廊下の壁に一つの拳。
―――わかってるんだ。
頬を伝う涙。
―――わかってるんだ。
「なんで、あんなことしたんだニャア?」
帰る仕度をしている昌人の背中に、話し掛けたのは十夜だった。
放課後、今日は部活も委員会もない。
今、教室にいるのは十夜と昌人の二人だけだった。
「あんなことって、なんだよ?」
「芦屋悠里」
その名前に昌人の肩が震えた。
昌人と悠里が二人で自殺を図ったのは先日の事だった。
結局は二人で手首を切った後、昌人が意識を失った悠里を担いで病院へ運んだ。
発見された時、悠里の方は深刻な状態だったが命を取り留め、現在は入院中だ。
昌人もまだ会っていない。
だがその事は内輪で処理され、伏せられていた。
(羽佐間から聞き出したか……)
羽佐間修二は昌人達と同じクラスの新聞部員。
そしてそれとは別に高等部、大学部の生徒をさしおいて、中等部生ながら学園一の情報屋でもある。
他人に興味を示さない十夜の事だから顔や名前は覚えていないだろうが、情報屋の存在のことは覚えていたのだろう。
羽佐間の事だ。
悠里の自殺に付き合った理由も情報として手に入れ、十夜に売っている。
十夜は知ってて聞いているのだろう。
「その事は、羽佐間―――情報屋から買って知ったんだろ? だったら―――」
「一緒に死んでやったら、悠里が自分のこと好きになってくれるかもって思ったから?」
ガタン、と机が音を立てた。
十夜へ振り向いた時、思わず肘が当たってしまった。
「図星だニャア」
「な…んで……!!」
てっきり、羽佐間が持っている、悠里の自殺に付き合った理由は昌人が悠利を好きだから、心中だと、そういう情報だと思っていた。
確かに情報屋としての羽佐間が持つ情報は正確だが、ここまでとは思ってもいなかった。
「大丈夫だぞー、昌人」
十夜は昌人に近付き、その両脇に手をついて、見上げるような体勢になった。
「情報屋は、昌人が悠里のことが好きだから付き合ったっていってたから。誰も気付いてない。気付いてるのはおれだけ」
いつも通り笑って、昌人の話し掛ける。
「あー、でも稟は気付いてるかもな。頭も勘も良いから」
けれど、それがかえって責められているような気がして。
「けど、昌人もバカだニャア。死んじゃったら元も子もないぞー?」
十夜から、笑顔が消えた。
「昌人がどんだけ悠里を好きでも、悠里は絶対昌人を見ない。だって」
「悠里は男で、ゲイとかじゃないから、同じ男の昌人を好きになんてならない」
荒い息が響く。
気付いた時には十夜を突き飛ばして教室から飛び出していた。
昌人は教室から離れた廊下で膝に手をやって荒い呼吸を繰り返す。
『けど、昌人もバカだニャア。死んじゃったら元も子もないぞー?』
「わかってる……」
『昌人がどんだけ悠里を好きでも、悠里は絶対昌人を見ない。だって』
「わかってる……!」
『悠里は男で、ゲイとかじゃないから、同じ男の昌人を好きになんてならない』
「わかってんだよ、そんなことは……!!」
溜まらず、昌人は拳を壁に打ちつけた。
悠利は世間一般には女だ。
けど、その心は間違いなく男だ。
自分と同じ男。
だから、悠里が自分を見る事は絶対無い。
「わかってんだよ……!!」
―――それでも、オレは
十夜は教室にいた。
昌人を追いかけるわけでもなく、ただ一人、その場に座り込んで思い出していた。
十夜が悠里に気付いたのは初対面の時だった。
とはいっても、お互い廊下ですれ違っただけなので向こうは覚えているか知らない。
仮に覚えていたとしても十夜にとってはどうでもいい。
とにかくその時から十夜は悠里を認識した。
異質を感じた悠里を。
十夜は視線を手に移し、その手を組んで体を丸める。
―――良かった。
―――良かった。
「昌人が女じゃなくて良かった」
―――昌人が女だったら、きっと悠里は昌人を好きになってた。
―――だって悠里にとって昌人は一番の親友で、一番の理解者で、自分を見ててくれる人だから。
―――本当に、真っ直ぐだから。
―――だから
「苦しめばいい」
―――そうやって苦しんで、悠里が好きだって気持ちを閉じ込めちゃえばいい。
―――悠里のことあきらめればいい。
―――そうすれば
「昌人の一番はおれ達だけでいい」
「おれ達以外の一番なんてつくらないで」
廊下に、昌人の目から零れた涙が落ちて。
―――悠里が好きで、下心で死のうとした自分を許せない。
END
亮祐:管理人です。ちょっと微妙な話になってしまった感が否めない。
翔:別館にやった方がいいような気がするんですけど。
亮祐:ではこの辺で!ε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘
BGM:悲しみの向こうへ/いとうかなこ