最終回「指名手配編」
のび太は部屋で寝そべっていました。
漫画を読むことも無く、ただ天井をじっと見つめていました。
暇なわけではありません。
宿題だってたくさんあるし、ジャイアンに野球に誘われたけれども断りました。
ドラえもんがいない・・・。
朝起きると、押入れの扉は開いたままで、中にドラえもんはいませんでした。
朝から何も言わずに出て行くなんておかしい。
疑問を抱えながらもとりあえず学校に行き、
学校が終わると急いで家に帰ってきました。
しかしドラえもんはいません。
何かあったに違いない・・・。
そう思ってのび太はずっと部屋で待っているのでした。
その時・・・。
「ガタガタッ」
机の扉が開きました。
「ドラえもん!」
しかし出てきたのはへんてこな、しかしどこか見たことのあるような格好をした2人の男でした。
「君、ここにCTR13−2wはいなかったか?」
「隠したって無駄だぞ!」
いきなりまくしたてられても、のび太にはさっぱり意味がわかりません。
「わっ、わかりません」
のび太が答えるとその男達は目を合わせて
「どうやらこの子は何も知らないな」
「でもこの時代にいるのは確かだ」
そう言って2人の男は机の中に戻っていきました。
のび太がわけもわからずに立ちすくんでいると、また机が開き、今度はドラえもんがでてきました。
「ドラえもん!!!」
のび太はドラえもんに向かって飛んでいきました。
「どこに行ってたんだよ。心配したんだぞ!」
「ごめんよのび太君。未来のほうにちょっと用事があって・・・。」
ドラえもんは別に普段と変わらぬ、やさしい表情で言いました。
「あと聞いてくれよドラえもん。さっき机から変な格好をした2人組みが来て、
CTRがどうのこうのって言って、またすぐ机に戻って行っちゃったんだけど・・・。」
その時ドラえもんの表情は急に変わりました。鈍感なのび太にもわかるくらいに。
「なんか知ってるの?ドラえもん。」
「のび太君・・・。その人たちはどんな格好だった?」
「う〜ん・・・。よくわからないけど、でもどっかで見たことあるような・・・。」
ドラえもんはしばらく黙っていましたが、突然、何か決心したような、
しかしどことなく寂しいような目でのび太を見つめて言いました。
「話があるんだ。」
のび太は耳を疑いました。
いきなり「話がある」と言われたので、ある程度の心の準備はしていました。
しかしドラえもんの口から出てきた言葉は予想をはるかに越えました。
「僕は今、指名手配されているんだ・・・。」
のび太は最初冗談だと思いました。
しかしドラえもんの表情は真剣で、決して冗談を言うような顔ではありませんでした。
のび太は何も言えませんでした。
いや、聞かなければいけないことは沢山あるのに、驚きのあまり何も浮ばないのです。
しばらく沈黙が続いた後、のび太はやっと口を開きました。
「何で・・・?」
ドラえもんは何も言いませんでした。しかししばらくしてから語り始めました。
ドラえもんの飼い主セワシ君は、顔を紅潮させ、学校から家への道を走っていた。
長い間海外に出張に行っていたセワシ君のお父さんが帰ってくるのだ。
お父さんといっても、セワシ君はほとんど記憶に無い。
彼が幼いころから、お父さんはもう海外に行ってしまっていた。
そのお父さんに会える!
一瞬の出来事だった。
信号無視のトラックがセワシ君にぶつかった。
セワシ君は5メートルくらい跳ね飛ばされ、ガードレールに頭を強くぶつけて意識を失った。
病院に運ばれたものの、意識は依然として戻らない。
むしろ体はどんどんと衰弱しているようだった。
お父さんには今急いでこちらに向かっている。
こんなひどい話があるか!
ドラえもんは心の中で叫んだ。
衰弱していくセワシ君の前で、何もできないドラえもん。
いや、何とかする方法はいくらだってある。
秘密道具を使えばいいのだ。
しかしドラえもんはそれをしなかった。
だが耐え切れずに病院を飛び出し、ドラえもんは家に向かい、
家に着くとタイムマシンに乗り込んだ。
セワシ君は無事お父さんとのご対面を済まし、幸せな生活を送っている。
事故の後遺症など無い。
いや、事故自体もともと無かったのだ。
あの後ドラえもんはタイムマシンで過去に戻った。
セワシ君が事故に遭ったあの日の、ちょうど事故が起こる5分前だった。
ドラえもんは、興奮しながら走っているセワシ君を見つけると、
声をかけ、セワシ君を家まで送った。
セワシ君は無事に家に着き、数時間後にお父さんが家に帰ってきた。
ドラえもんはこっそり未来に帰った。
未来に戻ると、ドラえもんは家を出て行く準備をはじめた。
数日後、ドラえもんは警察に追われていた。
?????
