パンがあってもケーキが食べたい。
すれ違った誰もが振り返らずにはいられなかった。
バラの蕾を思わせる初々しい美貌に、小鳥のように華奢な肢体。風に揺れる黒髪は、陽の光を反射して月のように光り輝いている。
身に着けている物こそ平凡なセーターとプリーツスカートだが、それは少女の美しさを何一つとして損なってはいなかった。
むしろ着飾る必要など感じられないほど、少女は美しかった。
道行くすべての人々の視線は少女へと向けられ、少女の歩みに合わせて移動していく。
それに気付いているのかいないのか、少女の足取りは変わらない。水面に浮かぶ白鳥のように優雅だ。
しかし、人々が『少女』という存在に抱く理想そのままの姿を形作りながら、少女を『少女』と定義するには重大かつ致命的な欠陥があった。
「何やってるんですかさん!?」
「あれ? やっぱり君なの?」
「よう。ハルに笹川じゃん、奇遇だなー」
―――そう、少女は男だった。
「納得いきません、どうしてそんなにキレイなんですか!? 男なのに!!」
主に女性客で賑わうケーキショップの一角。それぞれ吟味に吟味を重ねたケーキを手にハルと京子が並んで座り、その向かいにが納まってから、ちゃぶ台があればひっくり返しそうな勢いでハルはに詰め寄った。
「ハル声でかいーっ、女装がバレるだろー?」
「大丈夫だよ。だって君、女の子にしか見えないもん」
京子がにこにこ笑いながら指摘する通り、の姿は美少女以外の何者でもなかった。しかも生半可な美少女ではなく、A++級の美少女である。
何しろ店内にいる女性客の中で、一際目を惹くのが女装したなのだ。恋人に連れて来られたらしい男性客ですら、ちらちらとを窺っては頬やら耳やら抓られている。
だが、はどこか納得していない。
「そうかー? 顔は昔取った杵柄で自信あるけど、身体はいじりようがないから見る人が見たら判るんじゃない?」
「うーん、まあね」
「当たり前です。そんなに大きい女の子はいません」
「あー、やっぱり身長で気付かれたかー」
の身長は、女子中学生として標準的なハルや京子よりも頭一つ飛び出している。つまり、どう繕ったところで女の子にしては大柄な部類に入ってしまうのだ。
だがそれは立っている時の話で、こうして座ってしまえば二人とそう変わらないため、いくらでもごまかすことが出来る。
もしも店内で出会っていたら、二人ともこの少女がであることを看破出来なかっただろう。
「正直、バレたらどうしようって、ずっとヒヤヒヤしてたんだよー。マグロとかヒバリンとかに見つかったら、何言われるか判んないしさー」
特に右腕志願の忠犬とかうるさそうだ。
「だったら、普通の格好で来たらいいじゃないですか」
「そしたら割り引きされないだろー? 全品十円から五十円引き。ただし女性限定なんて、この店は男はケーキ食べないとでも思ってんのかー?」
差別だ差別ー、と騒ぐ間にも、トレイに載ったケーキはの口の中に消えていく。
ぱくぱくぱくとケーキ一個を三口で食べ、二人がようやく二個目に取り掛かった時には、「全然足りないから追加して来る」と言って立ち上がっていた。
そのほっそりとした後ろ姿を、ハルが憎らしげに見つめる。
「ううう……やっぱり納得いきません…。あんなにキレイで可愛くてどんなに食べても太らない男の子なんて…、女の子の敵です!!」
「なんでだよ?」
むきーっと吠え猛るハルを、瞳を半眼にしたが振り返った。
「んー、腹五分目ってとこかなー?」
「あれだけ食べてまだ半分ですか!?」
三十分後、ハルと京子とは三人連れ立って店を出た。
ケーキ十二個を表情一つ変えず消費するに店中の客の視線が集中してしまい、居づらくなったからだ。また、ハルにしろ京子にしろとは違ったタイプの美少女だったため、注目度は一層上がった。
「うう…、もうあのお店に行けません…」
「なんでだよー? 美味かったんだから、また行けばいいだろー?」
首を傾げるを、ハルはキッと睨みつけた。
「行けるわけないじゃないですか!! あんなにケーキ食べてるんだから、顔覚えられちゃってます!!」
「食ったのは俺で、ハルじゃないだろー?」
「そういう問題じゃありません!!」
「ハルちゃん落ち着いて、時間が経てばきっとお店の人も忘れちゃってるよ。その頃また行こう?」
「はい…」
ダメツナすら登校させたエンジェルスマイルを浮かべて二人の仲裁に入る京子に、ハルは目尻に涙を滲ませながらこくりと頷いた。
それを見ては「やっぱ女の子って判んねー」と肩を竦める。
もっとも、十五年にも満たないの人生において異性のサンプルとなりうるのは姉やんくらいなのだが、何しろ彼女は年齢不詳すぎて女性どころか人類という枠組みからすら逸脱している。もはや異次元の生命体といっても過言ではない。
直接の戦闘能力は自分の方が高いはずなのに、真っ向勝負を挑めば必ず返り討ちに遭う。そんな印象がどうしても拭えない存在だ。
(こういうのも、シスコンって言うのかなー?)
