―――見たいものがあったんだ。
携帯電話を取り出した昌人の手。
―――どうしても 見たいものが。
綺麗な紅が広がっていた。
「寒いニャ〜」
あまりの寒さにおれはブルブルと体を振るわせた。
吐く息も白いし、肌に触れる空気が冷たいを通り越して痛かった。
人込みの中なら少しはマシかもなって思って雛城駅周辺の方まで来てみたけど、やっぱ寒い。
「つーか誰だよ! こんな日に外出ようなんていい出した奴!!」
「確か……人込みの中なら少しはマシかもな、と十夜がいい出したんだったな」
昌人も稟も寒そうに背を丸めている。
二人共いい奴だよなー。
普通、どう考えたって外の人込みより部屋でストーブたいた方があったかいって解りきってる筈なのに。
「寒いニャ〜」
「だったらそんな薄着してんなよ! いくらマフラーと手ぶくろしたって意味ねーだろ!」
だって、これが気に入ってるんだ。
喉元にベルトの黒いアウターとハーフパンツ。
白いマフラーと手ぶくろ。
これは、秋とかにする格好なんだろうけど。
駅周辺の木々には綿で作った雪や飾りや点灯するネオン。
サンタクロースの格好をした呼び込み。
今日はクリスマスだった。
普通ならこういう日は家族と過ごすもんなんだろうけど、おれと昌人の親は仕事があって稟の親と兄ちゃんも仕事、昌人の姉ちゃんは友達と過ごすだとかで、結局三人で過ごすことになった。
「あー、マジさぶ。とっととオレん家行こーぜ」
「えー、おれもうちょっと外にいたーい」
「風邪ひきたいのか、おまえは!」
「俺は別にどちらでもいいが」
「おまえはもうちょっと自分の意思を持てよ! とにかく早くオレん家行こーぜ。母さんがケーキ買ってくれてあるから」
「「じゃあ行く」」
「ケーキで即決かよ!!!」
いつものように三人で騒いでる時だった。
不意に、誰かがおれにぶつかってきた。
途端、腹が熱くなって。
「十夜?」
昌人が不思議そうな顔でおれの服を見てる。
気になっておれも見た。
おれの黒いアウターに紅が混じってた。
―――おれの こんなだったっけ?
紅いとこに触ってみる。
そこは特に熱い所で。
触った手も紅くなってた。
ぶつかって来た奴はおれの目の前で紅いナイフを持ってて。
途端、おれは地面に倒れこんだ。
(ああ、おれ刺されたんだ)
周りから、キャーなんて悲鳴が聞こえてきた。
でも、なんだか酷く小さい。
(悲鳴って、こんな小さかったっけ?)
まるで、遠くから聞こえてるような。
「十夜っ!!!」
けど、昌人の声ははっきり聞こえた。
倒れたおれを昌人は抱き起こしてくれた。
「しっかりしろっ!!」
「おー……」
自分でいうのもなんだけど、おれの声すごく弱弱しい。
「逃げられると思うな。これだけの目撃者もいるんだ」
ちょっと視線をずらして見ると、稟がおれを刺した奴を地面に押さえ付けていた。
「すごい、ニャア……」
「待ってろっ! 今救急車呼ぶからっ!!」
そう言って昌人がポケットから携帯電話を出した。
―――見たいものがあったんだ
「あ……それ、タンマ」
―――どうしても 見たいものが
「タンマって、何いって……!!」
「いいから、タンマ」
「―――わかった」
何時の間にか稟がおれ達の傍に戻っていた。
携帯電話を持つ昌人の手を握り締めている。
「稟っ!」
「いう通りにしてやれ。十夜が一度いい出したら聞かないことぐらい知ってるだろう?」
「―――っ」
少し迷ったようだったけど、昌人は携帯電話をおろした。
「――で、なんだよ?」
「降らないかな〜って」
「何が?」
「雪」
「はあっ!?」
おれの返答に昌人は声を上げた。
「雪って、降る訳ないだろっ!? まだ12月だぞっ!?」
「おー……」
「だったら……!!」
「だってさ、今日は、特に寒いから、降るかもしれないぞー……?」
吐く息も白いし、肌に触れる空気が冷たいを通り越して痛いくらいだもんな。
「そんなもんのために……!」
「見たいん、だ……。クリスマスの、雪」
「なんでっ!!!」
「だって……」
「三人で、まだ一度も見てない」
おれの言葉に昌人の目が見開かれた。
「―――ああ、そうだったな」
稟も、おれの言いたいことが解ってくれたみたいだ。
