リボーン

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  蜘蛛と門外顧問  

その日、沢田家光は機上の人だった。
目的地は愛する妻子が暮らす日本ではなく、そこから遠く離れた異国の地である。
 彼はボンゴレという強大な組織を維持する一端として、常に多忙な日々を送っていた。故に、団欒などという温かな家族との触れ合いは、彼の人生において無縁と言っても過言ではない。
淋しくない、と言えば嘘になる。だが、家族を愛するならば、守りたいならば、今の状態が最善であることも家光は理解していた。
 自分だけでなく、自分の愛する者まで巻き込んで悲惨な最期を遂げていった者を、彼は敵味方関係なく見てきたのだ。
 おそらく、これ以上を望めば罰が当たるだろうというくらい、自分はマフィアとして恵まれている。
到着地で待ち受ける任務にため息を吐きつつも、凝り固まった肩をほぐそうと家光が首を回したその視線の先―――

「久しぶりね、沢田家光」

―――漆黒のスーツをまとい、腰に日本刀を提げた女性が一人そこに立っていた。



女性の名は
家光が家族の護衛を個人的に依頼している殺し屋であり、忍を祖とする暗殺集団“”の首領だった。
外見から推測される年齢は二十代半ば。だが、十年前に出会った時から彼女はまったく変化していない。東洋人は年齢よりも若く見られると言うが、彼女の場合は度が過ぎていた。
そのことから一部では“魔女”などとあだ名されるだが、彼女自身はこう名乗っている。
“蜘蛛”。
その姿形から忌避され嫌悪の念を抱かれながらも、人を惹きつける魔性を秘めた八足の生き物。
代々の“”の首領のみが名乗ることを許される暗号名だ。
その立場上、表立って動くことが少ないだが、時折家光の前には姿を表すことがある。
 と家光が交わしている護衛の契約は一年で区切られている。そのため、その節目ごとには家光を訪ねて来る。ただ契約を更新するか否かを問うためだけに。
今回もそうだった。
その場に突っ立ったまま端的に、「更新するの?」とだけは問う。
「ああ、頼む」
「そう。じゃあ、報酬はいつもの口座にお願い」
は頷く。そこまでのやりとりは例年と変わらなかった。
「でも六月までよ。六月で“”は手を引くわ」
「何故だ?」
きっぱりとしたの言葉。そこに真意を見出だせなかった家光は、すかさず問い返した。
 何らかの都合のために“”側から契約を断ち切るにしても、六月までという時間制限がひどく気にかかった。
だが、家光の問いには眉をしかめた。
「何故? よく言うわ。それはあなたが一番知っているでしょう? 判らなければ考えなさい。頭はヘルメットを乗せる台じゃないでしょう?」
切れ長の瞳が冷たく細められる。
家光は考えた。“”の性質。自身の思考回路。そして六月に何が起こるのか。
「……リボーンか」
ここ数年の間に相次いで次期ボス候補達が死んだのは、家光の記憶にも新しい。だからこそ、門外顧問である家光まで引っ張り出されて働かされているのだ。
ボンゴレは他のファミリーと一線を画す。おこぼれを与かろうとする者もいれば、潰そうと企む者も多い。不幸な偶然の結果ボス候補が一掃された今は、そんな彼らにとってまたとないチャンスだ。
油断は禁物。判断を誤れば、ボンゴレは人間という名の獣どもに骨の髄までしゃぶり尽くされる。
九代目は高齢のため、今から新しいボス候補を作るにしても時間がかかる。たとえ一時であろうと、ボンゴレを安定させるためにボス候補を名乗る者が必要だった。
そして白羽の矢を立てられたのが、家光の一人息子である綱吉だった。
家光とて人の子、人の親だ。最初は反対した。自分の息子にそんな大役が務まるわけがない、と。
だが、他に適任がいないのも事実だった。今や綱吉以外、ボンゴレの血を引く者はこの世に存在しない。
ボンゴレの血を貴びすぎるが故に、彼以外ボス候補を名乗ることすら許されないのだ。
家光は断腸の思いでその決断に従った。そんな家光に、九代目はリボーンを派遣することを約束してくれた。リボーンが常に側にいるならば、たとえ暗殺者が来襲しても命の危険はないだろう。
そのリボーンが沢田家を訪れるのが六月。の言と一致する。
「“”は特定の組織に肩入れしない。あなたの依頼を引き受けたのも、彼女達が一般人だからよ。でも今は違う。次期ボスとその母親だもの、一般人じゃないわ」
「だが、息子がボンゴレを継ぐとは…」
「派遣されたのはあのリボーンでしょう? なら彼は確実にボスになるわ。…可哀想に」
死者を悼むように胸に手を当て、は目を伏せる。
とて好きで殺し屋の首領になったのではない。ただ、そういう星の下に生まれただけだ。拒絶することなど許されない、そういう星の下に。
 だからこそ、潰えてしまった綱吉の未来を悼む。
「理解してもらえたかしら? リボーンが来るまでは、彼女達は責任を持って“”が護衛をするわ。でもそれまでよ。その後は知らないわ」
「報酬を上乗せしてもか?」
「魅力的だけど、断るわ。さっきも言ったでしょう? “”は特定の組織に肩入れしないって」
もう話はすんだとばかりに、は踵を返す。既に決定された事項を突き付けられるだけの形に、家光は呆然と目を見開く。
声はかけられなかった。かけたところで、言えることなど何もなかった。
「ああ、これは一人言だけど」
背中を向けたまま、は足を止める。
「彼女達の護衛だけど、今は弟が担当しているのよね。もう何年も仕事で拘束してしまったから、休暇をあげなくてはいけないと思うの。彼のことだから、きっとそのまま並盛で遊んでるわね」
…?」
顔が見えないにも関わらず、家光にはが笑っているのが判った。
「行ってらっしゃい、家光。早く帰ってあげてちょうだいね?」



