二人の教官

モドル | トジル | ススム

 ここ最近、富樫の様子が変だ。
 休憩時間は必ずいなかったし、他の皆もそうだ。
 “何かあったのか”と思ったその矢先、出会った。

「桃……」
「何やってるんだ、富樫」

 保健室の前で、今まさに中へ入ろうとしている富樫と。

「保健室か……」

 呟きながら桃は保健室のプレートを見た。
男塾に入っていくらか経つが未だに保健室へ入ったことがなかった。
 少々の怪我は放っておいても治るものだし、手当しなければならないような怪我をしても松尾や田沢らが手当てしてくれていたので保健室へ行く用が今までなかった。
 富樫も見た感じでは何処も怪我をしてないようだ。

「ちょうどいい!桃っ、一緒に来い!」
「と、富樫?」

 富樫は桃の腕を捕まえ、保健室の扉を開けた。

「オス! 教官、教官!失礼します!」

 富樫が桃を引っ張って中へ入る。
 保健室には二人の教官がいた。
 茶色の髪、独逸の黒い軍服を着ている男。
 けれど桃はもう一人の方を凝視していた。
 もう一人が、黒い柔らかそうな髪を上で結わえた、白衣の女だったから。

「あら、富樫くんじゃない。いらっしゃい。それと隣の子は……」
「一号生筆頭『剣 桃太郎』。あの二号生筆頭『赤石』を倒した男か」
「どうじゃ? 桃。驚いて声もでんじゃろ」

 富樫の言う通り驚いて声も出なかった。
 この男塾は女人禁制。
 女は入ることも許されない筈。
 なのに今 目の前にいるのはどうみても女だ。

「はじめまして。あたしの名前は江田島 真琴よ。隣は……」
「椿 遥だ。二号生の教官をしている」
「江田島……?」
「この真琴教官、実は塾長の一人娘なんだぜ」
「父に無理いって入れてもらったの。『せめて保健教員くらいは女の方がいいんじゃないか』って」

 それで納得がいった。
 富樫はこの女の教官に会いに行っていたのだ。
 おそらく他の皆もそうだろう。
 ふいに床に視線を移すと割れた花瓶と挿していたらしい花、そして水溜りを目にした。
 尋ねるとは困った風な表情を浮かべる。

「実はここ最近、ニ号生の子達が授業が始まってもここにたむろってるの。中には具合が悪くてベッドで休んでる子もいるのに。あんまりうるさいもんだから怒ったら逆ギレされちゃって……」
「ま、今回はこいつらのおかげで助かったが」

 遥がベッドを隠すカーテンを勢いよく開けた。
 カーテンの向こうにはベッドでトランプをしている松雄、田沢、秀麻呂の、そしてJが居る。

「なんじゃ、おまえらもいたんか」
「おお、富樫」
「さっきの見せてやりたかったのぅ」
「奴ら負け惜しみを吐きながら逃げてったぜ」
「もっとも、実際奴らを追っ払ったのはJと私だったがな」
「ああ」

 確かにいくらニ号生が赤石以外全員小物だからって松尾、田沢、秀麻呂の三人だけで追っ払えるとは思っていない。

「だったら、用がない塾生たちは立ち入り禁止にしたらいいじゃないんですか?」
「まあ、それもそうだけど……」

 桃の意見には優しく笑んで。

「ほら、塾生たちがここに顔出してくれるのは嬉しいことじゃない? それにあの子達だって本当は悪い子じゃないと思うし」
「それに、またさっきのようなことがあっても私がいるから大丈夫だろう。相応のことがないかぎりここにいるからな」
「だからいつもここでヒマつぶししてるってワケね……」
(ん……?)

