ギイギイと歩く度に階段が軋む音がする。
葉月は二階に向かっていた。
自室の前で足を止める。
ゆっくりと扉を開けた。
「やっぱりここにいたのねー」
葉月の自室にいたのはシャドウだった。
窓から時折入る暖かい春の風を受けながらエンフィールドの街を見下ろしている。
「ダメよー、ちゃんと外に出ないとー」
シャドウはあまり外に出る事はない。
出るとしても夕方から深夜にかけて。
体質のせいで長時間 陽に当たると具合が悪くなってしまうのだ。
とはいっても、多少眩暈がする程度なのでそんなに大した事はないが。
「みんなが来たからお菓子を焼いたのよー。それでアリサさんが紅茶を入れてくれてー。シャドウも食べましょー」
葉月がシャドウを探していたのはそれが理由だった。
今日は仕事が休みで、みんなが遊びに来ていた。
おやつの時間になり、茶にしようということでシャドウを呼びに来たのだ。
シャドウがこちらへ振り向いた。
「……すっかり、シャドウの名が定着したな」
彼のシャドウという名は本名ではない。
シャドウと出逢った時、葉月が考えたものだ。
出逢った当初、彼は名前はないと言ったから。
実際、シャドウにはちゃんと本名があったので当時その名で呼ぶことはなかったが。
シャドウの名が定着してしまったのは記憶を無くした葉月に本名ではなくその名を名乗ったからだ。
「そうねー。記憶がない間、ずっとそう呼んでたからー。やっぱり本名で呼んだほうがいいかしらー?」
「シャドウはおまえがつけてくれた名だからな。そう呼びたいならそれでいい」
その口元に微笑が浮かんだ。
葉月の記憶がない時に見せていた笑みではない。
出逢った当初に見た優しい微笑。
「どうしたのー?」
「……いや」
「この街は、暖かいと思ってな」
シャドウの言葉に葉月も笑った。
そんな言葉を彼から聞けるとは思っていなかったから。
「そうねー。もしかしたら、私が夢で見た街はここだったのかもしれないわー」
昔見た夢を思い出す。
とても暖かくて、住んでる人も優しかった。
自分たちはそこで暮らしていて、騎士団も教会も、みんなシャドウの事を知っていて。
でも、優しくしてくれる。
そんな夢。
それは今の現状に近かった。
「……ああ、そうだな………」
再びシャドウは優しく笑った。
エンフィールドに戻ってきて、シャドウはよく笑うようになってくれた。
それでも葉月と二人きりでいるときだけだったが、葉月は良い兆候だと思っている。
これで本当にエンフィールドの人達がシャドウのことを、そして自分のことを受け入れてくれたらどんなに良いだろう。
「みんなが待ってるわー。早く行きましょー」
「ああ」
葉月が手を差し出す。
シャドウはその小さな手を取って二人揃って部屋を出る。
そして、扉は閉められた。
END
亮祐:管理人です。ロリコン疑惑をかけられながらエンフィールドを暖かいといってしまう彼の心を疑ってしまう。
翔:書いたのはおまえだよ。
亮祐:WEB拍手お礼用小説第一弾です。対談も含めたら第四弾。まだ初っ端の第一弾だから軽くほのぼのと思われると思いますが、それは視点が葉月だからです。
実はこれ、作製中のADV「snow and cherry blossoms memory」のエピローグで、そっちではシャドウ視点で若干暗め、若干後ろ向き思考だったりします。
本名ですが、このシャドウには本名があるのですよ。明かされるのは「unforgivable a
conception」になる予定ですが、実は発表してます。ちゃんと隅々まで見てる人ならもう見つけてかもしれません。ヒントはタイトル表記、かな?
翔:かなって…(-_-|||)
亮祐:ではこの辺で。
BGM:「雪解け」/TAM Music Factory