そうしては姿を消す。飛行する機内という完璧な密室でありながら、だ。
一流の殺し屋であるが自分の痕跡など残すはずがない。
 まるで夢を見ていたか、狐にでもつままれた気分だ。
だが、悪くはない。
意図はどうあれ、は組織の理念に従って奈々と綱吉を見捨てる気はないことが判ったのだ。気紛れな性格だが、味方であればこれほど心強い存在もいない。
「やはり、あの噂は本当なのか?」
”は本来、日本に渡った初代の身辺を守護するために発足した組織だという。それが時代を経るごとに、ボンゴレとは無縁の暗殺集団となった。
 そんな“”の理念の一つが「どの組織に対しても中立を貫く」という姿勢なのだが、の態度を見る限りではその理念は遵守されているとは思えない。現にとその弟は、理念に反する行動をとることを宣言している。
 また真偽は定かではないが、ボンゴレの存続に関わる問題が発生した時、裏の裏、影の蔭で“”のメンバーが暗躍していたという情報もある。
 ここまで来れば、“”は自分の意志で理念を破っているとしか考えられない。
だが“”が肩入れするのは、数多ある組織の中でもボンゴレだけに限られている。それは何故か?
初代を守護するために生まれた“”。「主を守りたい」という願いが、初代が設立したボンゴレその物すら守ろうとしているのだろうか? 世紀を一つ経た現代になっても?
「ああ、だが、考えられないことじゃないな…」
何しろ“”を作ったのは雲の守護者だという話だ。
何者にも囚われることなく、独自の立場からファミリーを守護する孤高の浮き雲。
たとえそれが家光の理解の範疇を完全に越えた方法であっても、ファミリーを守ろうとする意志は本物だ。その遺志を受け継ぐ彼女らも、雲の守護者と言えるかもしれない。
 そんな“”の在り方を家光は理解出来ないが、のことは信頼している。基本的に彼女は悪人しか斬らないという、殺し屋としては致命的な欠陥を抱える人間なのだ。
 だからこそ、家光は家族の護衛を彼女に依頼した。
の弟とは数えるほどしか会っていないが、優秀さは他人に厳しいが高く評価していることからも窺える。彼とリボーンが並盛に常駐するならば、案じることは何もない。
アナウンスが空港に到着したことを告げた後、飛行機はわずかな衝撃とともに着陸した。
長いようで短かったフライトは終わり、家光は立ち上がった。
やるべき仕事は山積みで、家に帰れる見込みはまったく立たない。今回の仕事とて、生きて戻れるか否かというくらい危険なのだ。
だが、今の家光は気力に満ちていた。あのにあそこまで言われたのだ、早く帰ってやろうではないか。
先に入国させていたバジル達と合流するため、家光は空港のゲートを潜った。
戦場は既に広がっている。





END.


八雲の姉やんと家光の話でした。
姉やんは最初考えていたのとはキャラが変わっちゃいましたが、弟がああだから姉としては丁度いいと思います。正体不明の謎の女って感じが出せて楽しかったです。
作中でも語ったように、“”という暗殺集団は初代雲の守護者が作り、「ボスを守るがごとくボンゴレを守る」のを代々コンセプトにしてます。
「特定の組織に肩入れしない」というのは建て前です。めちゃくちゃボンゴレ贔屓してますから(笑)
姉やんが日本刀を提げているのは単なる趣味です。戦闘には使用しません。
実は剣術にハマってた過去があるので、その名残です。いずれその話も書きたいな。

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