目が覚めて、隣で寝てた筈の猫を探しに行ったら冷たい海の中で浮かんでるのを見つけて。
一瞬思考が止まってしまった。
「時任?」
慌てて海面から時任を抱き起こす。
冷たい水と風で体は当に冷え切っていて
唇も紫色に変色して
息も、脈も、とうにない。
「なんで……?」
それなのに、君はとても満足そうな笑みを浮かべていた。
「なぁ、久保ちゃん」
「ん?」
これは―――
ああ、そうだ。
この間、時任をここに連れて来た時の記憶だ。
「あの海の向こうって、何があんだろうな?」
「何って、島とか陸地とか海デショ? んでまたここに戻ってくる」
「つまんねぇの……」
「だって本当のことだし」
「……なぁ?」
「何?」
「俺さ、あの海の向こうには何か別のもんがあると思うんだ。島とか海とか、そんなんじゃなくて、もっと別の何かがさ」
「そう」
唐突過ぎる話だけど時任ならそう考えても不思議じゃないね。
「行ってみてぇな。あの海の向こうへ」
本当に、行きたそうに海へ手を伸ばす君を見たら
「……うん、そうだね」
本当に、別の何かがあるような気がして、俺もそう言っていた。
「俺があの海の向こうに行っても」
もしも、俺がいなくなっても
「向こうで、元気に暮らしてるだけだと思って」
悲しまないで、お願いだから。
「時任……? なんでそんな……」
「悪ィ、久保ちゃんっ。やっぱ忘れて?」
君は“何でもないから”と手を合わせて言ってくれたから、君が頻繁に襲う手の痛みに耐えてることを知ってて
、その時は気にかけなかった。
それなのに
「だからって、こんなに早く一人で行くことないでしょ?」
一人にしないでよ。
「起きてよ」
ねぇ、時任?
ねぇ……
そっと、君の頬に触れてみる。
本当に、満足そうな笑顔。
時任は、イくことが出来たんだと思う。
ずっとイきたがってた、あの海の向こうへ。
「時任、海の向こうには何があった?」
返事は、ない。
ただ周りに微かな波音が響くだけ。
「ねぇ……俺もそっちイっていい?」
やはり、返事はない。
“いいともダメともいってないんだから”と決め込んで俺は時任と共にそこへ向かって一歩、また一歩と足を進めていく。
君の元にイけるからだろうか、歩く度に聞こえる波の音がとても心地良い。
「これからもずっと一緒に暮らそ? そっちで時任一人だけじゃ元気に暮らせないだろうから。そっちでずっと一緒に暮らそ?」
目を閉じて、そっちに着いた時の君を思い浮かべる。
けど“何で来たんだよ”と怒吐く君しか思い浮かばなくて、思わず苦笑いしてしまった。
END
亮祐:一次創作「especially strange a story」で書いた「あの海の向こうへ」の久保時Ver。時任がこうすると選んだのはもうすぐ自分が死ぬということを久保田に悟られたくなかったから。だから時任は人知れず死のうと思ってこの海に来た。猫は死期を悟ったら飼い主から去るって言うし。(笑)WAで浮かぶネタは何故か死にネタが多いような気がしますな。
BGM:なし