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● スクール・デイズ --- 07.ゆら、ゆら、ゆらり ●

 ブランコが揺れる。

 ―――生きているの?
 ―――死んでいるの?

 ―――生きてたいの

 流れる血。

 ―――死にたいの





 月明かりの公園でブランコが揺れていた。
 ブランコには雛城学園高等部の制服を着た少年が乗っている。
 彼以外、人は誰もいない。
 月明かりで少年の影が揺れる。
 少年は目を閉じて揺れていた。

 少年がそっとポケットに手を入れる。
 取り出したのは何処にでもある剃刀だった。
 剃刀の刃を当てると、横一線に手首を切った。
 ブランコに揺られながら。

(血が出てる……)

 傷口から血が流れている。
 さほど多くはない。
 けれど放っておけば死ねるかもしれないくらいの出血。

(死ぬのかな?)

 恐くはなかった。
 だってそれは、少年が望まず望んでいたことだから。

 ブランコが揺れている。
 行ったり来たり。
 ゆらゆらゆらり。
 少年はブランコの鎖を握り締め、目をつぶった。

「―――っ!?」

 不意に、ブランコが止まる。
 後ろから、血が流れる少年の左手首を誰かに掴まれていた。
 少年は、動揺しながらも恐る恐る後ろへ振り返る。
 後ろにいたのは全身黒尽くめの子供だった。
 恐らく中学生くらいだろうか、自分より年下の。

「何やってんだ?」

 少年とも少女とも取れる声が紡がれた。
 けれど、力強い声だった。

「あ……え……」
「死にたいのか?」

 自分を見下ろすその意志の強い瞳に少年はたじろぎながらも返事した。

「うん…」
「なんでだ?」
「だって…」



「死にたいんだ。どうしても…」

『またお母さんの化粧品でいたずらして! やめなさいっ!』

 ―――どうしてなの。

『おまえなんでそんなナヨナヨしてんだよ』
『気色わりー!』

 ―――まるで、死んでいるような疎外感。

『私、あなたのことが好きなの。他のどんな男の子よりも、私のことわかってくれるから。でも…あなたって、
その…違う、よね? そんなの、ただの噂なんでしょ?』

 ―――僕は生きてるの?
 ―――死んでいるの?

「生きてたいよ。でも…」



「死にたいんだ…」

 。
 子供はしばらく黙っていたが、ずい、と己の右の手首を少年に見せつけた。
 少年は目を見開いた。
 見せられた子供の手首には、自分が今つけたのと全く同じ傷があったから。

「俺は死ななかった。だから生きてる。おまえが何で死にたいのかは知らない。だからおまえが本当に死にたい
のなら止めはしない」

 そこまで言って、一度止めて。

「でも、死ななかったら」



「そのときは、生きろ」

 その言葉は、声は、少年の耳に澄み渡っていった。
 少年を包み込むように、ゆっくりと。 
 子供はそれだけ言うと歩き出していった。

 ―――ああ、なんて

「ま…」

 ―――力強いんだろう。

「待って…!」

 少年の声に子供は足を止めてこちらを見る。
 真っ直ぐな眼差しでもって、少年を見つめている。

「君、名前は…」



「芦屋悠里」

 そして悠里と名乗った子供は踵を返して再び歩き出していた。
 少年は去っていく子供の後姿を見つめていた。

 ―――なんだろう。

『俺は死ななかった。だから生きてる』

 ―――何なんだろう。

『死ななかったら』


『そのときは、生きろ』

 たまらず丸まって、己の胸を鷲掴んだ。
 動悸が治まらない。
 顔が赤くなる。

 ―――わからない。わからない。
 ―――こんな気持ちは、知らない。

「芦屋…悠里」

 有り触れたその名前が、先ほどの子供のものなのかと思うととても特別に思えた。
 動悸が治まるまで、その名前を心の中で何度も何度も呟いていた。


 それが、芦屋悠里と雪花杏里の出会いだった。





END


亮祐:管理人です。後々カップルになる二人の出会いのお話でした。
翔:あっさりネタばらしやがったΣ(゜д゜lll)!!
亮祐:こんな出会いを果たした二人は、後々色々あって乗り越えてカップルになりました。あまりの初々しさに周りが恥ずかしくなるようなカップルになるよ。
翔:バカップルっていうんじゃないか、それ。
亮祐:ではこの辺で。


BGM:ブランコに揺れて/奥田美和子

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