彼女を見上げる。
落ちる体。
―――夕日に照らされた彼女は 真っ赤な目をしてた。
夕暮れ時、家への帰り道だった。
「こんにちは」
彼女に、委員長に話しかけられたのは。
いつもの大人びた、無邪気な笑みを浮かべてこちらを見ている。
「こ、こんにちは……」
少女は緊張しながら挨拶を返した。
綺麗で心優しくて気配りで、誰からも好かれる優等生。
少女にとって委員長、植耶凍香は憧れだった。
「私もこっちなの。途中まで一緒に帰らない?」
「う、うん……!」
思いがけないお誘いに少女は何度も頷いた。
横に並んで歩きながら二人は色んな話をする。
学校のこと、友達のこと。
そして
「転校しちゃったわね、葛ノ葉くん」
葛ノ葉花のこと。
彼の名前が出たのは、丁度歩道橋の上だった。
二人の足が止まる。
「うん……」
少女は俯いて返事をした。
花が転校したのは今日のことだった。
ホームルームが始まっても彼が来ないのを不思議に思っていると、教室に入ってきた先生が言ったのだ。
本日付けで葛ノ葉は転校した、と。
理由については誤魔化されてしまったが、中等部にいる新聞部の先輩がいうにはクラスメイトからの虐めだと言っていた。
「彼がいなくなってさみしい?」
「えっ?」
少女は凍香を見た。
凍香は先を見たまま。
訊かれた内容に少女はドキリとしていた。
「好きだったんでしょう? 彼のこと」
凍香の言うとおりだったから。
「どうして……」
「だって、見てたもの」
―――見てた?
―――見てたって 何を?
「あなたが見てた花を、私も見てたの」
ドクンと、心臓が鼓動した。
「あなたも、気付いてたんでしょう?」
そこで凍香は少女を見た。
変わらず、大人びた無邪気な笑みを浮かべている。
花に思いを寄せていた少女は、隠れて彼をよく見ていた。
だから凍香が花を見ていることにも気付いていた。
凍香が花を好きだということも、花が凍香を好きだと言うことも気付いていた。
少女が植耶凍香に憧れたのも、それが理由だ。
でも、凍香は何も言わないから、花はそれを知らない。
保健室で二人きりになっているのに、花は何も知らない。
何も気付かない。
ずっとこのままだという保障は何もなかった。
だから―――
「花がいじめられてることを先生にいったのも、あなたでしょう?」
少女は、先生に話した。
「 先生がそれを知ったら厄介払いで花を転校させることぐらい解っていたから、私はいわなかったの。なのにあなたはどうして話したの? 話さなかったら花は転校しなかったのに」
何ら変わらない口調と無邪気な笑顔。
それが逆に責めてるように少女は感じた。
「だってっ!! 転校しちゃうなんて思わなかったからっ!!」
先生に話せば虐めがなくなる。
虐めがなくなれば、花が傷付く事もなくなる。
保健室で二人きりになることもなくなる。
そうすれば、花が知ることも、気づくこともない。
そう思ったから。
「先生ならいじめをなくしてくれると思ってたっ! 葛ノ葉くんを助けてくれると思ってたっ! それなのにっ!」
なのに、花は転校してしまった。
新聞部に所属する中等部の先輩から話を聞いて、先生を責めた。
―――転校を希望したのは、葛ノ葉の親御さんの意思だ。
―――それに、その方が葛ノ葉のためだ。
先生はそう言うだけだった。
「ただ、葛ノ葉くんをとられたくなかっただけなのに……どうしてっ!? どうしてっ!?」
少女は顔を覆って泣き出した。
こんな事になるなんて本当に思わなかった。
「花にいうつもりなんてなかったわ」
思わぬ言葉に涙が止まった。
おそるおそる顔を上げる。
「ただ見てるだけでいいと思ってた。傍にいて、話ができるだけでよかった」
植耶凍香からの顔からは笑顔が消えていた。
「だから仮にあなたが花に告白して、花がそれを受け入れたとしても、私はそれでいいと思っていたの」
はじめてみる彼女の無の表情。
「でも、あなたは私からそれを取り上げた」
ドン、と突き飛ばされる。
歩道橋の手すりにぶつかって、落ちそうになってしまうのを必死で踏ん張って留まる。
でも―――
「私が花に何もいわないでいたのはね、ぜったい手離せなくなるからよ」
目と鼻の先に凍香がいた。
「一度手に入ってしまったら、私から離れないようにがんじがらめに縛り付けて、他の人の元へ行こうとしたら相手を殺して、二人でいるのに邪魔な物は全て壊して。そうしてしまうから、私はいわないつもりだったの 。でも―――」
淡々と紡がれる声。
けれどそこまで言い終えると凍香は元の大人びた無邪気な笑顔に戻っていた。
「花がいなくなってわかったけど、私かなり欲深いみたい。父に似たのね。だから」
再び、突き飛ばされる。
手すりのすぐ後ろだったからだろうか、今度こそ体は乗り越えた。
「さようなら」
落ちる体。
ドサっ、とアスファルトの硬い感触。
そして、横からはダンプカー。
夕暮れ時に少女の血が体が宙を飛ぶ。
その血と体はアスファルトに落ちて。
薄れる意識の中、少女が最後に見たのは真っ赤な夕日と
真っ赤な目で少女を見下ろす、植耶凍香の大人びた無邪気な笑み。
凍香は駆け足で歩道橋から降りた。
脇の道路を見ると、中心辺りで凍香が突き飛ばした少女が瞳孔の開いた目でもって血溜まりの中に浮かんでいた。
おそらく即死だろう。
じっと、自分の手を見つめる。
(人って案外簡単に死ぬものなのね)
それが人を殺した感想だった。
刃物で刺したり、鈍器で殴ったりというような直接的に殺すやり方ではなく、歩道橋から突き飛ばして車に跳ねさせるという間接的なやり方だったのであまり実感はない。
けれど凍香の手は確実に少女を殺した。
―――これで今後、同じ事がおきたりなんてしない。
(花が戻ってきても、また転校させられたら嫌だもの)
凍香が少女を殺したのは花が戻ってきた時の為だ。
花が戻ってきても、今後似たようなことが起きれば少女はまた誰かに話してしまうかもしれない。
例え教師以外に話したとしても、それが教師の耳に届いてしまえば再び花は転校させられてしまう。
それを防ぐ為に凍香は少女を殺した。
だから今度は、花を戻す為に行動しなければならない。
(花を虐めた市川くんと仁科くんと三ノ宮くん。そして花を転校させた先生)
―――この人たちを殺さないと。
人が集まりだす。
凍香はその場から歩き出し、少女には二度と目をくれなかった。
こんな所に留まってる場合ではない。
凍香は決めたのだから。
花を取り戻す為に。
花のために。
END
亮祐:管理人です。サウンドノベル「especially strange a story vol,1」あたしの花外伝、花が雛城学園から転校した放課後のお話。凍香は雛城学園で花を虐めていた3人と転校させた教師、そして転校先で花を虐めた3人の合計7人を殺したと思わせて、実は8人殺していた
というお話。ではこの辺で。
BGM:カヴァティーナ/スタンリー・マイヤーズ