「なあ、アンタ可愛いな」
「ん?」
自分の考えに没頭していたは不意にかけられた声で正気に戻り、声の主を見やった。そして、返事をしてしまったことに後悔した。
目の前にいたのは、一言で言えばチャラチャラした男だった。だらしなく着崩された服には眉を寄せたが、男はそれに気付いた様子もなくさらに話しかけて来る。
「うわ、マジ可愛くね? もしかして芸能人か何か?」
「後ろの子も可愛いよねー。三人? オレらと丁度じゃん」
「せっかくだからさ、遊びに行こうよ。いートコ知ってるからさ」
男の内の一人が、身を竦めていた京子に向かって手を伸ばした。
「何がどうせっかくなんだ? 日本語を喋れ、日本語を」
それをバシンと払い、は男達に立ち塞がるように二人を背後に庇う。
「さんっ」
「君…」
「二人とも下がってろ。こういうのは口で言っても判んないんだから」
「はあ? 何だよ?」
雰囲気を一変させたに、男達もまた態度を変える。
女のくせにだとか、生意気だとか、ちょっと優しくしたらだとか、まともに聞いてるのがバカらしくなるようなことしか言わない男達に、は内心ため息を吐いた。
(あーもう、面倒なことになっちゃったなー)
体格からして相手は全員高校生だが、その程度のハンデはにとってないも同然だ。武器なんか使わず、素手で充分叩き伏せれる。
ただ一つ、問題があるとすれば…。
(今履いてるの、スカートなんだよなあ…)
ケーキを食べたらすぐ帰宅するつもりだったので、スカートの下は男物のパンツしか履いてない。いくらボクサータイプのパンツでも、女物と比較すれば一目瞭然。女装が一発でバレてしまう。
(……そんな試合に勝って勝負に負けた、な結末は嫌だ。かと言って、いつまでもこの状況でいるわけにもいかないし…)
うーんと頭を悩ませるだが、女神の救済の手は意外な形で差し出された。
道の向こうからちょこちょことやって来る弁髪を発見した瞬間、はにやりと口角を吊り上げた。
「それでこんなにケーキがあるんだ…」
「そうそう。マグロも食え、ここのモンブラン美味いぞー」
今や沢田家のリビングは店が開けそうなほどケーキに埋もれ、居候達が好き勝手にケーキを食べている。ランボとイーピンはおいかけっこをしながら、ビアンキは新しいポイズンクッキングのレシピを考えながら、フゥ太はランキング星と交信しながら、だ。
奈々のお使いで砂糖を買いに行っただけのイーピンが、何故大量のケーキとともに帰って来たのか。ことの顛末をから聞き終えた綱吉は、がっくりと肩を落とした。
ハルと京子ともども不良に絡まれていたところをイーピンに助けてもらったが、そのお礼にケーキを奢ることにしたまではいい。だが、一つに絞れなかったイーピンを見兼ねて全種類のケーキを買ったがために、リビングは甘い匂いに充ち満ちているのだ。
「カードが使えてよかった」とはの言である。
未だに女装したままのは、スカート摘みながらしみじみと呟いた。
「いやー、俺は学習したね。次からスカート履く時は、ちゃんと短パン履こうってー」
「学習するのそこ!?」
「仕方ないよ。兄の女装は、僕のランキングでもいつも上位だもん」
「そんなランキングあるのー!?」
「甘ぇぞ。女装だって立派な変装だ」
「なに対抗してんだよリボーン!?」
「どんな姿でも、私の愛は変わらないわ」
「ビアンキまでー!!」
「すげー、アンミラタイプのウェイトレスだー」
ケラケラ笑いながら、は十八個目のケーキを完食した。
うん、やっぱり皆で食べる方が断然美味しい。
END.
甘味のためなら女装もする。それがどうした? 文句があるか?
にとって女装は殺し屋としての能力の一つなので、女装に対するためらいはまったくありません。特に女顔というわけでもないですしね。
実を言うと、達を誰が助けるかで一番頭を悩ませました。候補として草壁とロマーリオが挙がってましたが、最終的にはイーピンに助けてもらってます。
せっかく女の子を出したんだから、助けてくれるのも女の子にしたかったんです。
草壁やロマーリオはまた今度、と思いましたが、そんな夢誰が見たいんでしょうね?(笑)