 一瞬、何故か分からないが桃は違和感を感じていた。
 本当に、一瞬だけ。

「それにしても、桃くんってホント富樫くんから聞いたとおりの人ね」
「富樫の奴が何か?」
「それは……」
「ちょ、教官!?」
「……ちょっとねv」

 笑んだに富樫は安堵の溜息を吐いた。

 ―――一体、富樫は自分の事をなんていったのだろう

 考えたが、解らなかった。

「あなた達もそろそろ戻った方がいいんじゃない? 授業が始まるわよ」
「そうだっ! 田沢っ、次の授業はっ!?」
「急がんと鬼ヒゲにどつかれるぞっ!」
「まてよ、二人ともっ!」
「やれやれ……」
「教官っ! またくるからのうっ!」
「では教官殿、俺たちはこれで」
「ああ。がんばってこい」

 ばたばたと騒がしい音と共に皆は保健室を出た。









 保健室を出た6人が保健室から反対側の廊下を走っている。
 急がねば鬼ヒゲにどやされることは解っていたが真琴の噂をしていた。
 けれど桃だけが無言で走っている。
 先程一瞬感じた違和感が、どうしても気になって仕方なかったから。
 それ以外にも何かが気になって仕方がなかった。
 ふと富樫が窓を見てみると、そこから中庭と保健室の窓を通してとが見えた。
 けれど二人だけではない。
 三人のニ号生らしい塾生も一緒だ。
 真琴は塾生と言い争いをしているらしく、遥も両腕を拘束されている。
 そして、カーテンを閉められた。

「おい!やべーぞ、ありゃ!」

 叫んだ富樫に残りの五人も反応した。










「きゃあっ!」

 一人の二号生によってベッドの上に真琴が放り出される。
 遥は助けようとするが残り二人の二号生に羽交い絞めされていて、身動きがとれない。
 負けずとも目の前の二号生を睨み返す。

「あなたたちっ! こんなことしてタダですむと思ってるのっ!?」
「じゃあいくらで犯らせてくれるんだ? いくら塾長の一人娘だからってエバってんじゃねぇぞ」

 真琴のわき腹にキラリと光るナイフが押し付けられた。
 ビリ、と胸部に向けて服を徐々に斬られていく音が耳に響く。

「――っ! やめなさいっ!」

 声を荒げながらも思わず目を瞑った。
 入口から声がしたのはそんな時だった。

「あ〜あ」

 そこには富樫の姿。
 そしてJ、桃の三人が立ちはだかっていた。

「いくらベッドがあるからって無理矢理はヤベーよなぁ」
「まったくだ」
「それに、先輩方のような人たちでも平等に扱おうとする教官の心を踏みにじるのはどうかと思いますが」
「テメーら!」
「いつからそこに!」
「富樫くん! Jくん! 桃くん!」
「おまえたち……」

 二人は隙をついて、驚いて動揺している二号生から離れる。
 扉の脇では松尾、田沢、秀麻呂が隠れてヤジを入れ始めた。

「いいぞー、三人ともーっ!」
「んな小物なんかやっちまえーっ!」
「いけーーっ!!」
「小物、だとぉ…!」
「フザけやがって」
「後悔させてやらぁっ!!」

 二号生達が桃らへ立ち向かって行く。

「……っ!!」
「遥っ!」

 遥が真琴の制止も聞かずに桃達の前へ立ちはだかった。

「「「―――っ!?」」」
「「「椿教官っっ!!」」」

 気付いた桃らが止める間も無かった。
 胸から腹にかけて斬られた遥の黒い軍服。
 幸い切り裂かれたその胸からは出血していなかった。
 だが、しかし―――

(え―――)

 投げられた白衣がすぐさまそれを、遥を隠した。

 ―――ばっこーーん!!

