冷たい目をしてると思う。今まで生きてきた中で、一番頭にキてるんだから。でも、少年Aは反対に熱のこもった目をしてる。
「おれに出来ることなら何でもします。だから、この人の話を最後まで聞いて下さい!!」
 少年Aの言葉に、私は思わずハッとする。
 これは、何かを決意してる人間の目だ。
演技じゃない。冗談じゃない。そう思わせるだけの熱がこの子にはある。それから懇願。この子は本気で、今会ったばかりの私を頼りにしている。
 その事実に、私は腕を振り払うことなんて出来なくなっていた。
困った。マジで困った。だってそれなら、ここにいる全員がコスプレマニアのお芝居じゃなくなってくる。真実になってくる。
私は改めてこの場にいる全員を見た。
 コスプレ少年Aは、やっぱり決意をこめた目をしてる。黒くてでかいのは睨み返してきて、白くて細いのはへにゃへにゃ笑ってるけど目が笑ってない。そして魔女コスの女の人は、うっすらと口許が笑っていた。
 ここは願いを叶える店だと女の人は言った。
 ああ、ちくしょう。だったらダメ元で付き合ってやろうじゃないか。
「……ある理由から、私はある世界に行きたいと確かに思ってる。行きたいって言ったら、本当にそこに連れて行ってくれるわけ?」
「ええ、そうよ」
半信半疑の私に対し、逆に疑わしくなるくらい女の人はきっぱりと断言した。
「一人ずつではその願いを叶えることは出来ないけれど、四人一緒に行くのなら一つの願いに四人分の対価ってことでOKしてもいいわ」
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