「背中流してやろうか」
いつもの飄々としたエレンの声。
告げられたピートは少々面食らった顔でエレンを見る。
「なんで? オレどこも汚れてないよ」
「汚れてる汚れてないの問題じゃないよ。風呂は毎日入るもんなんだから」
「けどなんで一緒…」
「裸の付き合いっていうだろ。ぐだぐだいう前に、さあ入った入った」
まともな返答を聞く前にエレンに首根っこをつかまれ、風呂場へ連れてかれた。
傍にいたアリサとテディに見送られながら。
風呂場が湯気で充満していく。
湯船に浸かっているピートが溜息を吐くとそれすらも湯気になった。
「なんでエレンに背中洗われねぇとなんねぇんだよぉ」
「何? おまえ風呂嫌い?」
「そーじゃないけど……」
「じゃああれだ。アリサさんと一緒に入りたかった」
「ちーーがーーうっ!!」
カチンと頭にきながらもピートは大人しくしていた。
その背にタオルが宛がわれ、洗われていく。
「あれ? 痛くねぇ……」
「痛くされると思った?」
「だってエレンの性格上やりそう」
寧ろ気持ちが良い。
あまりの心地よさにピートは上機嫌になった。
一方、エレンはピートの背中を洗ってやりながら首筋を確認する。
健康的な肌色で傷一つない。
―――跡はない、か……
用心のため何度か強く擦ってみる。
「イテェッ! 何だよぉっ」
「ご希望に答えてみました」
多少赤くなったがそれだけだった。
何も感じない。
―――俺の思い過ごしだったか……
安心して背中洗いに集中した。
ピートはそんな事など知りもせず夢見心地だ。
「エレンってさぁ、背中洗うの上手いよな」
「まあ、だてにガキどもの背中洗ってきたからね」
「えっ! 子どもいんのっ!?」
「違う違う、兄弟。七人兄弟だから」
「へぇー」
そんな他愛もない話をしていると背中が洗い終わり、タオルを渡される。
受け取ったタオルで他の部位を洗い出した。
「……なぁ、入んねぇの?」
「あ、ジャマ?」
「だって普通は風呂に浸かるもんじゃん」
「そうなんだけどね……」
もったいぶるかのようにエレンはそこで一度切って話しを始めた。
「……実はね、あまり水に浸かれないんだよ」
「ヘ? カナヅチなの?」
「いや、そーゆー病気。浸かると体動かなくなるんだよ」
水であれば湯も不可だ。
もちろんシャワーなんてもっての他。
だから風呂は長時間浸かれず鴉の行水だ。
「まあ、すぐなら何とか平気なんだけどね。でも大事をとってるってワケ」
「じゃあ、やっぱカナヅチなんだ」
「カナヅチじゃないって。こうなる前は泳いでたんだから」
泳げないのではない。
水に浸かれないだけ。
こうなっていなければ思う存分泳げたろうに。
「なんでそんな病気に?」
「んー……何ていえばいいんだろうね……」
事後で、と言った方が正しいだろうか。
いや、それも違う気がする。
ただ一つ言えるのは。
「約束を守りたかったから、かな」
彼女との最後の約束を。
その為にこの選択を選んだのだから。
何も知らないピートはただ頭を傾げるだけだった。
紅い髪、美しい顔立ちの青年が少女を見下ろす。
『おまえに、選択を与えてやる……』
青年のか細い声。
必死に声を絞り出しているような。
『このまま死ぬか。それとも……』
今にも詰まりそうな、それでもはっきりとした口調で。
『俺と、命を共にするか』
解っていた。
これは悪魔の誘いだと。
決して選んではいけない。
それでも、少女の答えは決まっていた。
『私……生きたい―――』
青年の顔がくしゃりと歪んだ。
こんな顔をさせたくなかった。
けど、それ以上に守りたかった。
彼女との、姉との最後の約束を。
頬にぽたりと水滴が落ちた。
青年の頬を伝った温かいものが、少女の頬を濡らしていた。
ND
亮祐:管理人です。今回は悠久時のエレンとピートのほのぼの主軸の筈か何故かまた過去関連名方向にいってしまいました。エレンはいうことをきいてくれませんな。
翔:書いてるのはおまえだろ。
亮祐:ようするにエレンは姉との約束を守るために病気になったのですよ。何故病気になる事で約束を守ることになるのかはまた後日。
念のためいっておきますがエレンは服脱いでおりませんよー。時間軸はピートのテーマ別イベント2終了後となっております。
ちなみに題の意味は“風呂に入る”。結局良い題が浮かばなかった…。次回はエレンとトーヤです。次は言う事をきいてくれるか!?ではこの辺で失礼を。
BGM:『雨よ降れ』/煉獄庭園様(MP3です。どんな曲か知りたい方は今すぐリンクから飛んでください)