Unforgivable a conception

オトギバナシ

モドル | トジル | ススム

 漆黒を纏う彼の言葉。

「いっただろう?」

 ―――それは、妙に、リアルで。

「お伽噺だと」

 口元に浮かぶ、笑み。

 ―――本当に、オトギバナシなのか?





 夕食の時間帯だけあってさくら亭には大勢の客が食事をしている。
 けれど、その中に流れる空気は酷く緊張していた。
 しかもその空気はジョートショップメンバーが座っているテーブルから漂っている。

 テーブルにはジョートショップメンバー以外に一人の青年が同席していた。
 綺麗に煌く神秘的な白銀の髪と、同じ色の瞳。
 雪のように白い肌。
 黒い拘束衣のような服と闇色のマントが青年の白さを一層際立てている。
 彼、シャドウは無言で頬杖をついていた。
 その表情からは何の感情も感じ取れなかったが、良い気分ではないだろう。

 仕事も終わり、いつものようにさくら亭で食事を取ろうとそこへ向かう途中、葉月が「先に行ってて」と皆と別れた。
 さくら亭で待っていると葉月が人を連れて姿を現した。
 それがシャドウだった。
 葉月いわく、彼も仲間なのだからということだそうだ。
 けれど葉月はというと、生憎トイレに行っていて先ほどから席を外していた。

 会話すらなく、酷く緊張した空気がさくら亭を漂う。
 始めは談笑が聞こえていたが、今ではもう何の音もしない。
 すべての客の視線や興味といったものがこちらに集中して。

 このままではいけないとジョートショップメンバーも思っていた。
 正直、この男のことは気に喰わないが大好きな葉月に悲しい思いをさせるのは嫌だ。

「ね、ねぇ」

 意を決して切り出したのはマリアだった。

「前から気になってたけど、あんたのシャドウって名前本名なの?」

 返事はない。
 何の反応も示さず頬杖をついているだけ。

「じゃ、じゃあ葉月とはドコで出逢ったの?」

 これまた返事はない。
 相変わらず何の反応も示さず頬杖をついているだけ。

「なんで肌白くなったの?」

 やっぱり返事はない。
 ブチ、と何か切れる音がした。

「……!!」
「ここで魔法を使うんじゃないっ!!!」

 プーレンへのアクセスをしはじめたマリアをリサが慌てて止めた。
 普通に発動するならともかくマリアのことだ。
 下手したら店ごと吹っ飛びかねない。

(殺伐してんなぁ……)

 アレフは溜息を吐いた。

「―――暇か?」

 声に出したのはシャドウだった。

「葉月がいなくて」
「あ、ああ……」
(話しかけてきた……!)
(話しかけてきたぞ……!!)

 急に話し掛けられて、アレフは緊張しながらも答えた。
 今までこちらに興味さえ示さなかったシャドウが急に話し掛けてきたから。
 ついでに周りの客も緊張していた。

 その答えにシャドウは頬杖をやめた。

「なら――」

 そうして、始まった。

「―――お伽噺を一つ、話してやるよ」

 彼の、話が。

「吸血鬼が、人間と共に過ごしたという、夢物語を」

 ―――ぐっ……。

「とある地方で吸血鬼狩りが行われ、深手を負わせたものの逃がしてしまった」

 ―――ああ、せめて、血の一啜りでも出来れば。

「放っておけばきっと逆襲されるだろう。だから街の住民達は執拗にそいつを追った。だが―――」

 ―――女……?

「たまたま通りがかった一人の少女が、何を思ったのか酔狂にもその魔物を助けてしまった。滅多に人が来ない安全な場所に匿い、傷の手当てまで……」

 ―――俺がおまえ達から追い立てられた吸血鬼だ。知っていながらなんで俺を助けた?

「己の同族が犠牲を払ってようやく追い詰めた瀕死の魔物。自分や自分の街も吸血鬼に襲われてしまうかもしれない。それなのに―――」

 ―――あの時、私に手を伸ばしたあなたを放ってはおけなかったからー。

「その吸血鬼も酷く飢えていた筈なのに、何故か少女の血を吸うことはしなかった」

 ―――俺がおまえとおまえの街を襲ったらどうするつもりだ?
 ―――でも、あなただって私を襲わなかったものー。

「喉を掻き毟りそうな程の渇きに苛まれていたにも関わらず、ただひたすら月の光だけで耐えきって 。一度は去ろうとしたものの、何故か再びそこへ舞い戻ってしまった」

 ―――何故、この少女と会った途端、こんなに落ち着くのだろう。

「少女は名前などないといった吸血鬼に名を付けた」

 ―――昨日からずっと考えていたのよー。 あなたの名前をー。

「そして、恋が始まった」

 ―――おまえには向日葵がよく似合う。
 ―――月の光も、私は好きよー。

「信じられるか? 吸血鬼と人間が、恋に落ちるなどと。人間は昼、吸血鬼は夜を生きる者。吸血鬼は人間の血を啜り、人間は吸血鬼を憎悪する。そうあるべきだった。それなのに 、二人はそうならなかった。それどころか―――」

 ―――あなたを一人にしないわー。ずっと、側にいる。
 ―――だからお願い。連れてってー。
 ―――あなたとなら、どこへでも行けるわー。


「二人で、生きていきたいと、願った」

 ―――一緒に行こう。二人でいられる地へ。

「誰にも邪魔されない、二人でいられる地―――。そんな事が、許されるわけがない」

 ―――ごめんねー……。

「だから、少女は手にかけられた」

 ―――このようなことはあってはならない。誰にも知られぬよう聖女様を永遠にし、貴様を滅するっ!

「聖女として崇められていた少女を崇拝していた街の司祭が二人の逢瀬を見て、誰にも知られぬよう少女を手にかけたのさ」

 そうしてお伽噺は終わった。
 話し終えたシャドウは再び頬杖をついている。
 周りはしん、と静まり返っていた。
 だってそれは、お伽噺にしては、あまりにもリアルだったから。

「シャドウ……」

 アレフが意を決するように話し掛けた。

「それは、誰の話だ……?」

 誰もそれ以上言えない中、シャドウが笑う。

「いっただろう?」

 以前のような笑みではない。

 

 それは―――

 

「お伽噺だと」

 どこまでも深い、深淵のような、笑み。





END


亮祐:管理人です。 シャドウが語るお伽噺でした。シャドウが言うように、これは本当にただのお伽噺なのか、それとも……。解るのは少し先になります。では、この辺で。


BGM:日光浴/「TAM Music Factory」
     Gear/「雑音空間」
     Snow #1 "Frozen fragiles"/「雑音空間」

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