「遅ェなぁ、久保ちゃん」
地下水路の出口で体育座りして久保ちゃんを待つ。
マックで昼飯食った帰りにいつもの追いかけっこが始まって、いつもの通りあの地下水路の出口で落ち合おうって別れた。
奴らを振り切ってきたけど、久保ちゃんはまだ来てなくて。
「早くこいよなっ。ったく」
寒さに身じろいで腹を擦る。
走ってきた所為かさっきからずっと痛ェ。
そんなに走ったつもりはねぇのに。
「早くこいよ、久保ちゃん」
久保ちゃんが来たら、どうしてやろう。
“待たせてゴメン”って言ってくるんだろうけどこんだけ待たせたんだから、遅ぇよって、今夜はHなしって駄々こねて、いつもの家路についてやろうか。
……Hなしつってもヤるんだろうけど。(笑)
「久保ちゃん」
でも
「遅ェよ」
本当は
「久保、ちゃん……」
本当はもう分かってる。
「久保ちゃんっ……!」
久保ちゃんは
もう
「遅ぇよぉっ……!!」
もうここには、来ないってこと。
世界中の何所にも、居ないってこと。
追いかけっこかが始まった時にはあんなに高いとこにあった太陽はもう沈みかかってて夜空が見え隠れしてるし。
携帯で確認してあれからもう6時間も経ってることだって分かってる。
それでも俺は諦め切れなくて。
だからずっと、ここで待ってたんだ。
「久保ちゃんっ……!!」
どうして、先に逝ったの?
「久保ちゃんっ……!!」
どうして、置いてったの?
「久保、ちゃん……」
腹、痛ェよ……。
久保ちゃん……。
「時任」
そんな時、頭上から聞こえてきた、声。
「またせてゴメン」
久保ちゃん、だった。
「久保、ちゃん……」
「ん? 何?」
ちょっとだけ、苦しそうな久保ちゃんの声と顔。
久保ちゃんも痛ェのか腹に手をやってる。
「……遅ェよ、バカッ……」
俺はそう言って、久保ちゃんに抱きついた。
「ごめんね? 時任」
「謝ったって、すまねーよっ……」
「ごめん」
「すんげー待ったんだぜっ……」
「うん」
「寒かったんだぜっ……」
「うん」
「腹痛かったんだぜっ……」
「うん」
「当分、Hナシだかんなっ……」
「それは困るなぁ(笑)」
「バカッ……」
「ねぇ、時任」
しばらくの間、抱き合ってたのを破ったのは以外にも久保ちゃんの方だった。
「そろそろ、イこーか?」
あ――。
そうか。
そうだったんだ。
「ああ、イこーぜ、久保ちゃん」
そう言って、俺達は手を握り合って歩き出す。
いつの間にか腹の痛みもなくなっていた。
「なぁ、久保ちゃん」
「ん?」
「今日の晩メシ何?」
「もちろん、カレー」
「げっ……またかよ」
「何? そんなに嫌?」
「そうじゃねーけど……しょうがねぇ、ガマンしてやるかっ」
「我慢、ねぇ……」
「何だよ?」
「いや、別に」
そんな会話をしながら二人は暗闇の中へ姿を消した。
―――ピリリリッ ピリリリッ
早朝、地下水路の出口で血だまりに浮かぶ携帯から呼び出し音が鳴り響いた。
液晶画面には“葛西”と表示されている。
だがその携帯電話の持ち主は何所にも存在しない。
何所にも、存在しない。
END
亮祐:いい加減、また死にネタかいと突っ込まれそうですな。どうやらW・A小説は暗いモノしか書けないかも。蛇足。今回時任は、来る筈がなかった久保田に「そろそろ、イこーか?」 ときかれ、やっと「自分ももうすぐ死ぬんだ」と言うことに気付いた。久保田が苦しそうな声と顔だったのは腹の痛みに耐えてたから。腹をしきりに擦っていたのは銃弾にやられたから。時任も腹が痛かったのは久保田同様、逃げてる最中に背後から銃弾を浴びたから。何とか逃げるも何度かよろけたろうけど「久保ちゃんが待ってるから」と痛みに耐えて地下水路に行ったんだろうな。ちなみに「イこーか?」は「行こうか」と「逝こうか」をかけてカタカナに。この後二人はマンションのベッドの中で冷たくなってるところを携帯が繋がらなかったから訪れた葛西氏に発見されると。
BGM:『“Knockout drops”』/森川智之・石川英郎