 そしてナイフを振りかざした二号生が真琴によってぶっとばされた。
 その事実に遥と真琴を除いた全員が硬直した。






「あらヤダ」
 は胸から腹にかけて斬られた。
 けれど切り裂かれたの胸からは血は出ていなかった。
 それどころか乳房もなかった。
 そのかわり出てきたのは二つの胸パットとまっ平らの胸。
「「「「「「………………」」」」」」
「「「おっ…おお、オカマーーーーーっっ!!!??」」」
 驚愕の事実に二号生が思わず大声で叫んだ。
 。
 
 
 
 

 堪忍袋の緒が切れたような音と壁を殴った音が辺りに響く。
 遥の拳が保健室の壁一ヶ所を崩していた。
「人が大人しくしてりゃいい気になりやがって……」
 机の上に壊しそうな勢いで足を一歩踏み出した。
 その背後には凄まじい怒りのオーラが漂っている。
「まともに女知らねぇくせに人の宿六悪くいってんじゃねぇぞ このクソガキどもっ!今度いいやがったら頭カチ割って脳みそチューチュー吸うたるぞ
ゴルアァァッ!!」
 ワンブレスで言い切りファックサインまで決め込んだ。
 普段のクールな面影の欠片も残っていないその迫力に全員青くなっていた。
「わかったらとっとと去ねっ! この童貞どもがっ!!!」
「「「オスッ!! スンマセンしたッッ!!」」」
 恐怖に駆られた二号生達が一目散に部屋から出て行った。
 突然の出来事に桃達は呆然と立ち尽くしている。
「おい、大丈夫かー? おまえらー」
「真っ!」
 真琴教官が桃達に目の前で手のひらを振っていると遥教官の怒りの矛先がこちらへ向けられる。
「おまえもおまえだっ! あれほど私に『バレないようにな』といっておきながら先にバレてどうするっ!!」
「不可抗力だろ、あれは。それに遥だって俺のこと宿六だっつったじゃねーか」
「オッスッ! 質問がありますっ!」
 声を出したのは田沢だ。
「真琴教官はその、本当に…?」
「ああ。男だ」
「や、やっぱり……」
「ショック……」
「………………」
 分かっていながら本人の返答にショックを受ける松尾と秀麻呂、そしてJ。
「やはり真教官は男だったワケですか」
「お、やっぱ桃は気付いてたか」
「やはり……?」
「さっき俺がおまえにいっただろ? 遥。『だからここでヒマつぶししてるってワケね……』って。あんとき地声出しちまってたからな」
 あの時、ふいに桃が感じた違和感の正体は真琴教官の低い声だったのだ。
「『真琴』って名も本当は『真』だし、さらにいえばこの遥のダンナだな」
「「「「ダンナッ!!?」」」」
「おい、真……」
「いいじゃねぇか。タネ明かししてやろうぜ」
 怒鳴る遥教官をよそに真琴、もとい真教官は楽しげに話しを続けようとする。
「と、いうことは……」
「遥教官が……」
「女……?」
「いわれてみれば……」
 女に見えない事はない。
 だが女にしては声も低めだし、背も真教官と同じくらいだ。
「まあ、元々声も低いし、背もデケェからな。出逢ったときからこんなだったし」
「別に普通だろう」
 。
 
 
 確かにそうすれば男に見られるだろうが、何故そこまでしてこの男塾に身を置こうとするのだろう?
 はじめから本来の性別通りすればいいものを。
 
「それで、なんでこんなややこしいことしやがったんだ…? 」
「う〜ん…?」
「…賭け、だ」
 
 口を開いたのは遥教官だ。
 
「私がお義父さん、まあ真の父親だが、江田島塾長と一つ賭け勝負をしたんだ。私が勝ったらこの男塾に教官として身を置くという条件でな。そして私
はその勝負に勝てたんだが…」
「親父からも条件が出されたのさ。俺と遥、二人の性別を入れ替えてというな。遥が女だということでバカな塾生がナニかしてくるかもしんねぇだろ?
性別を入れ替えることで遥を安全にさせ、その危険をこっちに向かせたワケだ。俺だったら女装の事がばれても遥には何の支障もねぇからな」
「なるほど…」
 
