Unforgivable a conception

季節外れの向日葵

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 葉月は自室のベッドで横になっていた。
 一連の事件も決着がつき、葉月の無実も証明されたので見事解決おめでとうパーティを開こうということになった。
 葉月もその準備を手伝おうとしたのだが「パーティの主役」なんだからと言われここで待っていた。

「たいくつだわー」

 生まれ着いての性分なのか、葉月は世話を焼くほうが自分に向いていた。
 だから世話を焼かれるのは何だか落ち着かない。
 しょうがないので何かいい暇つぶしはないかと部屋を見回してみる。

「あらー?」

 机の上に何かあるのを見つけた。
 近付いて間近から見てみる。
 それは一輪の向日葵だった。
 花の部分のすぐ近くから切り取った物なのでそれ自体は小さい。
 認識して首を傾げた。

「変ねー。ひまわりは夏の花なのにー」

 今はまだ三月の終わり。
 夏に咲く向日葵が咲いている訳がない。
 けれど葉月の目の前には間違いなくそれがある。

「造花かしらー?」

 そっと、手にとって見る。
 茎のざらざらした感触。
 間違いなく、本物の向日葵だ。

 開いていた窓から、風が吹き抜けた。
 鼻腔に向日葵の匂いが入り込む。

 匂いは記憶を呼び覚ます。

 この香りは―――

『おまえには向日葵がよく似合う』

 彼が魔法で咲かせた向日葵を差し出す。
 青白い闇夜の中でも銀髪が月明かりを浴びて綺麗に煌いていて。

『月の光も、私は好きよー』

 向日葵を受け取って私は笑った。
 彼も笑ってくれた。

『旅の間、様々なものを見てきた』

『船乗りを魅了するセイレーンの美しい歌声が響く海や、一夜にして白い雪に埋もれてしまう凍えた村とかな。この世は広く、長く旅をしている俺ですら、まだまだ全てを見ることは出来そうにない』
『うらやましいわー。私は生まれてから一度もこの街から出たことがないものー。海ってどんなものなのー? 湖より広いのかしらー?』

 黒いケープとマントに身を包んだ彼。
 月の青白い光に照らされ煌く銀髪。
 差し出された真っ赤な手。
 恐れながらも、私は手を伸ばした。
 美しい天使が、傷付いているように見えたから。

 それは、彼から初めて貰った物。
 それは、彼と過ごした日々。
 それは、私と彼の出会い。

 眼から零れた涙が頬を伝って向日葵を濡らした。

 全て思い出した。
 彼のこと。
 自分のこと。
 彼を見る度話す度何故懐かしいかったのか。
 今まで記憶喪失だったことが嘘のように鮮明に思い出した。

 そして彼がどんな気持ちで事件を起こしたのかも。

 彼が事件を起こしたのは私を帰す為。
 私の中に憎しみでも、恨みでもいいから、彼のことを刻み込んでおく為。

 これは彼の最後のメッセージ。
 「さよなら」のメッセージ。

 でも私は思い出してしまったから―――

「ごめんねー、シャドウ」

 このメッセージは受け取れない。
 たとえあなたが私を帰そうとも、私は貴方の傍にいたいから。
 貴方を、独りぼっちにしてしまうから。
 貴方を、愛してるから―――

 葉月は部屋を大急ぎで掃除し荷物をまとめた。
 全ての記憶を思い出した以上、もうここにはいられない。
 それに急がなければ彼に追い付けなくなってしまう。
 それでも葉月はメモには“行ってきます”としか書かなかった。
 いや、書けなかった。
 これでもう皆とはお別れだと思いたくなかったし、皆を心配させなくなかった。
 こう書いておけばもう二度と帰ってこないと思わない筈。

 ただ皆に嘘をつくことにはなるけれど。

「それじゃー」

 葉月は荷物を手に持ちもう一度部屋を見回した。

「さようなら……」

 小さく呟くと、風のような速さで二階から飛び降りる。
 そして一度も振り返る事なく走り去っていった。










 ローズレイク。
 黒いケープとマントに身を包んだ男が一人、湖を見つめ立ち尽くしていた。
 このルートから出れば誰にも知られず去ることが出来る。

 そう思っていた。
 その声がするまでは。

「シャドウッ!」

 少女がこちらへ向かって駆けて来る。
 信じられなかった。
 自分の元へ駆け込んでくる少女が。
 もう二度と会えないと思っていたから。
 その隙に葉月は抱きついた。

「葉月……思い、出したのか……?」

 見下ろすシャドウに葉月はコクンと頷いた。

「おまえ、なんで……なんで思い出しやがったっ! あのまま忘れていればおまえは……!」
「だって思い出したんだものー。しょうがないじゃなーい」
「はづ……」
「ねぇシャドウー、私前にもいったハズよー。あなたがいれば何もいらないってー。だから……」

 葉月は手に持っていた荷物を掲げた。
 シャドウと共にいた時と全く同じ中身の荷物。

「これが私の答えよー。あなたがいない人生なんて意味ないものー」
「葉月……」
「それに、本当に私を帰すつもりだったなら」

 葉月が手を伸ばした。
 指先がシャドウの頬に微かに触れる。

「どおして、泣いてるのー?」

 シャドウは自分が泣いていることに今気がついた。
 解っていた。
 二人で生きたいと願ってしまったあの時から。
 葉月を手放すことなんて出来やしない。
 それでも葉月を帰してやりたかった。
 葉月の幸せを願って。
 けれど葉月は戻って来た。
 ここにいればエンフィールドの住民と過ごして生を終える筈だったのに、自らそれを捨てて来てくれた。

 唯一、シャドウの為だけに。

「葉月……!!」

 シャドウは葉月をきつく抱きしめた。
 二度と離さまいときつく、きつく。
 葉月も答えるようにシャドウにしがみ付いた。

 恋をした。
 陽の下で、向日葵のように笑う少女に。
 恋をした。
 闇の中で、笑えなくなった青年に。

「本当に、いいんだな……?」
「もちろんよー」

 にっこりと笑って、葉月は目を閉じる。
 シャドウはゆっくりと、葉月の唇に口付けた。










 エンフィールド中の住民が、必死になって葉月を探している。
 その中にアレフの姿もあった。

「葉月」

 見晴らしのいい崖からそれを見下ろしていた葉月がシャドウの声で我に返る。

「そろそろ行くか?」
「ええ」

 葉月は笑顔で答え、手を伸ばした。

 ―――これ以上見ていると未練が残ってしまうから

 伸ばされた手をシャドウはぎゅっと握り締める。
 そして二人は闇夜の中へ消えていった。

 まるで初めから存在していなかったように―――





END


亮祐:管理人です。葉月がエンフィールドから消えた情景。葉月にとってはかなり辛い決断だったと思います。今まで大切にしてくれた人達と愛する人、あなたならどちらをとりますか?  修正するにあたって葉月が思い出した記憶の内容を新たに加えました。これで二人の過去がちょっと見えてきたと思います。ちなみに 管理人は向日葵を昔“むひあおい”と読んでいたというこっ恥ずかしい過去が…。
翔:だからおまえは馬鹿なんだよ。
亮祐:ではこの辺で!


BGM:『Drawing』/Mr.CHILDREN

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