俺たち三人は小さい頃からずっと一緒にいたわけじゃない。
おれと稟が知り合ったのは初等部三年生の時で、五年生の時に昌人が雛城に越してきた。
そん時は俺も稟も昌人も別々のクラスで、六年生でやっと三人一緒になった。
だから、おれ達の付き合いはまだ二年目なんだ。
稟と二人で見たことならあるけど、三人で見た事はまだ一度もない。
二人で見たのを最後に、12月に雪が降らなくなったから。
「正直、ちょっと諦めてたけど、今日寒いから、すっごく寒いから」
―――見れるかもしれないって、思って
「でも、やっぱ無理、かニャア。周り暗くなってきた、し……」
「十夜っ!! 稟っ!!救急車っ!!!」
「ああ」
昌人の目から大粒の涙が零れてる。
稟が携帯電話を操作して。
―――ああ まって。
―――もう少しだけ 待ってよ
―――もう少しだけ……
「雪、見たい」
―――ただ それだけなのに
「ん?」
携帯電話に話してた稟が空を見上げた。
つられて、おれと昌人も空を見上げる。
はらはらと、白いものが空から降ってきた。
それは地面に落ちると水になって、肌に当たると冷たかった。
「マジ、かよ……」
昌人は呆然と呟いていた。
おれは手を伸ばしてそれの、雪の感触を感じる。
「きれいだニャア」
白い雪がおれ達に降り注ぐ。
三人で初めてのホワイトクリスマス。
「やっと、見れた」
―――どうしても 見たかったもの
すっごく満足で、おれは目をつぶった。
「十夜っ!!」
遠くで、昌人の声が聞こえた。
意識が、消えてく。
暗闇の中へ。
―――どうせなら、昌人の膝枕が良かったなぁ
そんな事を思いながら。
白い部屋だった。
白い白い、部屋。
「お見舞いこれだけ〜?」
「メロンいっこありゃ十分だろ!」
昌人が、おれの頭をはたく。
その横で稟がメロンを切ってくれてた。
そこは病室だった。
あの後、10秒も経たないうちに警察と救急車が駆けつけてくれたそうだ。
なんでも、稟が通報する前に周りの人が先に通報してくれてたらしい。
刺された傷も出血は酷かったけど、命に関わるようなものじゃなかったからおれは死ななかった。
そんかわり、しばらく入院だけど。
「――ったく、心配させやがって」
「昌人泣いてたもんな」
「うっせーよっ!!」
昌人の顔は真っ赤になってた。
「――で、おれを刺した奴は?」
「駆けつけた警察がその場で逮捕したぜ。人違いだってさ」
「人違い?」
「なんでも」
稟が食べやすく切ってくれたメロンをおれ達に差し出す。
受け取っておれは稟の話を聞く。
「刺した奴は下っ端のヤクザで、本当に刺したかった相手は女だそうだ。十夜の格好がそいつと酷似していたから間違えたと」
おれと似たような格好してて、 ヤクザから狙われるような、女。
「あ」
頭を横切ったのは雛城学園の、高等部定時制の先輩。
真っ白な髪の、マサトと正暦が候補の一人っていってた―――。
「? どうした?十夜」
「なんでもないニャア」
「…………」
昌人に答えておれはメロンを食べる。
稟が何か言いたそうだったけど、何も言わずメロンを食べた。
「あ」
「今度は何だよ?」
「ケーキ食べてなかったニャア」
「今更だろっ!!」
昌人のつっこみが病室に響いた。
稟が言うには、あの雪はおれが意識を失った途端、止んだそうだ。
三人で見れた最後のクリスマスの雪。
ラストホワイトクリスマス。
それを、おれは一生忘れない。
END
亮祐:管理人です。時期過ぎたけど出来上がったのであげました。
翔:もう正月も終わって節分近くなってるんですけど。
亮祐:私生活で色々ありましたから……...( = =) トオイメ この三人組が揃った唯一の小説をサウンドノベル「especially strange a story
vol,1」に収録してしまったので新たに置いておこうと思って作りました。はじめは「空腹」でちょびっとしか出番がなかった稟が刺されて―――で、作ってたのですが進まなくなったので十夜に変えてみたら何故かさらさら進みました。稟、そんなに目立ちたくないの…? 確かに自分から目立とうとする子ではないのだけれども。ではこの辺で。
BGM:悲しみの向こうへ/いとうかなこ