のびたは訳がわかりませんでした。
何で人を助けて警察に追われなくてはいけないのか?
「未来の法律で、秘密道具で人を生き返らせてはいけないことになっているんだ。」
のびたが聞く前に、ドラえもんが説明しました。
「タイムマシンはもともと、ちょっとした個人的な用事にしか使ってはいけないんだ。
あまり派手なことをすると、未来が変わってしまうのさ。
ましてや人を生き返らせたりなんかしたら、大変なことになってしまうんだ。」
そう。あの日セワシ君は死ぬはずだったのです。
しかしそれをドラえもんが食い止めてしまった。
そのせいで、未来が大変なことになってしまったのです。
「あの日僕は自首するつもりだった。しかしニュースを見て、急いでセワシ君をつれてここに逃げてきたんだ。」
「どうして?セワシ君は関係ないじゃないか。」
「・・・警察は、僕と一緒にセワシ君のことも指名手配していた。
そこで初めてわかった。
秘密道具の手によって生き返ってしまった人は、警察に処刑されるんだ!
未来の混乱を元通りにするためにね!」
そう。さっきの男達は警察だったのです。
のび太は前にドラえもんといっしょに恐竜時代にいったときに、警察に会っていました。
だから何か見たことのあるような気がしたのです。
「どっ、ドラえもんは悪くないよ!ただ人を助けようとしただけなんだから・・。」
「でもしょうがないんだのび太君・・・。僕はもうここを出て行く。
これ以上君に迷惑をかけるわけにはいかないよ。」
「そんな・・・・。」
その時だった。
「警察だ!!」
のびたの机から、さっきの男達が飛び出してきた。
そしてその後ろにはセワシ君がいました。
「せっ、セワシ君!!」ドラえもんは叫びました。
ドラえもんは男達に取り押さえられながらも、必至で説得を続けました。
自分はどうなってもいい。セワシ君だけは助けてあげてくれと。
「おとなしくしてろ!」
男達はドラえもんの腕に手錠のようなものをはめました。
ドラえもんはおとなしく立ち上がり、男達のほうを向いて聞きました。
「・・・セワシ君はどうなるんですか?」
「そんなことは後だ!」
男達はドラえもんをタイムマシンのある机のほうへ引っ張っていきました。
のび太はようやく我に返り、ドラえもんに向かって叫びました。
「いっ・・・いつか・・・帰ってきてくれるよね?」
ドラえもんはのび太君のほうを振り返ると、いつものやさしい顔で微笑みました。
そしてドラえもんは男達と共に、のび太君の部屋から消えていきました。
のび太は机をあけてみましたが、そこにはもうタイムマシンはありませんでした。
ぐしゃぐしゃの筆箱と、使いもしない問題集が何冊か入っていました。
そう。ドラえもんがのび太の家にきたあの日までのように・・・。
あれから三日後。
のび太はずっと学校を休んでいました。
仮病を使って。
お母さんやお父さんに「ドラちゃんはどうしたの?」と聞かれましたが、
用事があって未来の世界にいっていると言っておきました。
自分でも認めたくなかったのです。
ドラえもんが逮捕されてしまったなんて。
のび太はあの後、警察の男達にいろいろときかれましたが、
結局のび太は関係ないということがわかり、男達はまた未来に帰っていきました。
でもいい知らせもありました。
セワシ君が殺されることはなくなったのです。
このドラえもんが起こした騒動は未来の世界でも話題になり、
結局警察がセワシ君を処刑する予定であったことが明るみに出て
人権保護団体の運動により、セワシ君は一命を取り留めたのです。
でもドラえもんは、やはり懲役刑になってしまいました。
「罪は罪だ」ということで。
「でもいつかドラえもんは帰って来るんだ!。」
そうのび太は信じました。10年後でもいい。20年後でもいい。
ドラえもんが帰ってくるなら・・・。
そうだ。ここでうじうじしていたら結局昔のままだ。
僕はドラえもんがいなくてもがんばっていけるんだ。
それをドラえもんに見せてやらなくちゃ。
のび太はそう思い、布団を飛び出しました。
学校にいこう。
のび太は急いで着替えを済ませ、布団をたたみ、
