岩男

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  カワイイの定義  

「あ…」
「どうした?」
 ワイリーにお使いを頼まれたフラッシュとが並んで歩いていると、不意にが小さな声を上げて立ち止まった。
 の視線の先にはヒートとウッド、それにクラッシュがおにごっこをして戯れている光景があった。
「ふふ、三人ともかわいい」
「ああ、そうかよ」
そのほのぼのとした兄弟たちの姿に頬を綻ばせるに対し、フラッシュは特に何も感じなかった。
ただ、父の命令さえあれば破壊の限りを尽くし、阿鼻叫喚の地獄を作り出すロボットだとは思えないと、そんな通り一遍なことを考えただけだ。
「……フラッシュ、あなたの感覚やっぱりおかしいわ。あれを見てかわいいと思わないなんて、絶対にありえない」
「その台詞、あいつらに研究所やビルを破壊された人間どもにも言えるか?」
「もう、ああ言えばこう言うんだからっ」
先程まで緩んでいた頬を膨らませ、はフラッシュを置いて歩き出した。が、フラッシュの方が歩幅が広いためすぐに追いつかれ、ワイリーがいる研究室には結局二人揃って入ることになった。
「博士、ご注文の品買ってきました」
「おお、すまんな。今手が離せんから、メタル、お前が確認してくれ」
「了解しました」
メタルに持っていた荷物をすべて渡すと、フラッシュはそそくさと研究室を後にしようとした。それを見咎めたのは、当然ながらメタルだ。
「フラッシュ、確認がすむまでここにいろ」
「俺は荷物を持つよう言われただけで、何か不備があるとしたらそれはの責任だろ?」
 フラッシュの言う通り、今回の彼の任務は荷物持ち兼の護衛であり、それ自体はが帰宅してメタルに荷物を渡したことで完遂されている。
「それでもだ、ここにいろ」
メタルの言葉に、フラッシュは渋々従った。怒らせたところで怖くはないが、後々が面倒だからだ。
チッと舌打ちするフラッシュに、はにっこりと笑いかけた。
それは格下を見下すような蔑んだものではなく、姉が弟に向ける柔らかな微笑だ。
「さっきはあんな風に言ったけど…」
すすすと寄ってきたは、内緒話をするように自身の唇をフラッシュの聴覚センサーに近付けた。
「私、フラッシュのこと、カワイイって思ってるからね」
「なっ!?」
 反射的にセンサーを押さえてから身を遠ざけるフラッシュに、メタルはギロリとブレードのような鋭いまなざしを向けた。
「うるさい。二人して何をしている?」
「別に何も? ただフラッシュはカワイイなぁってだけの話よ?」
「誰がカワイイだぁ!?」
「だからぁ、フ、ラッ、シュ、が」
わざわざ一文字一文字区切って呼ばれた名前に、フラッシュは声にならない声を上げた。言いたい文句、連ねたい罵詈雑言は多々あった。だが言語中枢を司る部位がオーバーヒートし、結果、金魚のようにパクパクと口を開閉させることしか出来なかった。
メタルの視線はますます鋭く物騒になり、ワイリーや水槽の中にいるバブルですら何事だとこちらを見ている。
だが諸悪の根源であるはずのは、ただにこにこ笑うだけだ。
「ねぇメタル。メタルだってフラッシュのこと、カワイイって思うでしょう?」
突然振られた話にメタルの瞳がにわかに丸くなり、その数瞬後、先程以上に細くなる。
フラッシュとしては声の出ない自分に代わり、を怒鳴るなり罵るなりメタルにして欲しかった。だが、フラッシュの希望は脆くも儚く崩れさる。
「確かにカワイイな」
メタルの口から飛び出た言葉にフラッシュはこけ、ワイリーは「はぁ?」と首を傾げ、バブルはあさっての方向に視線を投げた。
ただ一人、だけが「でしょう?」とにこにこにこにこ笑みを浮かべている。
「やっぱりフラッシュはカワイイわよね?」
「ああ、の言う通りだ。フラッシュはカワイイ」
「こんなにカワイイ弟を持てて、本当に幸せだわ」
「まったくだ。博士に感謝してもし足りないくらいだな」
妙な空気の中カワイイを連発する二人に、フラッシュの電脳は機能停止一歩手前だった。いっそ停止してしまえば楽になれるのだろうが、それはそれ、DWNとしてのプライドが許さない。
仮にも戦闘型ロボットの死因(?)が兄姉による言葉責めなんて嫌すぎる…!!!
そんなフラッシュを救ったのは、事態の傍観に徹することに決めた三番目の兄ではなく、父であった。
「…あーお前ら。何をしとるのかはまったく判らんが、手伝う気がないなら出て行ってくれんか?」
「申し訳ありません、博士」
「すみませんでした」
一礼するメタルに倣い、もまた頭を下げる。それで一応の決着は着いた。
その後メタルによる買い出しのチェックは滞りなく終わり、人間に例えるなら茫然自失状態に陥ったままのフラッシュは、たまたま研究室に入って来たエアーに担がれて自室へと連れて行かれたのであった。





オマケ

「ああもう、フラッシュってカワイイ」
「まだ言ってるのか?」
「だってさっきのフラッシュ、本当にカワイかったんだもん」
 あれから既に五時間は経っているのにまだフラッシュカワイイを連発するに、メタルは呆れ気味の視線を向けた。
 勝手に自室まで押しかけて来てベッドを占領する妹は、兄の咎めなどどこ吹く風と言わんばかりに笑い転げている。
「お前の言うカワイイとは、『からかうと面白い』という意味だろう?」
 メタルの言葉に、はぴたりと動きを止めると目を丸くした。
「いつ気付いたの?」
「カマをかけただけだ」
ヒートたちに向けるものとニュアンスが違う気がした、と言うメタルに、はふぅんと頷く。
「さすがお兄様、と言うべきなのかしら?」
「博士の命令だからな」
背を向けたまま端的にしか応えないメタルに、はのそのそ近付くと、フラッシュにそうしたようにメタルの聴覚センサーに唇を寄せた。
「でもね、お兄様」

――私、あなたのことも可愛いって思ってるのよ?

「…どういう意味だ?」
「さぁ?」
ロボットらしく表情が乏しいメタルよりも、の笑顔は真意が読めない。
 それが『女』というものなのかとメタルは内心首を捻り、は犬のしっぽのようにぱたぱたと足を振って兄の困惑を喜んだ。






END.


RM2初書き夢です。
いやぁ、このジャンルで夢を書くことを昔の自分に言った所で、信じやしないでしょうねぇ。
ちなみに、作中でメタルが指摘した通りが言う「カワイイ」は「からかうと面白い」という意味で、「かわいい」は「兄弟に対する親愛」を表してます。
「可愛い」は「美人」という意味だったんですが、の言い方だと「愛してる」って意味っぽいな。まあいっか。
が何者なのかは、まだ決めてません。が、多分人間です。
では、ネタはまだあるのでまた何か書いたら勝手に送りつけます。

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