マンマミーヤ

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1 目を伏せれば感じる気配

 雛城学園の大学部周辺では、本日の講義を終えた大学生達が思い思いの時間を過ごしていた。
 構内を一人の女が歩いている。

「桜ー」

 名前を呼ばれ、歩いていた女、小此木桜がその声に振り向いた。
 友人たちが桜の元へ到着する。

「これからみんなでショッピングに行くんだけど、桜も行かない?」
「………」



「―――ごめんなさい。用があるの」

 言いながら微笑んで、桜は歩いていった。

「笑ってたね、桜」
「でも、元気なかったね」

 友人たちは知っていた。
 桜に元気が無い理由を。
 小此木桜は一ヶ月前に家族全員を一度に亡くしていた。

「桜、一晩でいっぺんに家族全員亡くしちゃうなんて……かわいそう」
「確か、強盗に殺されたんだよね?」
「でも、何も盗られなかったらしいよ?」










「桜ちゃん」

 家に帰った桜を呼び止めたのは桜の父方の叔父だった。
 家といっても、ここは桜の家ではなく叔父家族が住むマンションだ。
 桜の家はここから近いが、たった一人であの家に住むのは辛いだろうからという叔父家族の配慮でこちらに身を寄 せている。

「叔父さん」
「家の方は、みつかったの?」
「はい。旧市街のアパートですけど大学へ通うのに不便はありませんから決めました」

 学園の帰りに桜は不動産屋に寄り、いくつかの候補の中から自分が住む部屋を決めた。
 敷金等も払ったので後は荷物をまとめて引っ越すだけ。
 先程言っていた用というのはこの事だ。

「………」

 その言葉に叔父は何か言いたげな表情を浮かべていたが、意を決して切り出した。

「桜ちゃん。無理にウチから出ようとしなくていいんだ」

 叔父の言葉に桜は困ったような表情を浮かべる。

「私も家内も迷惑だとか、保険金があるんだから自活しろだとかなんて、これっぽっちも思っていないし、娘の優花も君が居てくれた方が良いといっている。どうしても自立したいというならあの家でもいいじゃないか。その方がウチから近いから何かあった時でも安全だろうし」

 桜にも叔父の言い分はちゃんと解っていた。
 叔父夫婦は本当に良い人達だ。
 このままここで暮らせたらどんなに良いだろう。

「だから―――」
「叔父さん」

 けれど

「もう決めたんです。わたしだってももう19だし、自立するにはいい機会です」

 桜は決意していた。
 この家を出て一人で生きると。
 ここにいたら迷惑がかかってしまうから。

「………」
「それにあの家だと私一人で暮らすには広すぎますし」



「思い出してしまうから……」

 楽しかったあの家で、父と母と弟と、もう一人の家族と生活していた頃を。

「週末には出て行きますから、それまでよろしくお願いします」
「桜ちゃ…」

 叔父が呼び止めるのも利かず、桜は部屋へ入ってしまった。
 閉じられた扉を見つめながら男は考えていた。

 ―――どうしてあの子はこの家を出ようとするのだろう。
 ―――どうして、あの子は

 ―――一人に、なろうとするのだろう。










 週末、桜は旧市街のアパートに引っ越した。
 手伝うといってくれた伯父家族を断り、一人で荷物を整頓している。
 荷物といっても衣服と少々の雑貨といった質素なものだった。

 一息吐いて、鞄から荷物を出していた手を休める。

『桜ちゃん』

 この間の、伯父の言葉が脳裏に響く。

『無理にウチから出ようとしなくていいんだ』

 ―――わかってます。
 ―――でも、どうしても出ないといけないんです。

 ―――でないと

 ―――殺されてしまう、から。

『おねえさん』

 脳裏に、少年の声が蘇る。
 鮮やかな真紅の髪と、同じ色の瞳の少年。
 いつも口元に笑みを浮かべるけど、どこか計り知れなくて。

 家の前で倒れている少年を最初に見つけたのは桜だった。
 快方し、マサトと名乗った少年の事情を聞いた小此木家は匿う事にした。
 そして桜はマサトと過ごした。

 けれど一週間後、それは起きた。

 それは紅い満月の夜の出来事だった。
 呼ばれた合コンから帰ると、家族がとっくに帰っている筈の家の明かりは消えていた。
 玄関の鍵もかかっておらず、家の中も静まりかえって。
 足を進めて、桜はそれを見た。
 血の海となったリビングと無残な姿になった家族。

 そして

『何、いってるの? 無事に決まってるじゃない』

『だって』

『僕が、殺したんだから』

 月明かりの中、返り血に染まったマサトの姿を。
 足元は血の海となったリビングと家族。
 目の前には小学生ながら自分の家族を殺した殺人鬼。
 普通なら逃げ出してしまうその現状。
 けれど桜は逃げなかった。
 それどころか理由を問うた。
 マサトは、自分と、今は一緒にいない弟の母親になってくれる人を探していた。
 その過程でなれないものは全て殺して、ここへとたどり着いたのだという。
 家族を殺したという事は、自分もその中に入ってしまったのだろう。
 桜はそう思った。
 けれどそうではなかった。