 二人の説明で富樫は納得した。
 男塾は女人禁制なので塾生達は女性との触れ合いはまずない。
 もし遥教官が本来の女性として教官になっていたら先程真教官があったような目に合っていたかも知れないのだ。
 先程は元々真教官は男だったし、桃達が駆け付けてくれたから良かったものの、もしあれが遥教官で桃達が駆け付けてくれていなかったら…。 
 そう考えると塾長が出した条件は最良の策だったわけだ。
 
「しかしあの塾長が負けるとはのう」
「信じらんない」
「まあその気持ちはわかるが俺と鬼ヒゲも立会いで一緒にやったからな。マージャンだったし」
「運良くバカツキしたおかげだ」
 
 松尾と秀麻呂は二人の返答に複雑な気分になった。
 
「だが困ったことになりやがったな…。俺のことはともかく、あの遥の発言で女だってことがバレちまっただろうし…」
 
 真教官が言っているのは先程のニ号生の事だ。
 いくら小物であってもあれでニ号生なのだ。遥が言った旦那という意味が分からない訳がない。
 
「それに女だとバレたら即クビにするといわれたからな…」
「「「そんなぁっ…!」」」
「ん…?」
 
 遥の言葉に松尾、田沢、秀麻呂の三人が騒ぐ中、J一人があることに気付く。
 
「桃はドコにいったんだ? 」
「本当だ。さっきまではいたのにな…」
 
 桃が居なくなっていたのだ。
 富樫もそのことに気付き、周りも見回すがやはり何処にも桃は居なかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 次の日、男塾中に噂が広まっていた。
 
「おい、知ってるか?」
「ああ。真教官のことだろ?」
「塾長の一人娘じゃなくて、一人息子だったとは」
「すげーよなぁ。『せめて保健教員だけでも女っ気を』って自ら女装しちまうなんて…」
「おい、噂をすれば、真教官だぞ」
 
 噂していた一号生の教室に入ってきたのは真教官と遥教官だ。
 二人はすぐ桃達の所へ近付いて行く。
 
「よう、元気か?」
「変わりなさそうだな」
「オス」
「しかしよかったぜ」
 
 真教官と遥教官に桃が挨拶していると富樫が話し出した。
 
「あのニ号生、遥教官のことに気付かなかったんだな」
「俺なんか心配で眠れんかったのに」
「やはり所詮は小物だったワケだ」
「とにかくこれで遥教官も安泰だね」
 
 富樫、松尾、田沢、秀麻呂の言う通り遥の事は何一つ噂になっていなかった。
 それどころか二人にとって都合の良い噂となっていてのだ。
 
「ま、これで一件落着というワケだ」
「…真教官」
「なんだ?」
 
 見てみると、Jの顔は怪訝そうだ。
 今日の真教官の格好はいつも通りの化粧。そして白衣の下はというと、ヘソ出しルックにミニスカートというなんとも過激なものだった。
 ちゃんと、胸パットも入っている。
 
「いくら女装をしなければならなかったとはいえ、その格好はやりすぎでは・・・?それにもう女装をする理由も…」
「まあ、そりゃそうなんだがな…」
 
 
「ホラ、俺ってこういう格好似合ってるし。せっかく似合ってんだからやらねぇと損だろう?」
 
 ポーズを決めて言い切った。
 耳にした一号生達がスッ転んだ。
 
「それはそうと、おい桃」
「なんです?」
「おまえなんだろ?昨日のニ号生どもに遥の事はいうなって説得しにいったのは」
「そうなんかっ!?」
 
 真教官の言葉に富樫 は驚いた。
 よく考えてみれば桃があの後姿を消してしまったのもそう考えれば納得がいく。
 
「とぼけたってムダだぜ?朝にあのニ号生のトコへいったら、“自分たちは遥教官のことは知りません”って慌てて逃げたからな」
「……さあ?」
 
 けれど、桃はいつもの笑みを浮かべた。
 
 
 
 
END
亮祐:管理人です。男塾夢小説に書きなおし小説です。夢小説になっても濃さは相変わらずです。
翔:いいのか?それで
 
 
BGM『修羅場』/東京事変

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