押入れにしまいました。
その時、今までドラえもんが寝ていたところをみました。
のび太はドラえもんのことを思い出し、少し涙ぐみました。
「大丈夫だよドラえもん。僕は一人でもやっていけるよ。」
のび太が涙を拭くと、ドラえもんの寝床だったところに、
小さな包みがあるのが見えました。
「なんだろう・・・。」
のび太が包みを開けてみると、そこにはスイッチのようなものと、
手紙が入っていました。
のび太くんへ
のび太くんがこれを読んでいるころには、
僕はもう君のところにはいないでしょう。
僕は結局君に何もしてやれなかったけど、
君はもう十分強くなった。
僕がいなくてもやっていけるよね。
この手紙を読み終わったら、箱に一緒に入っていたボタンを押してください。
僕からの最後のお願いです。
今まで本当にありがとう・・・。
のび太は再び涙で目をにじませながら手紙を読んでいました。
そして、スイッチを手にとりました。
そこでのび太は、ふと昔のことを思い出しました。
前にもドラえもんが帰ってしまうことがあったが、
ドラえもんの置いていった道具のおかげで帰ってきたあの日のことを。
のび太はスイッチを見つめました。
ドラえもんが帰ってくるかもしれない!
のび太はゆっくりとボタンを押しました。
一瞬目の前が揺らいだように見えた。そしてだんだん頭がボーっとしてきました。
あれ・・・。僕は・・何をしてたんだっけ・・・・。
ドラえもんはわかっていたのです。
寿命のある人間とは違って、ロボットは半不老不死。
そんなロボットの刑期は人間のものとは比べ物にならない。
いや。人間の寿命なんかよりはるかに長いことを。
つまり、ドラえもんはもう二度とのび太に会えないことを・・・。
だから、せめてのび太には自分のことを忘れてほしかったのです。
帰ってこない自分を一生待ちつづけるのはあまりにも不憫だから。
そしてのび太にはまた新しい人生を踏み出してほしいと思って
あの道具を置いていったのです。
のび太はまたいつもと変わらぬ生活を送っていました。
ドラえもんのことはすっかり忘れて。
ジャイアンやしずかちゃん、お父さんお母さんも
ドラえもんという存在をすっかり忘れて、
いつもと変わらない生活を送っていました。
のび太はまたいつもみたいにジャイアンにいじめられて、
泣きながら家に帰ってくる。
でも中学に入るころには、のび太もいじめられっこを卒業し、
いつしかのび太、ジャイアン、スネオ、出木杉の4人は親友になっていました。
そしてのび太も見事大学に入り、卒業するとすぐさま
しずかちゃんと結婚しました。
その後、のび太は小さな会社に就職し、
しずかちゃんと幸せな生活を送っていました。
会社を定年退職し、のび太はもう白髪の混じった初老のおじさんになっていました。
退職金が出たので、そのお金でのび太としずかちゃんは
静かな生活を送っていました。
そんなある日、中学生のころから絵を描くことに興味を持っていたのび太は
庭にいた猫の絵を描いていました。
その絵をしずかちゃんが横から覗きました。
「あら・・・。何それ・・・。」
「いや・・。そこの猫を描いたんだけど・・・。」
しずかちゃんがわからないのも無理はありません。
のび太が描いた絵は、猫とは似ても似つかぬ、丸い顔の、
言うならば狸のような絵でした。
「おかしいな・・・。確かに猫を描こうとしたんだけど・・・。」
「でもこの絵、なんだか見てて安心するわ・・・。」
「そう言われれば・・・。そうだね・・・。」
「懐かしいって言うか・・。何て言うか・・・。」
「・・・・・・。」
のび太はまた絵を描き始めました。しかし今度は漫画でした。
さっきの狸のような奴が、おっちょこちょいな自分を助けてくれるといった内容でした。
まるで手が勝手に動いているかのように、のび太は漫画を描きつづけました。
その顔は、まるで小さいころの思い出にふけっている老人のような顔でした。
なんでだろう・・・。
アイディアが次々とわいてくる・・・。
そうだ、僕は漫画を描こう。
このキャラを主人公にした漫画を。
こいつの名前はなんにしようか?
名前は・・・・・。
完