『殺さないよ。お姉さんは、殺さない』
『どうしてっ!!』

『だって、困るんだ。おねえさんがお母さんになったら』
『え…?』

『おねえさんには、僕のお嫁さんになってもらうんだから』

 血の味がした。
 マサトが浴びた、家族の返り血の味が。

『お母さんを見つけて、おねえさんの背をこえたら迎えに来るよ』

『それまで―――』

『さようなら、おねえさん』

 そしてマサトは行ってしまった。
 後に残されたのは鳴り響くパトカーのサイレンと真っ赤に染まったリビングの床と家族。
 それは紅い満月の出来事だった。

 その日から、桜は周りから距離を置くようにした。
 もしかしたら、また殺されるかもしれない。
 そう思ったから。
 現に少し前、桜に言い寄ってきた同じ大学部の人間がマサトに殺されている。

 桜は目を伏せた。
 それ以来、感じるのだ。
 こうやって目を伏せると少年の。
 今となっては誰も知らない、けど桜だけが知っている。
 私たちと一週間を過ごしたもう一人の家族の気配を。

 しばらくそうしていたが、目を開いて直ぐ目の前の窓から空を見上げた。
 澄み切った青がどこまでも広がっていて。

 ―――わかってる。
 ―――ちゃんと、理解してる。

 ―――あの子は私の家族を殺した殺人鬼。
 ―――許しちゃいけない。
 ―――それだけのことを、あの子はした。

 ―――でも
 ―――それでも

 ―――私はあの子を―――。










 日が落ち、夜になった。
 近代的な新市街とは違い、昔からの町並みを残す旧市街はほとんどが住宅地で、夜九時を過ぎると人通りも無くな って静かになる。

 人影がアパートの屋根の上にいた。
 今夜は満月だが、今は雲の中に隠れてしまっており、月も、その人影も朧気にしか見えない。
 背格好から察するに小学生くらいだろうということだけは解った。

 屋根の上から一室の窓を覗き込み、中の住人が寝ていることを確認する。
 音も無くテラスに着地する。
 窓に触れスライドさせるとからから、と音を立てて簡単に開いた。

 部屋の中にいたのは桜だった。
 荷物の整理の最中に寝入ってしまい、今に至っていた。

 起こしてしまわないようそっと桜の傍らに膝をつき、その髪に触れる。

 その時、雲間から月隠れていた月が覗いた。
 青白い光が旧市街を優しく照らす。
 それは桜の傍らにいる子供も例外ではなく、月光で子供の紅の髪と瞳、そして口元の笑みが確認できた。

 子供は桜の家族を殺した殺人鬼、マサトだった。
 マサトはある筋から桜が旧市街のアパートに引っ越したことを知った。
 母を見つけ、桜の背を越すまでよほどのことが無い限り会わないと決めていたが、どんな所に住みだしたのか気になったのでこっそり会い来たのだ。
 ふと、マサトの口元から笑みが消える。

(少し、痩せた…?)

 月明かりの所為なのか、それとも本当にそうなのか、最後に会った時より細くなったように見える。

(僕の所為、だね)

 家族全員を殺されたのだ。
 それも自分が助けた、今まさに傍らにいる小学生に。
 ショックも、ストレスもよほどのものだろう。
 食欲がなくなっても不思議ではない。
 もしかしたらろくに睡眠も取れていないのかもしれない。

 ―――でも、僕は後悔なんて、していないんだ。

(おねえさんの家族を殺したことも、おねえさんをこんな目にあわせていることも)

 ―――だって、おねえさんにとって一番大切なのは、おじさんやおばさんや武達家族なんでしょう?
 ―――家族じゃない僕は、それより下でしかないんでしょう?

 ―――だったら殺して、繰り上がるしかないじゃないか。

 マサトはしばらく桜を見つめていたが、やがて立ち上がって部屋から毛布を取り出した。
 眠り続ける桜にかけて、額にキスをする。
 そして窓の方へ移動して窓に手をかけたがふと桜へ振り向いた。
 その姿は、一ヶ月前のあの時と全く同じ。

「さようなら、おねえさん」

 同じ言葉を告げて、夜の闇へ消えて行った。





END


亮祐:管理人です。なんで遠距離的な10のお題でこれをチョイスしたんだろう?ってみんな思ってると思う。
翔:ほんとにな。
亮祐:マンマミーヤ、殺人鬼に家族を殺された女子大生と、その殺人鬼小学生のお話しです。 今回は一ヶ月前に当たるサウンドノベル版「マンマミーヤ」のその後のその後のお話。 サウンドノベル版のエピローグでもあります。 本当ならサウンドノベルと同時公開したかったのですが、見事に遅れてしまいました。悔しい。ではこの辺で。


BGM:汚れなき悪意/ALI PROJECT

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